学校(公教育)はそろそろ限界なのかもしれない

学校はそろそろ限界なのかもしれない。

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日経新聞に興味深い記事が出ていた。いつものように、産育休や療養休暇の臨時任用教諭が足りない記事かと思いきや、どうも趣が違う。

担任の先生は「非正規」 重い業務負担、手取りは19万円というものだ。

ようするに、自治体に予算がなく、多くの学級担任を臨時教員がやっているということらしい。臨時教員という言葉は現場ではあまり聞かない。一般的には、臨時任用教諭だ。臨任とか臨採とか約される。

ここにでてくる経験15年の女性教諭の手取りは19万円。一般の人から見たら十分かと思われるかもしれないが、フルタイムの教員にしてはずいぶん安い。また、臨時任用教諭なら、正規の教員に準じた給与が支払われる。

おそらく、時間講師が担任をやっている。もし、時間講師でないとしたら、給料表を改変したのかもしれないが、それはそれで問題である。

私自身、時間講師で担任をできないか打診されたこともある(もちろん断った)し、そういう人を見かけたこともある。

つまり、時給2,500円で週29時間とかの契約になるのだが、これだと手取りは19万程度になる。

けれども、担任をやれば、この時間内に納まるはずがない。小学校の担任なら、授業時数だけで30コマ近くになるからだ。かなりの時間のサービス残業は確定だ。

記事には臨時教員は少子化の調整弁と書かれているが、それどころの話ではない。そもそも今日明日の人件費がない自治体が少なくないようだ。

一方で、担任になる人員は足りているのか。

10年前と今を比べると、子供一人に対する教員の数は増えている。圧倒的な少子化にもかかわらず、教員の定数はそこまで減っていない。

では手厚くなったか。

残念ながら、そうはなっていないのが現状だ。

15年来前のとある小学校の職員の構成だ。

管理職 2名
担任 15名(15学級)
特別支援 3名
音楽 1名
算数少人数 1名(教務兼ねる)
養護教諭 1名
栄養教諭 1名
計 24名

その学校が現在ではこんなかんじの人員配置になっている。

管理職 2名
担任 11名(11学級)
特別支援 7名
音楽 1名
英語 1名
図工 1名
理科 1名
家庭科 1名
算数少人数 1名(教務兼ねる)
養護教諭 1名
栄養教諭 1名
補助教員(アルバイト) 10名
事務職員 1名
事務補助 3名
計 42名

と、学級数は減っていても、学校単位では教職員はかなり増えている。

ここで大幅に増えているのが担任以外の仕事である。担任を持っていない教員のことを「級外」と言ったりする。また、算数少人数や英語の教科専門の担当を「専科」とも言う。専門の教員がいて手厚いと思われるかもしれないが、その教科の教授法や知識を持っているわけではない場合がほとんどだ。

例えば、この学校では、若手はほぼ級外に回されている。にもかかわらず、担任を非正規教員にやらせている。予算がないというのはもちろんそうなのだが、それだけが問題ではない。

すべての学校がこうなっているとは言えないが、これがどういうことを意味するか、鋭い方なら想像がつくだろう。

ふつう、新規採用の教員(初任者)は3、4年生を任される。学校のルールを教えなくてはならない低学年や、思春期の高学年より学級経営がやりやすいと考えられていたからだ。しかし、ここでクラスをまとめられない若い教員が増えている。

ゆえに、校長によっては若手に担任を任せないようになっている。級外の担当にしてしまうのだ。若手を育成する術を知らない校長は、こういったことで問題を先送りする。けれども、この若手教員たちも、早晩若手とはいえない年齢になっていく。

この20年で校長の権限はいちじるしく強化された。けれども、強化された結果、逆説的だが校長は決定・決断を下さなくなった。決定には責任が伴うからだ。

反対に、学校をまとめられる力のある教員も、権限をもった校長に意見できなくなり、こうやって学校は機能不全に陥っている。

若手に担任を任せることも決断できないのだ。

そして、臨時教師は使い捨てられていく。

もちろん、その最大の被害者は、地域の未来を支える子供たちなのだ。そしてめぐりめぐってわれわれ老人も大きな被害を受けるのである。