アゴラ 言論プラットフォーム https://agora-web.jp 経済、ビジネス、情報通信、メディアなどをテーマに、専門家が実名で発言することで政策担当者、ジャーナリスト、一般市民との交流をはかる言論プラットフォーム ja Sat, 30 May 2026 02:40:28 +0000 https://agora-web.jp/img/logo-for-smartnews.png アゴラ 言論プラットフォーム https://agora-web.jp/img/logo-for-smartnews.png チームみらい「所得連動型給付」への批判は正しいか column チームみらい「所得連動型の給付を」 年収540万円以下を対象に チームみらい「所得連動型の給付を」 年収540万円以下を対象に – 日本経済新聞チームみらいの安野貴博党首は25日の記者会見で、年収に応じて給付額が変動する

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チームみらい「所得連動型の給付を」 年収540万円以下を対象に

チームみらい「所得連動型の給付を」 年収540万円以下を対象に - 日本経済新聞
チームみらいの安野貴博党首は25日の記者会見で、年収に応じて給付額が変動する「所得連動型給付」の案を発表した。給付の対象は個人とし年収540万円程度を上限にする。与党が主張する2年間の食料品の消費税率ゼロの対案と位置づけた。例えば年収300...

チームみらいが「所得連動型給付」を発表。消費税減税に反対してきた立場からの対案とのことだが、SNS上では「高齢者優遇では」との批判が殺到しています。

この議論を整理しつつ、給付付き税額控除(EITC型)の本来のあり姿についてお伝えしたいと思います。

チームみらい党首・安野氏と幹事長・高山氏 同幹事長Xより

チームみらいの発表内容は、いわゆる「所得連動型の現金給付」です。

所得が低いほど手厚く、最大6万円。540万円を超えると給付額がゼロになるという設計で、「なだらかに逓減する」ことでいわゆる働き損・勤労控除のクリフエッジを回避しようという工夫も見られます。

狙いは理解できます。ただ、根本的な問題があります。

現行の「所得で線引き」という仕組みを使う限り、資産を持つ高齢者にも給付が流れてしまいます。

年金暮らしで所得は少ないが金融資産は数千万円、という方々が「低所得者」として対象になってしまうのは、ずっと以前から指摘されてきた課題です。

その結果、540万円以下という基準で見ると、現役世代の共働きカップルより、資産のある高齢者の方が多く対象になるという逆説が生じます。

チームみらいの支持層が期待しているのは「若い現役世代への支援」のはずで、皮肉な話です。

むしろ、同じ財源を使うなら食品消費税の減税の方が、所得540万円超の現役世代にも広く薄く届きます。

子育て家庭は消費額が多い分、恩恵も大きくなります。「高所得者にも行くのは無駄」という批判はありますが、現状の所得把握の限界を考えると、広く薄くの方がまだ整合的です。

そして、もっと重要な話があります。

そもそも給付付き税額控除(EITC)という制度の本来の意義は、「給付と減税の組み合わせ」にあります。

マイナンバーを活用して所得と資産を正確に把握し、持てる人には納税を、持たない人には直接給付を——自治体を介さない、シンプルで持続可能な社会保障の再設計です。

これは確かに2〜3年かかります。だからこそ、その間のつなぎとして食品消費税の一時ゼロを、という整理が当初の議論の筋道でした。

ところが今、国民会議の議論は「時間がかかるから、とりあえず給付だけ先に」という方向に流れつつあります。

これは本末転倒です。時間がかかるから消費税を減税してつなぐ、のであって、時間がかかるから本丸の制度改革を諦める、ではないはずです。

私としては、この「給付付き税額控除という本来の目標」を手放すべきではないと考えています。

目先の給付を急ぐあまり、「今の仕組みで高齢者にばら撒く」構造を温存してしまうことになれば、それは改革とは呼べません。

消費税の議論をまず決着させ、その上で時間をかけてでもしっかりとした税・社会保障の一体改革を実現する。

そのビジョンを維新としても引き続き主張していきたいと思います。

編集部より:この記事は、前参議院議員・音喜多駿氏のブログ2026年5月28日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は音喜多駿ブログをご覧ください。

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https://agora-web.jp/archives/260529220728.html https://agora-web.jp/archives/260529220728.html Sat, 30 May 2026 02:40:28 +0000 Sat, 30 May 2026 02:40:28 +0000
法政大学教授 山口二郎、韓国の中心で反日を叫ぶ! column 国際政治・国内政治・政治思想等々について、政治学者の立場から分析します。情報過多の中で、いかに本質を見抜き情報の価値を高められるか。 岩田温氏が韓国の新聞『ハンギョレ』に掲載された山口二郎氏による高市早苗政権を批判するコ

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国際政治・国内政治・政治思想等々について、政治学者の立場から分析します。情報過多の中で、いかに本質を見抜き情報の価値を高められるか。

岩田温氏が韓国の新聞『ハンギョレ』に掲載された山口二郎氏による高市早苗政権を批判するコラムを取り上げ、その主張内容を事実に基づきながら一つずつ論破・解説します。

政治学者・岩田温氏のYouTubeチャンネル「岩田温チャンネル」。チャンネル登録をお願いします。

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https://agora-web.jp/archives/260529221002.html https://agora-web.jp/archives/260529221002.html Sat, 30 May 2026 02:35:01 +0000 Sat, 30 May 2026 02:35:01 +0000
3大回転寿司チェーンは「スシロー」な理由 economy 黒坂岳央です。 筆者は回転寿司へよく行く。近所にははま寿司、くら寿司、スシロー、その他地元チェーンと揃っているが、家族で行くときは「今日はどこにする?」とあれこれ迷うものの、結局はいつもスシローになる。たまに一人で他の回

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黒坂岳央です。

筆者は回転寿司へよく行く。近所にははま寿司、くら寿司、スシロー、その他地元チェーンと揃っているが、家族で行くときは「今日はどこにする?」とあれこれ迷うものの、結局はいつもスシローになる。たまに一人で他の回転寿司にも行くこともあるが、「やっぱりスシローだな」と思わされる。

自分は別に他のチェーンをディスる意図はないし、単なる個人の感想でしかないが「回転寿司はスシロー一択」と思う理由を書いてみたい。

winhorse/iStock

業界ナンバーワンのスシロー

現在の回転寿司業界において、スシローの存在感は圧倒的である。最新の財務データや市場規模を見ても、その立ち位置は他社の追随を許さない。

売上高において、スシローは約4296億円(2025年9月期)と業界首位を独走している。2位のはま寿司(約2484億円)、3位のくら寿司(約2451億円)に対して大差をつけており、国内外におけるブランド力と規模の経済を遺憾なく発揮している状況だ。

収益性の面でもその強さは際立つ。スシローの営業利益は361億円に達し、営業利益率は8〜9%台を記録している。原材料費や人件費の高騰に苦しみ、利益率が2%前後に低迷する競合他社がある中で、この数字は驚異的と言わざるを得ない。

店舗数こそはま寿司の猛追を受けているものの、「売上・利益・規模」のすべてにおいて、スシローが王者の座を堅持しているのが現状である。

スシローをリピしてしまう理由

数字上の強さもさることながら、筆者が「やっぱりスシローだな」と足を運んでしまう理由は、実際の店舗運営とマーケティング戦略に裏打ちされた明確な独自価値が存在する。理由は大きく3つに集約される。

1つ目は来店の度にメニューが変わることだ。スシローの最大の魅力は、季節限定メニューや異業種・キャラクターとのコラボレーションが投入される圧倒的なスピード感である。他社が定番メニューのブラッシュアップに注力するのに対し、スシローは常に新鮮な選択肢を提供し続ける。

このシステムは、市場(顧客)の反応が良いものだけを残し、支持を得られないネタは容赦なく消えていく「自然淘汰型」の適者生存モデルとして機能していると感じる。結果として、顧客は訪れるたびに新しい発見やガチャを引くようなエンターテインメント性を体験できる。筆者はいつも新商品を注文するワクワクを楽しむ。

2つ目に多様な価格帯だ。スシローは均一価格路線に固執せず、手頃な低価格帯から、大トロやウニといった高付加価値・高価格帯のネタまでを幅広く網羅している点も巧妙である。

これにより、日常の安価な食事ニーズを満たしつつ、「今日は少し贅沢をしたい」というハレの日の需要まで一店舗で回収する構造が成立しているのだろう。

3つ目に徹底したDX化だ。どれだけ商品が魅力的であっても、店舗での待ち時間や混雑がストレスになればリピートは途絶える。スシローはこの点において、高度なデジタル対応を実現している。

専用アプリによる予約システムの精度は極めて高く、事前に予約を済ませておけば、ピークタイムであってもほぼ時間通りに席へ通してもらえる。自分は予約して5分以上待たされたことが一度もない。

さらに、スシローでは持ち帰り顧客とイートイン顧客の動線を完全に分離するなど、合理的な店舗設計がなされている。最近ではデュアルディスプレイになっている店舗もあり、家族で注文権を奪い合うこともなくなる。

このスムーズな体験価値こそが、高いリピート率に直結しているのだろう。とにかく効率化、DX化への果敢な投資を感じる企業だ。

回転寿司業界は、急成長を遂げるはま寿司の追い上げや、安定したキャラクター性を武器にするくら寿司による三強構造が続いている。しかし、スシローが持つ「メニュー変化」「価格の多様性」「デジタル効率化による快適な体験」という総合力は、頭一つ抜けている。

スシローは進化が止まらない。時代に合わせてドンドン変わり続けるので、つい来店してしまう魅力があるのだ。

2025年10月、全国の書店やAmazonで最新刊絶賛発売中!

なめてくるバカを黙らせる技術」(著:黒坂岳央)

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https://agora-web.jp/archives/260529061040.html https://agora-web.jp/archives/260529061040.html Fri, 29 May 2026 22:00:40 +0000 Sat, 30 May 2026 00:51:14 +0000
「ウクライナ応援団」はいかにして崩壊したのか technology 秋に出す新刊『なぜ「まちがえた」と言えないのか』を今月入稿する予定で作業していたら、いまになって編集者から「この記事は必ずチェックしてください!」の通知が来てしまった。勘弁してくれとはこのことである。 そうなるのも、同書

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秋に出す新刊『なぜ「まちがえた」と言えないのか』を今月入稿する予定で作業していたら、いまになって編集者から「この記事は必ずチェックしてください!」の通知が来てしまった。勘弁してくれとはこのことである。

そうなるのも、同書の副題が「専門家依存が壊すメディアの信頼」だからだが、まぁ、いいです。とにかく、その記事のダイジェストはこちら。

《補助金8億円》「東大の安全保障シンクタンク」で“内戦”が勃発…小泉悠氏も仲裁できず、研究者が続々辞めている〈研究者が涙の訴え〉 | 文春オンライン
東京大学の先端科学技術研究センター内に設立されたシンクタンク「創発戦略研究オープンラボ(ROLES)」で、研究者らが次々と研究室を去っていたことが「週刊文春」の取材で分かった。 ROLESといえば、…

ROLESといえば、東大の池内恵教授が代表を務め、安全保障や外交戦略などのプロジェクトに取り組むシンクタンクだ。2020年に設立され、2023年以降、外務省から計約8億円の補助金を獲得し、ロシア軍事専門家の小泉悠准教授や国際政治学者の東野篤子・筑波大教授ら著名研究者が参画してきた。 (中 略) しかし、今年4月に副代表の小泉氏が辞任し、学外から参画した東野氏ら複数の研究者も座長を外されるなど、異変が顕在化。

元記事は『週刊文春』2026年6月4日号 (強調を追加)

ぼくは関係者じゃないので、内部の情報を持っているわけではないが、メディアでよく見る人同士が「ケンカしてた」みたいな、芸能人ゴシップのように不まじめに消費する人が大量に湧いているのは、感心しない。

なので、専門家批判のプロの視点から、この記事(誌面で全文を閲覧)を “まじめに” 読み解き、いま「なにを考えるべき」だと思うかについて、記録として残しておく。

まず押さえておくべきは、このROLESがある時期まで、ウクライナ戦争に関して参謀本部ならぬ「応援本部」に近い立ち位置で見られていたことだ。関係者による詩的な紹介を引いておこう。

今年7月はROLE漬け(私も複数回登壇します!)|東野篤子
暑いですねぇ…。本当に暑い。 こんな暑い夏は、もう国際政治の勉強をするしかなさそうです(強引すぎ)。 今月下旬のROLESは、数々の対面イベントを取りそろえ、皆様のおいでをお待ちしております。 創発戦略研究オープンラボ(ROLES)東京大学...

この夏はROLESでROLE漬けになってくださいね! 私も、会場で皆様にお会いできるのを楽しみにしております。

東野篤子氏、2024.7.5

しかし研究業績に鑑みて、ROLESの主要メンバーだと思われる篠田英朗氏は、2024年4月の時点で、当時のメディアで主流だったウクライナ戦争の捉え方につき、明快な批判を表明している。

前年末の2023年12月の記事でも、軍事力による勝利は難しく有利な和平を追求すべきだと、強く示唆している。「ロシアに領土を一切譲らず、武力で取り戻すべき」といった論調とは異質である。

ロシアに勝った「日本」と、「ウクライナ」はいったいなにが違うのか
かつてロシアと単独で戦ってきた国で、それなりの成果を上げたのは、日露戦争時の日本だ。日本は、ちょうど18か月の戦いの後、有利な条件で講和条約を結んだ。いったい今のウクライナの対ロシア戦争と、当時の日本の対ロシア戦争では、何が異なり、違う結果...

今回の『週刊文春』の報道によると、前後する2024年2月~8月の時期に、ROLESのシンポジウムへの篠田氏の登壇をめぐって、トラブルがあったらしい。その経緯は、非常に不自然である。

在外公館勤務を経てJICAに所属する、ウクライナ研究者T氏(記事では実名)が「講演料が高すぎる」と異を唱えたというのだが、3回登壇して計11万円というから、1回3万円台。社会通念上、とくにおかしな額ではない。

進行中の戦争は、極めてセンシティブな話題だ。政府系の機関に連なる人ほど、公式な立場と異なる主張の識者を “排除・抑圧した” と取られかねない言動には慎重であるべきだと、(これは記事の著者でなくぼくが)考える。

ところが、ことウクライナ戦争に関しては、そうした常識のタガが、長らく外れたままだった。

後の掲載だが、戦時下にあるウクライナの国営の情報宣伝機関に出演して、より著名な研究者が滔々とこう語る例を見れば、どんな雰囲気がこの分野の「専門家」を覆ってきたかがわかる。

東野篤子筑波大学教授
ウクライナは日本にとって国防上の最大のパートナーになり得る — ウクルインフォルム.

ウクライナは日本にとって国防上の最大のパートナーになり得ると思います。……ウクライナの方々も、最近は、自分たちが一番実践〔実戦の誤か〕経験がある、自分たちから学んでください、と言うようになっています。 (中 略) パッと見て、ウクライナを応援・支援しているというメッセージを伝えることが大事だと思っています。……単に分析するだけでなく、ウクライナは支援されるべきであり、ロシアは撤退すべきだという価値判断まで示さなければならないと考えていますし、その象徴としてヴィシヴァンカを着続けています。

東野篤子氏、2026.2.17

あたりまえだが、政治を研究することと、「政治をする」のとは別のことである。究極的には区別できない、とか色んな議論はあるが、少なくとも区別する努力をしなければ、すべてが政治になって「学問の自由」はなくなる。

とりわけ戦争が絡む政治の場合は、いっそうの注意が必要だ。あいつの主張は「敵を有利に “し得る” 」から、あいつも敵国側だと見なそう、といった風潮を放置すれば、戦争を研究するどころか研究そのものが戦争になる。

戦争という「雨が降る前に」、ぼくたちができること。|與那覇潤の論説Bistro
社会主義を掲げて多民族を統合してきた連邦が解体し、1991年から2001年まで続いたユーゴスラヴィア内戦は、冷戦終焉にともなう最大の悲劇と呼ばれた。東欧とはいえヨーロッパに属する国で、白人どうしが殺しあう姿は世界に衝撃を与え、ちょうどいまの...

ここまで考えて週刊誌の記事1本を読む人も、まぁそう多くはないだろう。だいたいの人は、

「学者って専門家ぶってTVでエラソーに説教するけど、裏では殴りあってドロドロの関係らしいよ(笑)」

「しかも原因は補助金の分捕りあいだって。みっともないね(苦笑)」

くらいの感想で、流していく。いわゆる、ダメな反知性主義である。

これに対して、あるべき反知性主義――学者を名乗る人の権威に依存しておきながら、炎上したときだけ「実はショボいよね」と嗤うのではなく、ふだんからあらゆる権威を一度は疑い、自立して考えようとする態度がある。

ダメな反知性主義と戦うと称して、あるべき反知性主義まで見失った状態が、2020年代の日本を呑み込んだ「専門家依存」だった。24年の3月からずっとそう指摘してきたぼくが、その批判のプロであるゆえんである。

「専門家の時代」の終焉|與那覇潤の論説Bistro
いま連載を持っているので、送っていただいている『文藝春秋』の4月号が届いた。すでに各所で話題だが、「コロナワクチン後遺症の真実」として、福島雅典氏(京大名誉教授)の論考が載っているのが目につく。タイトルが表紙にも刷られているので、今号の「目...

ROLESに関しても昨年夏の記事で、当時わかっていた問題点につき、主題的に書いていた。だからこそ、いまスキャンダリズムに基づく無責任な “面白がり” で、学者絡みのニュースが流布することには危惧の念を持つ。

いま問うべきことは、ほんとうはなにか。

詳しくは秋に出す『なぜ「まちがえた」と言えないのか』を待ってほしいが、端的な結論を、改めてひと言で伝えておこう。この問いに向きあうことなしに、学者への敬意や信頼が、社会に甦えることは二度とありえない。

国際政治学も「ぶざまな」学問になるのだろうか。|與那覇潤の論説Bistro
石破内閣の支持率が上がったという。なんと「次の首相」で、1位に返り咲く調査もあるそうだ。 「次の首相」石破氏トップ 内閣支持率29% 毎日新聞世論調査 | 毎日新聞 毎日新聞は26、27の両日、全国世論調査を実施した。石破茂内閣の支持率は2...

学問の信用ほど築くのに時間がかかり、かつ一瞬で壊してしまえるものはない。

拙note、2025.7.30

参考記事:

東野篤子氏と「ウクライナ応援ブーム」は何に敗れ去るのか|與那覇潤の論説Bistro
東野篤子氏とその周囲によるネットリンチの被害者だった羽藤由美氏が、経緯を克明にブログで公表された。1回目から通読してほしいが、東野氏の出た番組に批判的な感想を呟いただけで、同氏に煽られた無数の面々から事実をねじ曲げて誹謗される様子(3回目)...
歴史と "AI塗り絵" を区別できない学者の正体: 渡邉英徳氏の場合|與那覇潤の論説Bistro
先月にご紹介した、作家の上田岳弘さんとの対談の最後に、ぼくはこんな話題を出している。 與那覇 戦後80年の今年、歴史はむしろ「ネガティブさとつきあう術」だということを、改めて感じました。 顔写真をAIでジブリ風のアニメキャラに加工するのが人...

(ヘッダーは、ROLESの公式サイトより)

編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年5月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください。

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https://agora-web.jp/archives/260529071146.html https://agora-web.jp/archives/260529071146.html Fri, 29 May 2026 21:50:46 +0000 Fri, 29 May 2026 21:50:46 +0000
報道しない選択肢はなかったのか? 阿部監督と新浪氏、二つの辞任が問い返すもの technology 5月25日夜、巨人軍・阿部慎之助監督が娘への暴行容疑で現行犯逮捕され、翌26日に釈放。同日、監督辞任を表明した。そしてわずか数日前の5月22日、もう一つの「辞任劇」の後日談が静かに幕を閉じた。サントリーホールディングス元

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5月25日夜、巨人軍・阿部慎之助監督が娘への暴行容疑で現行犯逮捕され、翌26日に釈放。同日、監督辞任を表明した。そしてわずか数日前の5月22日、もう一つの「辞任劇」の後日談が静かに幕を閉じた。サントリーホールディングス元会長・新浪剛史氏の不起訴処分である。

二つの事件に共通するのは、報道が社会的制裁の引き金を引いたという構造だ。そして問いも共通する。報道は本当に必要だったのか、という問いである。

microgen/iStock

何が起きたか

阿部監督の件 5月25日午後7時ごろ、渋谷区の自宅で娘(18)と口論となり押し倒した疑い 「姉妹のけんかを止めようとしたら言い返されてカッとなった」と容疑を認める 飲酒していた。娘にけがはなし 26日未明に釈放。今後は書類送検の方針 26日午前、監督辞任を表明 新浪氏の件 2025年8月、大麻由来成分(THC)が違法な割合で含まれるサプリメントを米国から輸入した疑いが浮上 同月、自宅家宅捜索。違法薬物は発見されず、尿検査も陰性 新浪氏は「所持も使用もしておらず、輸入も指示していない」と一貫して否認 疑惑発覚と報道を受け、サントリー取締役会が臨時開催。2025年9月1日、会長辞任 9月末、経済同友会代表幹事も辞任 2026年4月、福岡県警が麻薬取締法違反容疑で書類送検 2026年5月22日、福岡地検が不起訴処分

不起訴の理由について、地検は「捜査によって得られた関係証拠を慎重に検討した結果」とのみ述べた。

「報道する必要があった」という論理は当然なのか?

報道機関はこぞって「公共性がある」「著名人の事件だ」とその報道理由をあげつらう。しかし、その論理は本当に自明なのか。

「著名人だから報道すべき」は本当か

著名人であることは、プライバシーの侵害を正当化する免罪符ではない。監督としての職務に関わる不正や、経営者としての背任ならば話は別だ。しかし阿部氏の件は自宅での家族間の衝突であり、新浪氏の件は私的な健康食品の購入である。著名人の私的領域に公共性を無限に読み込む論理は、有名であるだけで人はプライバシーを失うと言っているに等しい。

「警察が発表したから報道すべき」は本当か

警察の広報は「社会への通知義務」ではなく、捜査機関による情報管理の一形態に過ぎない。新浪氏のケースでは、家宅捜索の時点で違法薬物は見つかっておらず、尿検査も陰性だった。それでも「疑惑」として大々的に報じられ、会長と代表幹事の座を失った。逮捕でさえなく、捜査中の段階での報道が、これほどの社会的制裁を完成させた。

「球団・財界の公共性」論の限界

巨人軍の監督職、経済同友会の代表幹事職――確かに公共性の高いポストだ。だからこそ、職務遂行に関わる事案であれば報道の必要性も高くなる。しかし家族間の問題や私的なサプリの購入が、その職務の公共性とどう結びつくのか。論理の飛躍があるのではないだろうか。

新浪氏の不起訴が突きつけるもの

阿部監督の件はまだ手続きの途中だが、新浪氏の件にはすでに結論が出た。不起訴である。

新浪氏は一貫して容疑を否認しており、家宅捜索でも違法薬物は発見されず、尿検査でも薬物反応は陰性だった。それでも報道によって会長と代表幹事の座を失い、財界の第一線から退いた。

福岡地検は5月22日、麻薬取締法違反容疑で書類送検された新浪氏と知人女性を、いずれも不起訴とした。この事実は何を意味するか。法的には「罪に問えない」と判断された人物が、報道によって社会的制裁を受け、すでにキャリアを失っていたということだ。

無罪推定の原則はどこへ行ったのか。報道は「疑い」の段階で人を裁き、法がその結論を否定した後も、その人の名前はネット上に消えずに永遠に残り続ける。

「報道が辞任を強いた」という事実から目を逸らさない

「辞任は本人の責任の引き受けだ」という見方もある。しかし新浪氏の件を見れば、それが楽観的に過ぎることは明らかだ。

サントリー取締役会は新浪氏がアメリカ出張で不在のなか臨時取締役会を開催し、辞任を求めることを全会一致で決議した。本人が帰国する前に、報道を受けた周囲が動いたのだ。これを「本人の責任の引き受け」と呼ぶことはできない。

経済同友会の理事会でも「代表幹事に留まるべき」と「辞任すべき」の意見が真っ二つに分かれ、新浪氏は執行部の分裂を避けるために自ら辞任を決断した。法的な決着がつく前に、報道が形成した空気が人を職から追い出した。そして法的な決着は「不起訴」だった。

報道しない選択肢は、本当になかったのか

「著名人の現行犯逮捕」「捜査対象となった財界トップ」――確かに、報道機関が「報道しない」と判断するには相当の説明が要る構造だった。競合他社に先を越されることへの恐怖、PVや視聴率への欲求、「警察が発表したから」という責任転嫁。これらが混じり合うとき、「報道しない」という選択は事実上消える。

しかし新浪氏のケースを振り返れば、「捜査中」「疑いの段階」での大規模報道が、最終的に不起訴となった人物のキャリアを完全に破壊したことは事実だ。「報道しない選択肢はなかった」という言葉は、この事実の前で本当に成立するのか。

報道の自由は、報道しない自由も含んでいる。その選択を真剣に検討した痕跡が、二つの事件のどちらの報道からも見当たらない。

おわりに

「報道すべきだったか」という問いは、「どのように報道するか」より先に来るはずだ。著名人の私的領域への敬意、無罪推定の原則、被害者・関係者のプライバシー、そして報道が持つ社会的制裁としての実質的な力。これらを天秤にかけたとき、「著名人だから」「警察が発表したから」という一点だけで全てが正当化されるとは思えない。

報道は事実を伝える行為のはずだ。しかしそれが、法が否定した制裁を先行して執行する装置になっているとすれば、問い直されるべきは報道の「あり方」ではなく、「必要性」そのものになってくるのではないだろうか。

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https://agora-web.jp/archives/260529084939.html https://agora-web.jp/archives/260529084939.html Fri, 29 May 2026 21:45:39 +0000 Sat, 30 May 2026 00:51:45 +0000
2026年は「脱炭素ナイター」 → 2027年は「脱炭素デーゲーム」? society 筆者は3月の記事「セ・リーグが「脱炭素ナイター」開催=グリーンウォッシュナイターです」の中で以下の指摘をしました。 セ・リーグが「脱炭素ナイター」開催=グリーンウォッシュナイターです太陽光発電でナイターって。。JERAと

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https://agora-web.jp/feed-for-gunosy https://agora-web.jp/feed-for-gunosy Sun, 15 May 2016 09:09:45 +0000 Sun, 15 May 2016 09:09:45 +0000
やる気を待っていたら、一生読めない society (前回:暇になったら読む、なんて嘘だ) やる気が出たら読む。これほど愚かな考え方もない。いや、愚かというのは言い過ぎか。でも、本当にそう思う。 エミール・クレペリン(ドイツの精神科医だ、念のため)が「作業興奮」という概念

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c11yg/iStock

(前回:暇になったら読む、なんて嘘だ

やる気が出たら読む。これほど愚かな考え方もない。いや、愚かというのは言い過ぎか。でも、本当にそう思う。

エミール・クレペリン(ドイツの精神科医だ、念のため)が「作業興奮」という概念を提唱している。行動することで脳が興奮し、やる気が後からついてくる、という話だ。つまり、やる気があるから始めるのではなく、始めるからやる気が出る。順番が逆なのだ。

これを聞いて「知ってる」と思った人。あなたは実践しているか? 知っているのに動かない。それが人間だ(私もそうだった、偉そうなことは言えない)。

腕立て伏せの話をする。毎日30回やると決める。3日で崩れる。「今日はだるい」「明日でいい」「週末まとめてやる」——こうして三日坊主が完成する。

解決策はシンプルだ。1回だけやる。床に手をついて、1回だけ。すると2回やる。気づいたら10回やっている。これが作業興奮の正体だ。

読書も同じだ。「1ページだけ」と決める。本を開く。1ページ読む。気づいたら章が終わっている。面倒なメールも、返信ボタンさえ押せば書ける。イヤな仕事も、席に座ってパソコンを開けば始まる。人間はそういうふうにできている。

ハードルを下げること。それだけが習慣化の唯一の方法だ。「15分だけ」と言い訳をしながら開く。これでいい。

数字の話をする。1日15分を365日続けると、年間約90時間になる。1冊3時間で読める人なら、年間30冊。10年で300冊だ。

一方、同じ15分をXのタイムラインに使ったら? (私はよくやる、反省している)つながった気にはなる。でも何も積み上がらない。いいねをもらっても、3日後には忘れる。本の一節は、10年後も残る。

文化庁の調査で、1か月に1冊も読まない日本人が47.3%という数字が出ている。ほぼ半数だ。裏を返せば、読むだけで上位半分に入れる。ハードルは低い。

この差は1年後に静かに出てくる。会話の厚み、判断の速さ、文章の重さ。「あの人、なんか違う」と思われる人間は、だいたい読んでいる。派手な努力じゃない。毎日の15分だ。

集中できないなら、場所を変えればいい。これだけで解決することが多い。

自宅は誘惑の巣窟だ。冷蔵庫、テレビ、スマホ、横になれるソファ——全部が読書の敵だ。喫茶店なら違う。職場の電話も、家の雑事も届かない。適度な雑音が、むしろ思考を整えてくれる(これは本当で、無音より少し騒がしいほうが集中できるという研究もある)。

私が喫茶店で守っているルールは2つだけだ。「入る前に読む本を決めておく」「スマホの電源を切る」。……もう1つあった。注文で迷わないこと(笑)。アイスミルク、なければアイスコーヒー。これで入店から着席まで30秒で終わる。迷う時間が惜しい。

やる気を待つな。本を1ページだけ開け。喫茶店の15分が、気づけば一生モノの習慣になっている。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

速効読書』(石川和男著)青春出版社

<書籍評価レポート>

■ 採点結果 【基礎点】  40点/50点(テーマ、論理構成、完成度、訴求力) 【技術点】  20点/25点(文章技術、構成技術) 【内容点】  22点/25点(独創性、説得性) ■ 最終スコア 【80点/100点】 ■ 評価ランク ★★★☆ 水準以上の良書 ■ 評価の根拠 【高評価ポイント】 テーマの普遍性:読書術という普遍的テーマを「忙しいビジネスパーソン」に絞り込んだターゲティングは的確。多くの読書家が実践している方法論を丁寧に体系化しており、読者の共感を得やすい構成になっている。

説得性:著者自身の税理士試験受験中の体験、中間管理職時代のエピソードなど、具体的な一次体験が論旨を支えており、抽象論に終わらない説得力がある。

【課題・改善点】 独創性の限界:読書術の書き手であれば気づく点だが、スキマ時間の活用、場所を変える効果、作業興奮の応用といった方法論は、既存の読書術書籍と酷似している箇所が散見される。先行書籍との差別化という観点では、もう一歩踏み込んだ独自視点が欲しかった。

新規性の補強:読書家・読書術著者の間では「既知の内容」と受け取られる可能性がある。一般読者への訴求力は十分だが、読書術に関心の高い層には物足りなさが残るかもしれない。また、文化庁調査など数字の引用はあるものの、データの使い方がやや表面的。もう少し深掘りすることで、論の説得力がさらに増したはずだ。

■ 総評 読書術書籍として水準以上の完成度を持つ一冊だ。多くの読書家が実践している方法論——スキマ時間の活用、場所を変えることの効果、行動が先でやる気は後からつくという逆説——を、ビジネスパーソンという明確なターゲットに向けて丁寧に整理している点は評価できる。 ただし、読書術を複数冊手がけてきた書き手の目で見ると、方法論の多くは既存書籍と重なる部分があり、独創性という点ではやや物足りなさが残る。初めて読書術に触れる読者には強く推奨できるが、読書術書籍を読み慣れた層には「既知の整理」という印象を与える可能性もある。全体として構成の巧みさが内容の既視感を補っており、書籍としての仕上がりは水準を上回っている。

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https://agora-web.jp/archives/260529094745.html https://agora-web.jp/archives/260529094745.html Fri, 29 May 2026 21:35:45 +0000 Sat, 30 May 2026 00:52:20 +0000
人的資本経営に足りない「価値観の接点」 --- 佐藤 裕 column 「人的資本経営」という言葉が、日本のビジネス界に急速に広がった。有価証券報告書等におけるサステナビリティ情報の開示拡充を契機に、多くの企業がエンゲージメント調査、1on1、人材データの可視化などに取り組んでいる。 一方で

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「人的資本経営」という言葉が、日本のビジネス界に急速に広がった。有価証券報告書等におけるサステナビリティ情報の開示拡充を契機に、多くの企業がエンゲージメント調査、1on1、人材データの可視化などに取り組んでいる。

一方で、現場の経営者や人事責任者からは、「制度を整え、数値を測定しているのに、社員の主体性や定着に思うようにつながらない」という声も聞こえてくる。人的資本経営は広がったものの、その実装に悩む企業は少なくないのではないか。

なぜ、制度を整えても組織の変化につながりにくいのか。

一つの理由は、人材を「管理・測定すべき資本」として外側から捉える一方で、その人が何に価値を感じ、どこで力を発揮するのかという内側の設計が、十分に言語化されていないことにあるように思う。

metamorworks/iStock

 

制度だけでは説明できない違和感

多くの企業には、ミッション、ビジョン、バリュー(MVV)が掲げられている。しかし、それが社員一人ひとりの日々の行動規範として機能しているかというと、必ずしもそうとは言い切れない。

例えば、企業がバリューに「挑戦」を掲げているとする。一見すると分かりやすい言葉だが、社員にとっての「挑戦」の意味は一様ではない。ある社員にとっては「高い売上目標を達成すること」かもしれない。別の社員にとっては「新技術を深めること」や「一人の顧客に粘り強く寄り添うこと」かもしれない。

この個人の解釈と企業の意図の接点が言語化されないままだと、社員の中には「会社の言っていることは分かる。しかし、自分がここで働く意味までは見えない」という感覚が残る。

「人間関係も居心地も悪くない。それでも、若手や中核社員が定着しない」と悩む企業では、給与や福利厚生といった条件面だけでなく、「ここで自分の価値観を発揮する理由」が企業のバリューと結びついているかを見直す余地があるのではないか。

価値観の接点がない組織

人的資本経営の本質は、人材を単なる測定対象として管理することだけではない。その人が持つ独自の価値観と、自然に力を発揮しやすい固有の領域を、企業のバリューや事業目的と接続し、発揮できる状態をつくることにある。

人的資本を活かすとは、単に「営業力が高い」「技術力がある」といった表面的な能力を見ることではない。「その能力が、なぜ、どのような動機で発揮されるのか」という根源を見極めることでもある。

同じ営業力の高い人材であっても、「競合に勝つこと」に価値を感じる人と、「相手の複雑な課題を整理すること」に価値を感じる人とでは、力を発揮する場面も、企業バリューとの響き合い方も異なる。個人の根源的な動機と、企業の目指す方向性を接続することが、人的資本を活かすうえで重要になる。

組織と個人の関係性を考えるとき、しばしば「会社の方針」と「社員の希望」が対立しているように見えることがある。

たとえば、会社は「山」へ行きたいと考え、社員は「海」へ行きたいと感じているような状態だ。

このとき、多くの経営者は、社員を説得して会社の方針に合わせるか、社員の希望に配慮して妥協するかという二者択一に悩む。

しかし、双方が「なぜそこに行きたいのか」という深い価値観を言語化すると、違う景色が見えてくる。会社が山に行きたい理由が「挑戦」や「成長」であり、社員が海に行きたい理由が「自由」や「開放感」であれば、双方の価値観が満たされる「湖に行く」という第三の選択肢が見えてくるかもしれない。

湖には山もあり、水辺の開放感もある。会社の目指す挑戦と、個人の求める自由が同時に満たされる可能性があるのだ。

これは単なる妥協ではない。企業と個人の価値観を深く見つめたうえで、双方が力を発揮できる接点を見つけるということである。

働く意味は接点から生まれる

人的資本経営に必要なのは、企業の方針に社員を無理に従わせることでも、社員の希望をすべて受け入れることでもない。企業バリューと個人の価値観が同時に満たされる接点を、対話を通じて見つけ、言語化することではないだろうか。

人的資本経営を、開示項目や人事制度の整備だけで捉えると、現場では形だけになりやすい。現行施策や計測可能な数値を並べるだけでは総花的になりがちであり、重要なのは、企業の経営判断の軸と、社員が何に価値を感じて動いているのかを具体的な言葉にすることだ。

社員が自分の価値観と企業バリューの接点を理解できたとき、仕事は単なる役割ではなく、自分の力を発揮する具体的な場になっていく。

人的資本経営の次の課題は、測定や開示に加えて、「企業と個人の価値観が重なる場所」を言語化し、働く意味へと接続することではないだろうか。

佐藤 裕(さとう ゆたか) 味語り®代表/ブランド設計士。20年超の企業経営経験を活かし、企業と個人の「価値観の接点」を言語化。理念を現場の判断軸へ落とし込むブランド設計に伴走している。

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https://agora-web.jp/archives/260529091326.html https://agora-web.jp/archives/260529091326.html Fri, 29 May 2026 21:30:25 +0000 Sat, 30 May 2026 00:52:41 +0000
なぜチームみらいの政策案はいつも脆いのか column チームみらいの所得連動型給付案への批判は多く出た。 閾値問題。 行政負担の矛盾。 子加算漏れ。 それらは正当な批判だ。 しかし私が問いたいのは、制度の細部そのものではない。 なぜチームみらいの政策案は、毎回似た場所で崩れ

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チームみらいの安野貴博党首02

チームみらいの所得連動型給付案への批判は多く出た。

閾値問題。 行政負担の矛盾。 子加算漏れ。

それらは正当な批判だ。

しかし私が問いたいのは、制度の細部そのものではない。

なぜチームみらいの政策案は、毎回似た場所で崩れるのか。 なぜ毎回、批判を受けてから補足説明が走るのか。

答えは制度の中にない。AIの使い方にある。

政策設計は建築に似ている

建築には二つの工程がある。

ひとつは、外観を設計する工程。もうひとつは、強度を検証する工程だ。

どれだけ美しい完成予想図でも、耐震計算と荷重計算を通過しなければ、建築物として成立しない。

政策設計も同じである。

「誰に・いくら・どう届けるか」を設計するだけでは足りない。

人間はその制度にどう適応するか どこにインセンティブの歪みが生まれるか 行政は本当に運用できるか 想定外の使われ方をした時に崩れないか

これらを検証して初めて、制度は「強度」を持つ。

チームみらいはAIを使って、外観パースを極めて高速・高品質に仕上げている。

スライド。 UI。 シミュレーター。 補足説明。 SNS発信。

従来政治と比較すれば、明らかに高水準だ。

しかし政策の強度計算——つまり、論理の穴を探し、反論を想定し、制度の矛盾を洗い出す作業は、AIがあろうとなかろうと、本来やるべき工程だ。

そして現代はAIを使うことで、その作業を以前より遥かに高精度・高速に回せる時代に入っている。

想定反論の網羅性、インセンティブ歪みの検出、行政負担の整合チェック——これらをAIで高速に回すことこそ、AI政党が最初に取り組むべき使い方のはずだ。

しかし、

AIで反論生成 AIでインセンティブ歪み検査 AIで制度悪用シミュレーション AIで行政負担の整合チェック

を徹底した痕跡が見えない。

公開後に指摘された論点の多くは、市場公開前の論理強度テストで先に検出できた種類のものだった。

つまり問題は、「間違えたこと」ではない。公開前レビュー工程そのものが、極めて薄く見えることにある。

皮肉なのは、AI政党を掲げながら、AIの最も強い使い方が抜け落ちていることだ。

AIの本当の強みは、「綺麗に説明すること」ではない。「自分たちの案の論理強度を、公開前に徹底的に検証すること」の方である。

今回の案は三層で崩れた

今回の所得連動型給付案は、荷重をかけると三層にわたって崩れた。

まず設計レベル。

案の売りは「なめらか給付」だった。

所得が上がるにつれて給付額がなだらかに減っていく曲線グラフを前面に出し、従来の給付制度にありがちな「崖」を避けると強調していた。

ところが実際には、「年収540万円以下」という新たなラインが生まれた。

閾値があれば、働き控え、所得調整、世帯分離が発生する。これは高度な経済学の話ではない。基本的な論理強度テストで先に出る論点だった。

次に運用レベル。

補足説明では「スピード重視」が強調された。しかし同じ資料の中で、行政負担の評価は「大」とされていた。

つまり、「速くやりたい」と言いながら、実装は重い。

竣工検査を通っていない設計図をそのまま市場に出した状態だ。

さらに思想レベル。

子育て支援を掲げながら、シミュレーターの説明欄には、「子加算なし(現時点案・要議論点)」と書かれていた。子どもの人数を制度にどう反映するかが、まだ設計未完了だったのである。

基礎工事が終わっていないまま、上物を建てた。

しかも問題は、単発のミスではない。

毎回、似た場所で崩れる。そして崩れた後の反応も、毎回かなり似ている。

スピード優先 スコープ限定 今後議論する

設計強度を上げる方向ではなく、「この荷重にはまだ対応していない設計です」と説明する方向へ向かう。

これはレビュー文化の問題だ。

なぜ強度計算がループに入らないのか

これはAI時代に始まった問題ではない。

日本政治は元々、制度を「壊れるまで叩く」文化が弱かった。AIによって発信速度だけが上がった結果、その弱さが、今まで以上の速度で市場へ出るようになった。

AI時代が問題を生んだのではない。元々あった構造的弱さを、AI時代が露呈させたのである。

AIで外観パースの速度が上がると、「設計→公開→批判→補足→次の設計」のサイクルが高速化する。

しかし「論理強度の検証」がこのループに入っていない。

批判は受け取る。 補足説明は作る。 しかし次回の設計強度は上がらない。

これはチームみらい固有の問題ではなく、AI時代の政治コミュニケーション全体の構造問題でもある。

外観パースが高速化するほど、論理強度の検証なしの設計が洗練前に市場へ出るサイクルが固定化する。

政治は「設計強度を競う場」ではなく、「外観パースの上手さを競う場」へ変質していく。

制度は説明で動くわけではない。

人間行動、インセンティブ、行政運用、持続可能性で動く。

強度計算はどうやるのか

必要なのは、設計案をAIへ投げ、想定反論を洗い出し、制度悪用やインセンティブ歪みを検査し、崩れた箇所を修正し続ける反復だ。

このレビュー密度こそが、制度の論理強度を決める。

今回崩れた論点のほとんどは、公開前の論理強度テストで先に出る内容だった。

実際、代替案として「後年度精算型リベート」もその過程から導出できる。

先に全員へ一律仮払いし、翌年の税申告で高所得者分を自動精算する設計にすれば、年収ラインを引く必要がなくなる。

閾値がなければ、働き控えや所得調整も、原理的に発生しない。

また、これは単なる「給付」ではなく、税制度と連動した「仮払い(債権)」として扱うべきだろう。

当然、回収不能リスクや未回収率を含めた財源設計は必要になる。

しかし少なくとも、

一律支給による速度 閾値回避による制度耐性 税精算による公平性

を同時に成立させる方向性にはなり得る。

外観パースの前に強度計算をする。それだけでいい。

政府案が示したこと

チームみらいが案を発表した2日後、政府の給付付き税額控除原案が報じられた(2026年5月27日・産経新聞報道)。

そこでは、所得に応じた4段階設計、子育て世帯への上乗せ、自営業・フリーランスへの対応が原案の段階から織り込まれていた。

政府案もまだ原案であり、実装段階での強度計算はこれからだ。

しかし少なくとも、チームみらいが「要議論点」として残した論点を、政府案は設計の出発点に含めていた。

AI政党を標榜する組織の初期設計精度が、従来型の政府原案の初期設計精度を下回った。

これは批判ではない。事実の記録である。

結論

AI政党を標榜するなら、外観パースを高速で仕上げるだけでは不十分だ。論理強度の検証をAIでやり続ける——そこまでやって初めてその看板に値する。

しかしこれは、チームみらいだけの問題ではない。

AIによって発信速度が劇的に上がった今、政策を考える側全体が、「公開前レビュー」の密度を問われる時代に入っている。

制度は説明で動くわけではない。人間行動、インセンティブ、行政運用、持続可能性で動く。

だから本来、政策を出す側は、市場に公開する前に、最低限これくらいの論理強度の検証を終わらせているべきなのだ。

危険なのは、間違った制度そのものではない。

論理強度の検証なしの制度が、高速で市場へ流通することである。

問われるのは、説明能力ではない。

壊れる前に、どこまで壊せたかという、設計責任である。

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https://agora-web.jp/archives/260529083755.html https://agora-web.jp/archives/260529083755.html Fri, 29 May 2026 21:25:55 +0000 Fri, 29 May 2026 21:25:55 +0000
衆院選・自民党支部有料ネット広告「公選法違反の疑い」について考える society 自民党とその総裁の高市早苗首相について、2月の衆院選挙における公選法違反疑惑が、一部メディアで問題になっています 一つは、自民党の支部長にもなっている選挙区の公認候補者の多くが、「違法な有料広告動画」を流した疑惑、もう一

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自民党とその総裁の高市早苗首相について、2月の衆院選挙における公選法違反疑惑が、一部メディアで問題になっています

一つは、自民党の支部長にもなっている選挙区の公認候補者の多くが、「違法な有料広告動画」を流した疑惑、もう一つは、高市早苗陣営の「中傷動画」拡散疑惑です。

今回は、日刊ゲンダイが、ほぼ独壇場で報じている「違法な有料広告動画」を流した疑惑について、公選法上の問題点、犯罪の成否のポイントについてお話ししたいと思います。

Makhbubakhon Ismatova/iStock

自民党支部有料広告動画の違法の疑いの指摘

3月10日には、鷲尾英一郎氏(新潟4区)、3月30日には宮崎政久氏(沖縄2区)の疑惑が報じられ、5月13日には宮城県の全5選挙区から出馬し当選した土井亨氏(1区)、渡辺勝幸氏(2区)、西村明宏氏(3区)、森下千里氏(4区)、小野寺五典氏(5区)の5氏が、県連主導で「違法な有料広告動画」を流した疑いが報じられ、5月20日には丸川珠代氏(東京7区)が出演する、違法の疑義のある有料広告動画が配信されていたことが報じられています。

丸川氏の動画内容は記事に詳細な記載がなく、ネット上で当時の動画も確認できないため不明ですが、その他の自民党議員に関する広告動画の手法は概ね共通しています。

衆院選当時、異例の“1億回超え”再生で話題となった(そして多額の広告費用が問題となった)、高市総理の政党としてのメッセージ動画を利用し、メッセージ動画に候補者の映像、画像が急にカットインしてくる手法を用いています。高い高市人気にあやかり、高市氏に関心がある視聴者が候補者氏名を目にするように、高市氏のメッセージから、いきなり映像が切り替わり、候補者の氏名等が表示されるように編集された動画です。

候補者は、あくまで「政党支部長」の肩書で出てきています。動画中、投票の依頼、呼びかけは行っていませんが、選挙期間中、もしくは公示直前を含む選挙期間のみ、これらの広告動画がネット掲載されていたもので、その動画が選挙区内で多数回再生されれば、投票に与える影響が大きいことは明らかです。

「政党の政治活動としてのネット広告だから適法」とする自民党の主張

自民党サイドは、これらの動画について、「政党支部の政治活動用有料ネット広告だから適法」という主張をしているようです。

確かに、公選法で禁止されるのは「選挙運動用」の広告であり、典型的には「候補者」に対する「投票依頼」が対象となります。

違法な選挙運動用ネット広告の典型例としては、2023年の江東区長選で前区長の木村弥生氏が、木村氏の画像と、「木村やよいに投票してください」との記載がある有料動画広告を動画投稿サイトに投稿し、有罪判決を受けているほか、今回の2月の衆院選でも、維新が“誤って”選挙期間中に党幹部の選挙応援演説を有料動画広告で配信し、外部からの違法の指摘を受けて大阪府警に自己申告し、会見で謝罪するという事態が生じています(なお、この時には、読売新聞が3月24日の社説で「ネット選挙広告 ミスで済まされぬ維新の失態」と強く批判するなど、各主要メディアが批判していました)。

では、本件はすべて「支部長」としての動画であり、「投票依頼」がない動画について、「候補者」の「選挙運動」ではないから適法、との趣旨であろう自民党サイドの説明は、妥当なのでしようか?

「選挙運動」と「政治活動」についての判例の見解

最高裁判例や実務上、「選挙運動」とは、「特定の選挙について、特定の候補者の当選を目的として、投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」をいう、という理解が定着しています。つまり直接的な「投票依頼」がなくとも、それが「投票を得又は得させるために直接又は間接に必要かつ有利な行為」と判断されれば、「選挙運動」となります。

そして、買収罪など、各条文の適用において、具体的にある言動が選挙運動に当たるか否かについては、一般的には、その時期、方法や対象者の範囲などの諸事情を総合考慮して判断されています。

有料ネット広告に関する公選法の142条の6は1項と2~3項に分かれており、「選挙期間中」であるかによって禁止の範囲が異なります。

文書図画の頒布に関する142条と146条も同様に「選挙期間中」であるかによって禁止の範囲が異なりますが、その関係性について判示した判例(最判昭和36年3月17日。単に職業、氏名を印刷したに過ぎない通常の名刺の交付は142条に違反しないが、選挙期間中の個別訪問時に交付することは146条違反になるとした事案。)に準じて考えると、1項は外形内容自体からみて選挙運動のためのネット広告であるといえる必要があり、2項と3項では、外形内容自体からみて選挙運動といえないものについて、広告の時期、場所、相手等を総合考慮して、禁止される選挙運動用ネット広告であるかどうかが判断されることになります。

自民党支部有料動画の「選挙運動」性

報道によれば、例えば、宮崎政久氏(沖縄2区)のネット広告動画のひとつは、高市氏の政党動画に不自然にカットインし、

「5期14年の実績」 「自民党沖縄2区支部 支部長 宮﨑政久」

の文言や、宮崎氏の写真が掲載され、

「未来の沖縄を高市総理と共に」

「今こそ沖縄の皆さんの力が必要です」

とのナレーションが入る、といった動画のようです。

動画内容に投票を直接呼びかける表現がないことは明らかですが、政党支部としての政治活動であれば、高市氏の自民党としての政治活動の動画をそのまま流すか、そこでのスローガンを政党支部に落とし込んだ主張をするべきであって、宮崎氏が突然カットインする必然性が見当たりません。

そして、支部長という肩書こそ用いているものの、自身の氏名をどの文字よりも大きく、しかもほかの文字とは色と背景を反転させて強調表示し、「5期14年の実績」などと“議員としての”実績を掲げ、さらには「未来の沖縄を高市総理と共に」「今こそ沖縄の皆さんの力が必要です」などと呼びかける内容は、一般の人から見て、支部の政治活動というよりも、議員個人として「候補者の氏名」が表示されており、しかも、未来の沖縄を自分に託してほしい、皆さんの力が必要、と言っているようにとらえる人も多いのではないかと思われます。

上記のような動画は、その内容だけからしても、142条の6第1項で禁止される、「選挙運動用」のネット広告であるといえる可能性が高いと言えます。

新潟4区の鷲尾英一郎氏も同様の状況のようです。こちらでも、高市氏のメッセージ動画に鷲尾氏が、当時の近い時期に撮影したと思われる、雪が高く積もった情景を背景に突然カットインすると、赤地に白抜きという非常に目立つ形で

「支部長 鷲尾英一郎」

という氏名が、

「新潟県第四支部」

「自由民主党」

の、同様に大きい文字とともに、画面いっぱいに表示され、

「新潟4区は鷲尾英一郎です」

と語っていました。こちらも、動画内容だけからしても、1項で禁止される「選挙運動用」のネット広告に当たる可能性もあると言えます。

また、1項で禁止されるネット広告に当たらないとしても、こうした動画が、それまでも継続的に作成されていたのではなく、衆院選の時期に向けて作成され、ほとんど選挙期間中だけ公開されていた場合、動画内容だけでは「選挙運動用」といえない場合であっても、総合的にみて、「選挙運動用」といえます。この場合は、142条の6第2項で禁止される、「選挙運動用」のネット広告に該当することになります。

例えば宮崎氏の場合、衆院選公示2日前の1月25日から投開票日前日の2月7日までの期間のみ公開され、広告出稿の費用を出したスポンサーは宮崎氏の妻名義だったことも報じられています。また、鷲尾氏は、選挙期間の後半に大量出稿したようです。

宮城県の全5選挙区の各候補者についても、動画広告は衆院選の時期に向けて作成され、メディアや政党の情勢調査の優劣に応じ、小野寺陣営は公示日から3日後の1月30日、西村氏と森下氏は2月5日、土井氏と渡辺氏は投開票前日の7日に配信を停止していたとされています。

今回問題となっている動画は、すべて政党支部長の動画のようですので、自民党サイドからは、「支部としての動画広告であり、142条の6第4項の適用を受け、第1項で違法となる場合を除き、2項や3項で違法とはならない」との主張がありえますが、これも、これまでの同条項の解釈、説明からすると通らない主張だと思えます。

142条の6第4項との関係

ここで問題となるのが、142条の6第4項との関係です。

同条項は、

「広告(第一項及び第百五十二条第一項の広告を除くものとする。)であつて、当該広告に係る電気通信の受信をする者が使用する通信端末機器の映像面にウェブサイト等を利用する方法により頒布される当該政党その他の政治団体が行う選挙運動のために使用する文書図画を表示させることができる機能を有するものを、有料で、インターネット等を利用する方法により頒布する文書図画に掲載させることができる。」

とされているため、政党等が行うネット広告のうち、政党等の選挙運動のページに飛ぶ機能を有するものについては、適用を受ける可能性があります。

政党等のページにリンクしてない場合は、そもそも同4項の適用を受ける前提を欠くので、2項、3項により、選挙期間中であれば、外形内容自体からみて選挙運動といえないものでも、広告の時期、場所、相手等を総合考慮して、禁止される選挙運動用ネット広告と判断されるネット広告は違法となります。

問題は、動画広告に、政党ホームページへの直接のリンクがあった場合です。

4項の文言上は「文書図画を表示させることができる機能を有するもの」としか書いていません。それが、政党等の選挙運動のページを「表示させることができる機能」があればよく、クリックしようが、自動で遷移しようが、動画広告と選挙運動のページが直接リンクしていればよいという趣旨だとすると、動画広告については、「候補者」でもある支部長は、政党支部として、選挙運動用ウェブサイトに直接リンクする形さえとれば、2項の適用がなく、1項を潜脱するような政治活動を装った動画広告が横行し、選挙期間中も顔出し、名前出しで広告が出し放題、ということにもなってしまいます。

それは、公選法の基本的な考え方や、その改正の趣旨とは全く異なります。

法改正で同条項が設けられた2013年時点では、動画広告が想定されておらず、「バナー広告」をクリックしてリンク先に飛ぶことが想定されていました。

2013年の法改正時に、総務省が出した公選法のガイドラインでは、本件に関係する問として、

『【問25】 政党支部が選挙運動用ウェブサイトに直接リンクする有料インターネット広告を掲載させる場合、その支部長の氏名や写真を掲載することができるか』

との問いに対し、一般論として

『当該広告にその支部長の氏名や写真を表示することのみをもって直ちに選挙運動性を有するとは断定できない』

として下記のような表示例を示しつつ、

『当該広告が当該支部長や当該政党等のための選挙運動用文書図画と認められるときは、選挙運動用有料インターネット広告を禁止している公職選挙法142条の6第1項の規定に抵触するものと考えられる。』

としています。

このように、支部の広告である場合に、支部長の氏名や写真の表示が“直ちに”は選挙運動にならない例として、支部の名称を大きく書き、支部長名や顔写真を小さく、従たるものとして表示するバナー広告を例示しているのは、候補者が支部長である場合、支部長名や顔写真が主として表示されているバナー広告は選挙運動性が高いので、特定の選挙に与える影響が大きいものを無制限に許容することはできないという考え方によるものです。

法改正前から行われてきた政党等の有料バナー広告による政治活動は尊重する必要があるため、改正法による規制の対象とはならないことを上記ガイドラインによって示したのですが、それは、政党等の選挙運動のための有料インターネット広告を無制限に認める規定ではありません。

「選挙運動の対価」についての公選法の基本的な考え方と有料ネット広告の禁止

こうした解釈は、公職選挙法の様々な規定の趣旨からも根拠づけられます。

142条の6が「選挙運動用」のネット広告を禁止する趣旨は、これを許容するならば、資金力の多寡により、選挙結果が大きく左右されることとなってしまい、選挙の公正を害するからです。

この考え方は公職選挙法上様々な条文で見られ、例えば、日本の選挙戦において、(いまでも)名前と顔を売り込むことが重視される現状にあって、147条の2では、候補者が選挙区内に対し、自筆の答礼のためのものを除き、年賀状等の「あいさつ状」を出すことを禁止し、152条で挨拶を目的とする有料広告を禁止しています。

また、上記で少し触れた142条、および143条は、ビラやチラシ、ポスターといった従来型の文書図画を念頭に厳しい制限を設けていますが、146条はさらに、こうした禁止を免れる行為として、「演芸等イベントの広告を装うこと」や、「氏名に代わるシンボル・マークの使用」などを例示して、脱法行為を禁止しています。

これらの条文も142条の6と同趣旨であり、つまりは日本の公選法は、お金をかけて氏名や顔の売り込みや、投票依頼等を行うことを固く禁じ、選挙の公正を守ろうとしているのです(アメリカの選挙とは大きく異なります)。

候補者がたまたま支部長であれば、支部長の肩書を使えば顔も名前も出して広告ができるとすると、政党支部長たる候補者には、無所属候補には使えない特権が与えられることになってしまい極めて不公平です。日本の公選法の基本的な考え方からして、そのような規定を設けることはあり得ません。

総務省のガイドラインが、支部の名称を大きく書き、支部長名や顔写真を小さく表示するバナー広告について「直ちに選挙運動性を有するとは断定できない」としているのは、それを、政党等による有料広告の“限界事例”として例示している趣旨だと考えられます。

総務省が示した有料インターネット広告についての公選法の適用についての解釈は、時代の進展によって、広告の主流が動画に変わったとしても同様に解されるべきです。支部長の肩書を使っていたとしても、その支部長が候補者でもある場合には、候補者(支部長)本人の顔写真と氏名を大きく使った有料の動画広告は認められる余地はないでしょう。

プラットフォーマーによる自主規制ルール

政治的な動画広告を受け入れる企業のなかには、自主規制ルールを設けるところがあり、例えばLINEヤフーでは詳細な「広告掲載基準」(https://ads-help.yahoo-net.jp/s/article/H000044771?language=ja および https://ads-help.yahoo-net.jp/s/article/H000044878?language=ja#c01)が公表されています。

これを見ると、リンクの設定を前提とするような記載がみられるうえ、動画広告に支部長の出演を認めたうえで、

「支部長の登場時間は、動画全尺の概ね3分の1以下であること」

「氏名の記載領域が政党名および支部名、総支部名の記載領域より小さいこと」

などを求め、動画内容についても、

「特定の選挙について言及しないこと」

「投票を呼び掛ける表現を使用しないこと」

「「選挙」という文言を使用しないこと」

「過去の当選回数や、個人の政策、および現職や前職などの経歴、学歴、所属連盟、生年月日、保有資格、年齢、出身地、家族構成、出版書籍等の個人のプロフィール情報を記載しないこと」

などを求め、上記ガイドラインに概ね沿うような動画広告を掲載しようとする努力が見られます。

しかし、まだまだ形式的に過ぎる面があり、今回の動画のように、フォントの強調や不自然なカットインなど、支部長個人を目立たせ、実質選挙運動を行うような事例には対応できていないように思われます(なお、上記「広告掲載基準」では、判断基準を満たしている場合も、選挙運動に該当すると判断した場合は掲載できず、選挙期間直前(選挙期間含む)に広告を大量にまたは独占的に掲載した場合、選挙運動に該当する可能性があるとも警告していて、LINEヤフー社であれば、実質的判断で排除できていた可能性もあります)。

また、このような詳細な自主規制を設ける企業は多数派とはいえず、ネット広告のなかには、緩い規制で出稿されるものも少なくないのではないでしょうか(だからこそ、LINEヤフー社の基準に照らして不適切と思われる動画が、今回、自民党から投稿されているといえます。)。

やはり、バナー広告のみを前提とした10年以上前のガイドラインでは限界があり、広告動画について、総務省が明確なガイドラインを早急に示すべきであるといえます。

政党支部有料ネット広告を野放しにすることは「選挙の公正」を著しく害する

今回の鷲尾氏や宮崎氏らの動画のように、選挙期間中、候補者が、支部長として不自然な形で目立つ広告動画を掲載することが法的に許されるのであれば、それは脱法的な広告を法が許していることになり、政党に属している支部長のみが、その資金力で選挙結果を大きく左右できることとなり、選挙の公正を甚だしく害することになります。

もしこのような現象を許していると解される余地があるのであれば、公選法の基本的な趣旨・理念に反する事態を招いているということであり、早急に法改正が必要であると言えます。

いずれにしても、本件は日刊ゲンダイ“のみ”が報じるような問題ではなく、日本のこれからの民主主義にとって重要な問題であり、国民も主要メディアも、もっと関心を向けるべき問題です。

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https://agora-web.jp/archives/260529062243.html https://agora-web.jp/archives/260529062243.html Fri, 29 May 2026 21:20:42 +0000 Sat, 30 May 2026 00:53:22 +0000
トランプ発言が突きつけた日本の「核なき安全保障」の限界 column トランプ大統領が発した「他国が核実験を行っている」「米国も核実験を再開すべきだ」という発言は、単なる政治的パフォーマンスではない。これは、冷戦期の悪夢——核実験競争と核軍拡の再来——を現実のものにしかねない危険な号砲であ

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Bill Chizek/iStock

トランプ大統領が発した「他国が核実験を行っている」「米国も核実験を再開すべきだ」という発言は、単なる政治的パフォーマンスではない。これは、冷戦期の悪夢——核実験競争と核軍拡の再来——を現実のものにしかねない危険な号砲である。しかも、その前提となる「史実」そのものが、トランプ大統領の中で根本的に誤解されている可能性が極めて高い。

私は過去、ネバダ州の核爆発実験場を現地で取材し、核爆発が大地をえぐり取った巨大クレーターの縁に立った。さらに、核爆発を伴わない「臨界前実験(サブクリティカル・テスト)」の現場にも、地下数百メートルまでエレベーターで降り、実験施設の内部を自らの目で確認した。そこでは、核爆発こそ起こさないものの、核兵器の信頼性維持や新型核兵器の開発に直結する高度な実験が、今も途切れることなく続けられている。

私はCTBT(包括的核実験禁止条約)の国際会議にも参加した経験がある。そこで痛感したのは、CTBTが「核爆発実験」を抑え込む上で一定の政治的・道義的な意味を持つ一方で、核兵器開発そのものを止める枠組みでは決してないという冷徹な現実だ。

米露中をはじめとする核保有国は、条約の「盲点」を巧妙に突き、臨界前実験やスーパーコンピュータによるシミュレーションを駆使して、核戦力の維持・高度化を着実に進めている。

ニューヨーク・タイムズの記事構造を読み解くと、トランプ発言の危険性は4層で浮かび上がる。

① 発言の事実関係そのものが不正確であること ② トランプ政権の核政策が「核兵器の再活性化」を志向してきたこと ③ ロシア・中国の核実験「疑惑」は、核爆発ではなく臨界前実験の可能性が高いこと ④ そして、その余波が最も深刻に降りかかるのが日本であること

まず、トランプ大統領の「他国が核実験をしている」という主張は、事実と整合しない。

冷戦後、米国は大規模な核爆発実験を停止し、臨界前実験へと完全に移行した。その現場を直接取材しているが、そこでは核爆発こそ起きないものの、核兵器の性能向上に直結する精密な実験が日常的に行われている。ロシアや中国も同様で、「核爆発実験を再開した」という確たる証拠は存在しない一方、臨界前実験や新型兵器の開発は確実に進んでいる。

つまり、トランプ大統領は「核爆発を伴う実験」と「臨界前実験」という技術的に全く異なる現実を混同している可能性が高い。この誤解こそが、国際社会にとって最大の不安材料である。

私は昨年、パリに1カ月滞在し、欧州の安全保障関係者や研究者に取材した。そこで明確に感じたのは、欧州がすでに「ポスト・アメリカ」の核抑止を現実的に議論し始めているという事実だ。

トランプ政権下で「米国の核の傘は永続的に信頼できるのか」という疑念が広がり、フランスと英国が主導する形で、欧州独自の核抑止力強化の議論が急速に進んでいる。ドイツもこれまでのタブーを破り、核共有の拡大や欧州核抑止の枠組みに関心を示し始めた。最近ではノルウェーもこの議論に参加し、NATO内部での核協力の再編が現実味を帯びている。

欧州はNATOという制度的枠組みを持つため、核抑止の共同運用や政治的調整が可能である。つまり、欧州は「米国依存からの段階的脱却」を現実的な選択肢として動き始めている。

では、日本はどうか。フィリピンとの防衛協力が進み、南シナ海・台湾周辺での連携が強化されつつあることは確かに前向きな動きだ。しかし、欧州が核抑止を含めた「総合的な自立」を模索しているのに対し、日本は依然として米国の核抑止力に全面的に依存している。自国の防衛努力は限定的で、核抑止の議論は政治的タブーのままだ。

世界が不安定化すればするほど、日本は「他人任せの安全保障」から脱却し、自らの防衛力と戦略を現実的に再構築せざるを得ない段階に来ている。問題は多々あるが、現実として、トランプ政権の米国と協力し続ける必要性はむしろ高まっている。米国の核抑止力を維持しつつ、自国の防衛力を強化し、地域の同盟国との連携を深める——その両輪がなければ、日本の安全保障はもはや成立しない。

ネバダ州の核実験場で見た光景、地下深くで行われる臨界前実験の現場、そしてCTBTがかろうじて支えてきた「核爆発なき時代」。それらを知る者の目から見れば、トランプ大統領の発言は単なる政治的レトリックでは済まされない危険な兆候である。欧州がすでに「核の自立」へと動き始めている今、日本もまた、現実を直視し、自らの安全保障戦略を抜本的に見直す時期に来ている。

【政策提言】

① 日本は米国依存の一本足打法から段階的に脱却し、核抑止を含む安全保障の選択肢を「議論可能な状態」に戻すべきである。

すぐに核保有を目指すという意味ではない。むしろ、対米・対中外交を進める上で、「核抑止をどう位置づけるか」をタブー視せずに検討できる国家であること自体が、外交カードとなる。

② 欧州のように、同盟国との「核を含む安全保障協力」を制度化する議論を開始すべきである。

欧州では英仏が主導し、ドイツが関心を示し、ノルウェーも参加し始めた。NATOという制度的枠組みがあるため、核抑止の共同運用が現実的に議論されている。日本も、核共有や共同抑止の議論をタブー視せず、制度的選択肢として検討すべきである。

③ フィリピンなど地域パートナーとの協力を深化させ、東アジア版の「多国間抑止」を形成すべきである。

南シナ海・台湾周辺での協力は前進だが、まだ不十分である。さらに、距離はあるが、可能であればNATO各国とも共同防衛につながる協力を模索し、「欧州とアジアの抑止ネットワーク」をつなぐ努力を進めるべきである。

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https://agora-web.jp/archives/260529093026.html https://agora-web.jp/archives/260529093026.html Fri, 29 May 2026 21:15:26 +0000 Sat, 30 May 2026 00:53:39 +0000
ガンで死ぬのが最高の人生という考え方 column 高校時代のクラスメイトと食事をする機会がありました。もうお互い60代ですから健康管理に気をつかう年齢です。 私が毎月血液検査をして年に一度は胃カメラや内視鏡検査をしていると話すと、彼は意外なことを口にしました。 血液検査

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高校時代のクラスメイトと食事をする機会がありました。もうお互い60代ですから健康管理に気をつかう年齢です。

私が毎月血液検査をして年に一度は胃カメラや内視鏡検査をしていると話すと、彼は意外なことを口にしました。

血液検査は年一回やっているものの、人間ドックはこれまでまったく行ったことが無く、これからも行かないというのです。

その理由を聞くと初期のガンが見つからないようにするためとの説明です。

気がついたらガンのステージ4になっていて余命半年くらいになって、延命治療はせず痛みの緩和ケアだけして自然に人生を終えるのがベストだと思っていると言うのです。

ガンを早期発見するよりしない方が良い。世間の常識とは真逆の考え方に衝撃を受けました。

トンデモ理論に毒されたスピリチュアル系の無学な人と思うかもしれませんが、彼は医学に無知な人ではありません。国立大学の理系を卒業し博士号を取得。そしてアメリカのバイオベンチャーの創薬に関わっていたその道のプロ。私よりもはるかに深い医学に対する知見を持っています。

確かに心筋梗塞や脳卒中といった突発的な病気では終活の準備をする時間もなく、人生を終えてしまうことになります。

ガンのような徐々に進行する病気であれば、その間のクオリティー・オブ・ライフを保つことができれば、人生の終わりに計画的に時間を過ごすことができるのは事実です。

しかし、初期のガンを見つけられる可能性がある健康診断や人間ドックを全く受けないと言う選択は私には怖くてできません。

人生とは単に長く生きれば良いと言うものではありません。自分が納得できる人生を過ごし納得できる終わり方をしたいと思うものです。

人生の最後の時間を自分でコントロールすることができるガンという病気は過度に恐れるものではなく、かけがえのない大切な時間を与えてくれるもの。

感情的には納得できないものの、理路整然とした自分との人生の付き合い方に何だか清々しいものを感じてしまいました。

話を聞いているうちに健康年齢を少しでも長くすることを考えるだけではなく、自分の人生のエンディングを悔いなく過ごせる方法についても同時に考える必要があることを痛感しました。

AscentXmedia/iStock

編集部より:この記事は「内藤忍の公式ブログ」2026年5月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は内藤忍の公式ブログをご覧ください。

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https://agora-web.jp/archives/260528185034.html https://agora-web.jp/archives/260528185034.html Fri, 29 May 2026 21:00:34 +0000 Sat, 30 May 2026 00:54:02 +0000
円安・インフレ・金利上昇による「見えざる大増税」 economy ブルッキングス研究所のロビン・ブルックスが「円の実質実効為替レートがトルコ・リラを下回った」と警告したことが話題になっている。日経新聞がこれを取り上げで「円はリラより弱くなった」と書いたことが批判されている。 Japan

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ブルッキングス研究所のロビン・ブルックスが「円の実質実効為替レートがトルコ・リラを下回った」と警告したことが話題になっている。日経新聞がこれを取り上げで「円はリラより弱くなった」と書いたことが批判されている。

正確にいうと、これは2014年の先進国(G10)と新興国(EM)の平均を基準にした変化率であって絶対値ではないが、この12年で円がリラより減価したことは間違いない。その原因は何だろうか。

インフレが円安を呼び、円安がインフレを呼ぶ

円安の大きな原因は、高市政権の赤字財政である。インフレの最中に「成長投資」をやると、成長率ではなく物価が上がる。2020年を基準にした消費者物価指数は、今年4月で113。つまり物価はこの6年で13%上がった。この時期にドル円レートは、110円から160円に45%も上がったが、その3割がインフレの影響と考えられる。その逆に、円安が輸入インフレをもたらす効果もある。

政府債務比率の分母は名目GDPだから、インフレになると分母が増え、政府債務(国と地方の債務)のGDP比は2020年の210%をピークに、25年には186%まで下がった。名目債務は約1300兆円でほとんど変わらないが、インフレで実質債務が13%も減ったのだ。これは170兆円の大増税である。

図1(内閣府)

しかも預金金利はほぼゼロだから、実質金利はマイナス2%である。これがほぼゼロ金利の国債を銀行が消化する原資だった。デフレ時代にはゼロ金利でも実質金利はプラスだったので、普通預金は合理的な資産運用だった。このため預金者は貸しっぱなし、政府は「借りっぱなし」の状態を続けることができた。

インフレ増税で高齢者が現役世代からの借金を返す

しかし状況は変わった。インフレ率2%の時代にゼロ金利の普通預金に預けることは、マイナス2%の実質金利で預ける結果になる。多くの預金者はまだそれに気づかないで貸しっぱなしにしているが、家計の預金比率は減り始め、戦後初めて50%を切った。

これからもインフレが続くと、家計資産が海外投信など高利回りの金融商品に流出し、国債が消化できなくなって長期金利が上がる。それによって元利合計の政府債務が増え、国債と円が暴落するおそれがある。これに対する政策対応は3つある:

増税による財政再建 税外収入による赤字の穴埋め 財政赤字の拡大によるインフレ増税

どれを選ぶかは国民の判断だが、1は高市政権では不可能である。2はブルックスの推奨する対策だが、外為特会の為替差益は一時的なものだ。それ以外の「埋蔵金」を取り崩すには特殊法人を解散する必要があり、政治的には1より困難だ。

そこで高市政権のやっているのが3である。2%のインフレを続ければ、毎年26兆円の増税効果があるが、誰も気づかない。国会の同意も必要ない。これで図1の名目成長率3%の「成長移行ケース」になれば、政府債務比率は劇的に減る。2035年度の162%というのは2010年の水準である。

これは政治的には合理的な選択だが、消費税10%分の大増税である。しかも預金が目減りして最大の被害をこうむるのは、預金の7割をもっている60歳以上の高齢者だ。彼らが多すぎる年金をもらってつくった現役世代への借金をインフレで返すのは、因果応報かもしれない。

 

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https://agora-web.jp/archives/260529074532.html https://agora-web.jp/archives/260529074532.html Fri, 29 May 2026 07:59:00 +0000 Fri, 29 May 2026 13:10:41 +0000
国家情報局の発足で何が変わるの? column 今年の夏にも国家情報局が発足します。と言っても実態は内閣情報調査室(内調)が格上げになるだけで報道を見るだけでは何が変わるのか正直わかりにくい気もします。 内調の話はこのブログで以前に何度か取り上げたことがあります。内調

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今年の夏にも国家情報局が発足します。と言っても実態は内閣情報調査室(内調)が格上げになるだけで報道を見るだけでは何が変わるのか正直わかりにくい気もします。

2026年5月27日 国家情報会議設置法の成立について会見する高市首相 首相官邸HPより

内調の話はこのブログで以前に何度か取り上げたことがあります。内調ってどこにあるの?と言うぐらい存在がよくわからない話で時の総理の意向次第で内調が光る時もあるし、光らない時もある、そんな感じでした。個人的には菅義偉氏が官房長官だった時代は光っていた気がします。

先日、テレビニュースで「公安調査庁って知っていますか?」と街角インタビューをしていました。ほとんど誰も知らないのが実態でした。いわゆる「公安」という言葉が嫌な響きに感じる方もいらっしゃるでしょう。実は気をつけなくてはいけないのは日本には「公安」は2つあります。1つは法務省管下の公安調査庁、もう1つは警察庁の中にある公安の方でこちらの方がパワフルであります。なぜなら強権を持っているからです。

ところで警察庁の上部はどの組織?と聞かれたらこれまた困るでしょう。答えは内閣府の外局である国家公安委員会であります。そう、ここにも「公安」が出てくるのです。警察内部組織には「警備局」があり、そこが実態としては公安業務を司っています。警察は刑事局が主流のように見えますが、警備局にも28000人が在籍し、地味でいぶし銀の仕事をしています。警察ものの小説を読む方にはこの手の話がしょっちゅう出てきますのでご存じかもしれませんね。どの小説でも刑事と公安は水と油的な扱いになっています。職務上は別々の目的があるのですが、時としてその目的次第ではそのような主導権争いが起こります。

話を元に戻します。国家情報局ができると何が変わるのか、ですが我々の日常には全く何も変化は見られないと思います。日本には情報を業務とする部署を持っているのは警察、法務、防衛、外務でそれを今までは内調が統括していました。これが今後、国家情報局が統括し、首相が議長となる国家情報会議が判断決定をしていきます。また日常的に首相官邸とのやり取りや指示が国家情報局に飛んできます。それを受けた国家情報局は各情報組織に強権をもって作業に当たらせることになります。また国家情報局は既存の国家安全保障局(NSS)と同列になります。現在内調には500名強のスタッフがいるとされ、格上げ後は700人規模になる見込みです。

今までは内調への情報報告は各情報組織が「都合の良いものを都合よく上げる」傾向があり縦割り意識と「おらが集めた情報は誰にも渡せねぇ」という意識が強かった構造を改革するものとされます。個人的にはそんなに都合よく変わるとは思っていませんが。

なぜこのような動きが必要なのか、というと例えば日本はスパイ天国で情報漏洩のメッカであるとされるからです。例えば中国製フェンタニルが名古屋経由でアメリカに流れていたとか、エヌビディアの高性能半導体が日本経由で中国に流れているといった話はいかにも日本が悪役的存在になってしまい、世界からも「どうにかしろよ」と思われているはずです。特に米中という二大大国にはさまれている都合上、日本の「介在」が時として好都合な場合があるわけです。当然、こんなことはしっかり取り締まらねばなりません。

このような情報組織の立ち上げに対して左派からは個人情報保護うんぬんという話が出てきます。しかし個人情報は今やあってないようなものです。とはいえ、常に「あなたは監視されています」というわけではなく、「あなたが悪さをしたら見つかりますよ」と言う話です。世界最強とされる中国における監視社会について在住する中国人に聞きました、という記事では「悪さをしなければ関係ない」とあっさりした声が多かったと記憶しています。日本でも例えば今、顔認証は多くなりました。海外と出入りする人は入管で顔認証となっていますが、あれでテキストデータはばっちり取られています。(顔データは即時破棄されています。)

最近、事件が起きても犯人が割とすぐ捕まります。何故かと言えばアクセスできる情報がたくさんあるからです。例えば監視カメラで人の波が押し寄せているような動画でも特定の人物をピンポイントでAIが自動で拾い上げます。

国家情報局は善良な市民のための組織であり、日本が海外から変に利用されないようにするための重要な一歩であります。賛成反対各論あると思いますが、時代の要請であると考えざるを得ないのです。もう牧歌的な時代ではないと申し上げます。

では今日はこのぐらい

編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2026年5月29日の記事より転載させていただきました。

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https://agora-web.jp/archives/260528184940.html https://agora-web.jp/archives/260528184940.html Fri, 29 May 2026 03:00:40 +0000 Fri, 29 May 2026 03:00:40 +0000
「ミドルパワー外交」という幻想:現実主義が突きつける不都合な真実 column トランプ政権の「アメリカ・ファースト」路線が国際秩序を揺さぶる中、日本を含む中堅国の間で「ミドルパワー連帯」という概念が再び注目を集めている。カナダのマーク・カーニー首相はダボス会議で「可変的な幾何学(variable

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トランプ政権の「アメリカ・ファースト」路線が国際秩序を揺さぶる中、日本を含む中堅国の間で「ミドルパワー連帯」という概念が再び注目を集めている。カナダのマーク・カーニー首相はダボス会議で「可変的な幾何学(variable geometry)」——すなわち問題ごとに即席の連合を組む外交——を提唱し、豪州のアルバニージー首相とともに「不確実な世界における中堅国の自律的な道」を宣言した。しかしこの構想は、現実主義的な視点から見れば、国際政治の本質を直視しない甘い幻想に過ぎない。

フォーリン・アフェアーズ誌最新号(2026年5月)が「ミドルパワーの幻想(The Middle Power Delusion)」と題して論じたのは、まさにこの問題だ。

「連合」には必ず錨が要る

ミドルパワー連合が直面する根本的なジレンマは、連合が大きくなるほど重みは増すが、まとめるのが難しくなるという点だ。小さな連合は機動性はあるが影響力に欠け、大きな連合は拒否権・内部対立・ただ乗りの問題を抱える。成功する連合には必ず「錨」となる国家——コストを負担し、迷う国を安心させ、離反者を抑止できるリーダー——が必要だ。ナポレオンに対して英国が、ヒトラーに対して英ソが米国参戦まで果たしたのがその役割だ。しかし今日、そのような役割を担えるミドルパワーは存在しない。

カーニーが提唱する「可変的な幾何学」は、ミドルパワー秩序ではなく、通常の国際政治——強大国が分断し、買収し、脅し、迂回しようとする連合を罰する中で、各国が圧力の下でもがく世界——に過ぎない。

大国は「迂回」を許さない

この点を端的に示す歴史的事例がある。2019年、欧州はINSTEXという機構を設立し、米国の制裁を迂回してイランとの取引を継続しようとした。するとワシントンはINSTEXの利用国をドル決済システムから排除すると脅した。同年、トルコがロシア製防空システムを購入すると、米国はトルコをF-35プログラムから追放した。2025年にはインドが米国の圧力にもかかわらずロシア産石油を買い続けた結果、制裁上の影響を受けた。

これが現実だ。ミドルパワーが「自律的な道」を歩もうとするたびに、大国は経済・安全保障・技術の各領域で具体的なコストを課してきた。「自由な買い物」ができる国際秩序などというものは存在しない。

日本への示唆 :「第三の道」という誘惑の危うさ

日本国内でもこの種の議論は根強い。米中の「どちらにも偏らない」「戦略的自律性を確保する」という主張は、一見バランスのとれた現実主義に聞こえる。しかし上記の論理を適用すれば、その本質は「錨のない連合」に加わる、あるいは単独でコストを負担できない「自律性」を夢想することにほかならない。

日本は世界第4位の経済規模を持ち、高度な技術力と地政学的要衝を占める国家だ。しかしその防衛は依然として日米同盟の抑止力に大きく依存しており、エネルギーと食料の対外依存度は高い。シーレーンの安全保障なしに日本経済は成立しない。この構造的現実を直視すれば、「ミドルパワー連帯」で安全保障を調達し、「別の場所で技術を調達し、また別の場所で市場アクセスを得る」という「お好み外交」が幻想であることは明らかだ。

現実主義が示す処方箋

国際政治に「自然状態」という表現を使うのは誇張ではない。ウクライナ、台湾海峡、ホルムズ海峡での緊張が示すように、力の空白は必ず埋められる。その現実の中でミドルパワーに許される選択肢は、「錨となる大国との同盟を深化させながら、その中でいかに自国の国益を最大化するか」という問いに真剣に向き合うことだ。

「どちらにも偏らない」という姿勢は、いざという時に「どちらにも守ってもらえない」という結果に直結する。ポピュリズムに流されない現実主義とは、この不都合な真実から目を背けないことを意味する。

ランプ大統領と高市首相 ホワイトハウスHPより

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https://agora-web.jp/archives/260528195431.html https://agora-web.jp/archives/260528195431.html Fri, 29 May 2026 02:55:31 +0000 Fri, 29 May 2026 02:55:31 +0000
ノルウェ―がフランスの「核の傘」に入る column 英国とポーランドは27日、新たな包括的な防衛、安全保障条約を締結した。英国政府によると、スターマー首相とトゥスク・ポーランド首相がロンドンで署名した条約には、大規模な合同軍事演習や、NATO東部国境防衛のための無人航空機

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英国とポーランドは27日、新たな包括的な防衛、安全保障条約を締結した。英国政府によると、スターマー首相とトゥスク・ポーランド首相がロンドンで署名した条約には、大規模な合同軍事演習や、NATO東部国境防衛のための無人航空機システムの活用拡大などが含まれている。

トゥスク首相とスターマー首相は、ノースホルト空軍基地で防衛・安全保障・防衛条約に署名、ポーランド首相府公式サイトから、2026年5月27日

トゥスク首相はノースホルト空軍基地(ロンドンから北西約24キロ)で安全保障・防衛パートナーシップ条約に署名した後、「私たちはポーランドとイギリスの安全を守り、我々の価値観を守りたい」と強調、ワルシャワとロンドンは二国間関係を最高レベルに引き上げたと述べた。

英ポーランド条約の重要な焦点は、「複雑な次世代兵器システム」の共同開発を進め、新たな高性能弾薬や、中距離防空ミサイルシステムの共同生産を推進することだ。また、組織犯罪対策、サイバーセキュリティとハイブリッド脅威対策だ。両国の目標は潜在的な侵略者であるロシアを効果的に抑止することにある。欧州各地で発生しているロシア主導の放火事件、スパイ活動、サイバー攻撃、偽情報の流布といったハイブリッド攻撃への情報共有や防衛を強化する。

英国にとって、EUとの防衛条約は、ブレグジット(EU離脱)後、スターマー現政権が進める「欧州諸国との信頼回復・連携強化」の一環であり、EU全体との防衛協力を深める布石だ。英国は近年、ドイツおよびフランスとも同様の防衛協定を締結している。ポーランドもフランスと協定を締結済みだ。ベルリンの情報筋によると、ドイツとポーランドの防衛条約に関する協議が現在も継続中だ。

スターマー首相は「ロシアの侵略ほど我々にとって大きな挑戦はない。これはウクライナ国内だけでなく、国境の外でも見られる。この署名された条約は、両国間の安全保障と防衛関係の世代を超えた強化の真の成果だ」と語った。一方、トゥスク首相は「我々の軍事、技術、サイバー、安全保障の協力は、情報を含む幅広い分野で行われており、この歴史的な条約が本当に私たちの未来をより安全にするという希望を与えている」と説明している。

なお、両首脳はこの協定について、「ここ数十年で最大の前進」(スターマー首相)」、「歴史的な瞬間」(トゥスク首相)」と位置づけており、トランプ米政権から求められてきた「欧州独自の防衛責任の拡大」への回答としても重要な意味を持っている、という認識を共有している。

同じ日に、ノルウェーのストーレ首相はパリでフランスのマクロン大統領と会談し、フランス主導の新たな核抑止枠組み(欧州独自の「核の傘」)に加盟する防衛協定(ナルヴィク協定)に署名した。 (ナルヴィク=Narvikとはノルウェー北部にある北極圏の港町の名前。第二次世界大戦中(1940年)にノルウェー侵攻作戦において、戦略上の要衝として激しい海戦が行われた歴史的な場所)。

ノルウェーは これまで、欧州のNATO加盟国として大国アメリカの核防衛体制の下にあった。そのノルウェーがフランスの核抑止枠組みに加わった背景には、①ロシアによる核の脅威増大、②米国の防衛コミットメント(対欧州安全保障)への不確実性の2点が挙げられる。北極圏でロシアと国境を接するノルウェーは、間近に迫るロシア極北の核戦力増強に対抗する必要が出てきた。なお、フランスが主導する核防衛構想への加盟国は、英国、ドイツ、ポーランド、スウェーデンなどに続き、ノルウェーが9カ国目。

ストーレ首相はノルウェー通信社NTBに対し、「今回の措置は欧州の安全保障情勢を踏まえたものである」と強調する一方、「これまで通り安全保障の主軸はNATOと米国だ。平時においてノルウェー領土内に核兵器は配備しない」と指摘した。すなわち、同国の伝統的な核政策を維持したまま、フランスの抑止力を上乗せする形だ。

ちなみに、フランスの核防衛体制(先進的抑止力)とは、EU加盟国の中で唯一の核保有国の同国が、2026年3月に打ち出した新構想「先進的抑止力(Forward Nuclear Deterrence)」に基づいている。フランス独自の核抑止力を、賛同する欧州の同盟国全体に拡大するものだ。万が一、加盟国が深刻な攻撃を受けた場合、フランスの核兵器による報復措置が発動する可能性(核の傘)を明示して敵国を牽制する。

ただし、他国の領土に常駐・配備(核共有)する米国のシステムとは異なり、フランスの手法は柔軟な機動展開と作戦共有が特徴だ。具体的には、フランスの核積載可能な戦闘機(ラファールなど)が、必要に応じて同盟国の基地へ一時的に展開、機密情報の共有、合同核演習の実施、および防衛装備品の共同備蓄などを進める。

英国とポーランドが結んだ防衛条約が「通常兵器やサイバー、ハイブリッド戦」を強化するものであるのに対し、ノルウェーとフランスの協定は「究極の抑止力である核の盾を欧州で分かち合う」という、より高次元の防衛統合だ。いずれにしても、トランプ米大統領の「欧州の安全保障は欧州諸国が責任持つべきだ」という主張は着実に現実化してきているわけだ。

編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年5月29の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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https://agora-web.jp/archives/260528185010.html https://agora-web.jp/archives/260528185010.html Fri, 29 May 2026 02:55:09 +0000 Fri, 29 May 2026 02:55:09 +0000
辺野古沖事故を起こした原因の「オール沖縄の知事」を打破する必要がある column まずは赤旗の過去の記事から。 主張/知床の観光船沈没/国交省のおざなり対応は重大 主張/知床の観光船&#27

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まずは赤旗の過去の記事から。

主張/知床の観光船沈没/国交省のおざなり対応は重大

主張/知床の観光船沈没/国交省のおざなり対応は重大

【主張 知床の観光船沈没 国交省のおざなり対応は重大】 北海道・知床半島沖で26人が乗った観光船「KAZU I(カズワン)」が沈没した事故は、運航会社「知床遊覧船」(斜里町)のずさんな運航管理とともに、それを見抜けなかった国の姿勢も問われています。国土交通省が昨年同社に行った改善指導は守られていなかったのに、同社の言い分をうのみにして運航許可を与えていました。なぜ、おざなりのチェックで済ませたのか。国の対応の徹底検証が不可欠です。 ~以下省略~ (2022/5/17 赤旗)

知床でのKAZU 1の事故の時はこんなことを言っていた赤旗と共産党でしたが、 辺野古で事故の件で国交省が捜査を行っている事についてはだんまりどころか、 聴取に一切応じないという事をやっています。

その件について記者会見で問われると

共産・小池氏「国交省の聞き取り、文書で応じている」と強調 辺野古ヘリ基地反対協と船長

共産・小池氏「国交省の聞き取り、文書で応じている」と強調 辺野古ヘリ基地反対協と船長
沖縄県名護市辺野古沖の船転覆事故で運航団体の「ヘリ基地反対協議会」と抗議船「平和丸」の男性船長が国土交通省側の聞き取りを拒否していることについて、共産党の小池…

【共産・小池氏「国交省の聞き取り、文書で応じている」と強調 辺野古ヘリ基地反対協と船長】 沖縄県名護市辺野古沖の船転覆事故で運航団体の「ヘリ基地反対協議会」と抗議船「平和丸」の男性船長が国土交通省側の聞き取りを拒否していることについて、共産党の小池晃書記局長は25日の記者会見で「正確を期すために文書で応じた」と強調した。

小池氏は「一部で聞き取りに応じていないとの報道があり、現地に確認した。内閣府沖縄総合事務局運輸部(国交省の地方運輸局に相当)からの働きかけが4月中旬にあり、何のための聞き取りなのかが明らかでなかったため、正確を期すために文書で応じたということだ。海上保安庁の事情聴取にはこの間も数回応じており、6月にも予定されているということだ」と述べた。

記者から、任意だから応じないのかと問われると「応じないじゃなくて、文書で答えている。正確な対応をするために文書で答えている」「海保の事情聴取には全面的に応じている」と繰り返した。

共産党の沖縄北部地区委員会はヘリ基地反対協の構成団体になっており、平和丸船長は同党から地方選に出馬経験がある。 (2026/5/26 産経新聞)

文書で応じているなどと言い訳をしています。

国交省側は聴取に対して一切応じていないと説明しています。

文書でなら応じると言い張ってのらりくらりと、時間稼ぎしているような形で「文書で応じている」と。

事故を起こした直後に現場に行くでもなく、被害者遺族に謝罪に行くわけでもなく、玉城デニーと密談をしに行ったのが同志社国際高校の西田校長でした。

同志社国際高校もまた文書で応じるという形を取りました。

それで文部科学省が出した質問に対して、学校法人同志社が事故調査のために設置したはずの第三者委員会の委員のはずの弁護士から、同志社国際高校として回答が来ました。

結果として学校法人同志社が設置した第三者委員会というのは、同志社国際高校を守る為に、仲間に第三者を偽装させているだけのダミー組織だということが露顕し、大臣の指示もあって文部科学省は直接調査に切り替えました。

日本共産党としてはこれまでの共産党やオール沖縄が絡む不祥事のように、オールドメディアが超偏向報道で自体を風化させ守ってくれると、そう考えているのかもしれません。

なので徹底的に時間稼ぎと。

ですから私達国民が、沖縄の老人達に、オールドメディアが今回の事故の原因となった玉城デニーによる「平和学習のビジネス化」などについて、徹底的に拡散させていきましょう。

安和で活動家の女性のせいでダンプに巻き込まれて命を失った警備員の事故でも、活動家の違法行為のやりたい放題を助長するために、ガードレールの設置を玉城デニー知事が徹底的に邪魔し続けてきたことが大きな原因でした。

自分達の利権のためなら人命なんてどうでもいい。

これが玉城デニーや日本共産党、オール沖縄らのやってきたことです。

平和平和などと言って人命を最も軽視しているのが、オール沖縄でありそのパペットである玉城デニーであると、そう言っても過言ではないでしょう。

そしてオールドメディアとこうした人命をどうとも思わない左翼どもが、一斉に騒ぎ立てることで自分達の蛮行を守ってきたのがこれまでだったと言っていいでしょう。

ところが今回は違いました。

同志社国際高校に対しての文部科学省の調査で、大臣が強く指示したことで客観的調査がなされ、これまでのようになあなあで済まされる事なく、教育基本法14条2項違反であるとはっきりと見解が示される事になりました。

文部科学省調査 ↓ 同志社国際高校が積極的に政治活動に子供達を巻き込んでいる事が確認される ↓ 文部科学省が教育基本法14条2項違反であると見解発表 ↓ 共産党や立憲民主党、中革連、玉城デニーらや 沖縄の反日二紙や朝日新聞などの左翼メディアまで 「文部科学省の判断は踏み込みすぎだ!」 と一斉に批判。 ↓ 文部科学省「それなら非公開だったけど調査結果公開するからな!」 (※遺族側も公開を希望していた)

https://www.mext.go.jp/content/202600525-ope_dev02-000050128_1.pdf

これまでであれば、与党内で某宗教政党が自民内左翼らと協力し全力で足を引っ張って、今回のように実行すべきあたりまえの判断が与党内で阻止されていたでしょう。

ですがその特亜に全力で阿る某宗教政党が高市潰しのために、勝手に離脱してくれたことで与党側が正常化。

今回の当然とも言うべき見解の公表に繋がったのでしょう。

また、高市内閣になってからは、これまではオールドメディアと左翼に配慮して主張を引っ込めてきたところが、「そんなに言うなら資料公開するから各自で判断してください」というような感じで、記者クラブを通さずに直接の情報発信を積極的に行うようになっています。

これまでオールドメディアが左翼と結託してやりたい放題してきましたが、オールドメディアがその支配力を失ってきている事や、与党内でそのオールドメディアの手先となっていた一角が離脱し、自民党内でもそうした連中が一気に減ったことが大きいと思われます。

ですが沖縄は最も厳しい環境であると言ってよいでしょう。

新聞が八重山日報というニッチなところを除けば、沖縄タイムスも琉球新報もオール沖縄の仲間、 沖縄メディアが徹底的に玉城デニー擁護側に立ち続けていて、かつ沖縄では60代以上が圧倒的な投票率という事情もあり、オールドメディアによる世論支配が非常に強烈に効果を発揮しつつ、与党側候補が巻き返しを図ろうとすると、共産党側とアシストする形で保守票を割るために下地幹郎が出てくるという事が行われていました。

下地幹郎はヘイトを買い過ぎて議員復帰の可能性が皆無になったためか、ようやく引退しましたが、今度の知事選でもそうした保守票を割るための偽物が出てくる可能性だってあります。

私達が今のうちから積極的にいかに知事選が重要であるか、オール沖縄体制でどれだけ知事と県庁側が汚職を重ねてきたか、そうした情報共有を積極的に行っていかなければならないでしょう。

編集部より:この記事は茶請け氏のブログ「パチンコ屋の倒産を応援するブログ」2026年5月日のエントリーより転載させていただきました。

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https://agora-web.jp/archives/260528185510.html https://agora-web.jp/archives/260528185510.html Fri, 29 May 2026 02:50:10 +0000 Fri, 29 May 2026 02:50:10 +0000
全日本教職員組合「教え子を戦場に送るな」と辺野古事故を文科省に責任転嫁 society 文部科学省が同志社国際高等学校の辺野古沖平和学習を教育基本法違反と認定したことに対し、全日本教職員組合(全教)は27日に声明を発表した。この声明は事故の責任を一切認めず、行政への批判と自己正当化に終始する内容となっており

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文部科学省が同志社国際高等学校の辺野古沖平和学習を教育基本法違反と認定したことに対し、全日本教職員組合(全教)は27日に声明を発表した。この声明は事故の責任を一切認めず、行政への批判と自己正当化に終始する内容となっており、強い非難が相次いでいる。

【参照リンク】「教え子を戦場に送った過ちを繰り返しかねない」 辺野古巡る文科省調査結果に全教が声明 産経新聞

全教は共産党系労組として知られ、辺野古反対運動と長年密接に関わってきたが、今回の声明では事故の直接的原因となった安全管理の杜撰さを棚上げにしている。 同声明は「同志社国際高は、年間を通じて実施する平和学習で基地問題以外にもさまざまな内容を扱い、政治的中立性は確保している」と学校側を擁護し、文科省の調査結果を「同校の平和学習を、辺野古の視察をもって教育基本法に反すると決めつけるのはあまりにも乱暴だ」と一方的に批判した。 さらに生徒死亡という重大事故を起こしたにもかかわらず、「政治教育や平和教育をおこなうことに対する萎縮が広がることは、教え子を戦場に送り出した同じ過ちを繰り返すことにつながりかねない」と主張し、被害者意識を前面に押し出している。 声明では事故原因究明を求めつつ、「行政の責任における安全確保のために十分な教育条件整備の施策を求める」と政府に安全対策を要求しており、共産党関係者が関与した抗議船活動の責任を全く取ろうとしない姿勢が明らかだ。 「教え子を波浪注意報下の抗議船に送り込んで死なせておいて、戦場云々とは何事か」「責任転嫁の典型」「全教の左派偏向が教育を歪めている」といった声が多数上がり、産経ニュースなどの記事が広く共有されている。 「事故の教訓を政治利用するな」「中立性を欠いた学習こそ問題」との指摘が目立ち、全教の主張が教育基本法の精神に反するとする論調が優勢となっている。 全教とは、日本の教職員による全国規模の労働組合「全日本教職員組合」の略称で、共産党系の組合である。日教組とは政治路線の違いで別組織となっている。

この全教の声明は、事故で失われた尊い命に対する反省を欠き、責任を行政や文科省に転嫁する典型的な姿勢を示したものだ。教育関係者は子どもたちの安全と政治的中立を最優先すべきであり、こうした自己中心的な対応は教職員組合全体の信頼をさらに損なうだろう。SNSの厳しい反応は、国民が教育の正常化を強く求めている証左である。

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https://agora-web.jp/archives/260528190919.html https://agora-web.jp/archives/260528190919.html Fri, 29 May 2026 02:45:18 +0000 Fri, 29 May 2026 02:45:18 +0000
3度目の大阪都構想をめぐって維新の吉村・反吉村が対立 column 日本維新の会が、また「大阪都構想」を前面に押し出し始めている。大阪市議会の委員会では、3度目の住民投票に向けた法定協議会の設置案が可決され、議論は再び動き出した。だが、その足元で起きているのは、維新らしいスピード感という

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日本維新の会が、また「大阪都構想」を前面に押し出し始めている。大阪市議会の委員会では、3度目の住民投票に向けた法定協議会の設置案が可決され、議論は再び動き出した。だが、その足元で起きているのは、維新らしいスピード感というより、吉村洋文代表への不満と、党内の意思決定をめぐる対立である。

都構想をめぐって独走する吉村氏

前代表の馬場伸幸氏が、4月13日の党会合で吉村氏に「私たちは吉村さんのしもべではない」と直言した。維新は長く「大阪の成功モデル」を国政に広げることを売りにしてきたが、いま党内では、その大阪モデルそのものが「吉村個人の政治日程」に振り回されているのではないかという不満がくすぶっている。

問題の中心にあるのは、3度目の大阪都構想である。吉村氏は、周囲との十分な調整を経ないまま、出直し知事選や都構想再挑戦を打ち出し、都構想が可決された場合には国政転出の可能性にも言及した。これでは、都構想に協力した地方議員や国会議員から「自分たちは選挙の道具なのか」という反発が出ても不思議ではない。

維新にとって都構想は、単なる制度改革ではない。党の原点であり、看板政策であり、支持者を結集させる旗印だった。だが、過去2回の住民投票で否決されている以上、3度目に挑むなら、なぜ再び問うのか、何が変わったのかを丁寧に説明する必要がある。ところが今回は、「副首都」構想と結びつけることで、議論の焦点がかえってぼやけている。

「副首都」と都構想の関係にも疑問が噴出

副首都構想をめぐっては、特別区設置だけでなく、道府県と政令市が結ぶ「連携協約」も行政体制の選択肢として想定されている。大阪市議会の委員会で可決された付帯決議も、都構想の実現前に連携協約によって副首都指定を受けることを念頭に置いたものと報じられている。(Nippon)

ここに大きな矛盾がある。連携協約で副首都指定を受けられるなら、なぜ大阪市を廃止して特別区に再編する必要があるのか。都構想は「副首都のために必要だ」と説明される一方で、実務上は「都構想なしでも先に副首都指定を狙う」という道筋も検討されている。これでは、有権者から見れば、都構想の必要性はますますわかりにくくなる。

維新内部の焦りを強めたのが、福岡市の動きである。福岡市の高島宗一郎市長は、関連法が成立すれば、連携協約によって早期に副首都指定を申請する考えを示したとされる。大阪側から見れば、「副首都」は維新が長年掲げてきた看板であり、福岡に先を越されることは政治的な打撃になりかねない。だが、その焦りが、都構想と副首都構想の関係をさらに混乱させている。

吉村・反吉村できしむ党内統治

吉村氏は大阪府知事であり、大阪維新の顔であり、日本維新の会の代表でもある。大阪政治では圧倒的な知名度と発信力を持つ。しかし、その強さが国政政党としての維新には弱点にもなる。大阪の論理、大阪の選挙、大阪の都構想が前面に出すぎると、大阪以外の議員からは「結局、大阪のための政党なのか」という不満が出る。

国政政党を目指すなら、本来は大阪ローカルの制度改革と全国政党としての政策を分けて整理しなければならない。ところが維新は、都構想、副首都、国政戦略、吉村氏の政治的進退を一体化させすぎている。その結果、党内では「吉村・反吉村」という対立軸が生まれ、政策の中身よりも、吉村氏に従うのか、距離を置くのかが焦点になってしまっている。

もちろん吉村氏の発信力が維新の最大の資産であることは間違いない。大阪での維新人気は、吉村氏の存在抜きには語れない。しかし、政党が一人の人気政治家に依存しすぎると、意思決定はトップダウンになり、異論は「反代表」と見なされやすくなる。馬場氏の「しもべではない」という言葉は、単なる感情的反発ではなく、維新が個人政党化しつつあることへの警告だろう。

「吉村党」の限界

維新はこれまで、「既得権益を壊す」「決められる政治」を売りにしてきた。しかし、いま維新が直面しているのは、自分たちの内部に生まれた権力集中の問題である。都構想を3度目に問うなら、まず問われるべきは大阪市民ではなく、維新自身ではないか。

なぜ都構想が必要なのか。副首都指定に連携協約で対応できるなら、特別区設置との関係はどう整理するのか。大阪以外の議員や支持者にとって、この議論はどのような意味を持つのか。そして、維新は吉村氏の政治日程ではなく、党としての合意形成に基づいて動いているのか。

維新のゴタゴタは、単なる内紛ではない。大阪ローカル政党から全国政党へ脱皮できるのか、それとも「吉村党」のまま限界を迎えるのか。その分岐点が、3度目の都構想をめぐる混乱の中に表れている。

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https://agora-web.jp/archives/260529022017.html https://agora-web.jp/archives/260529022017.html Fri, 29 May 2026 02:42:29 +0000 Fri, 29 May 2026 02:42:29 +0000
「つなぎのつなぎ」である給付一本化で理解は得られるのか? column 社会保障国民会議。終了後の取材で各党が答えているように、昨日も様々な意見が出されて「給付に一本化で合意」はしていません。 そもそも消費税減税を「つなぎ」で行い、給付付き税額控除をきちんと制度化するという話だったのだから、

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社会保障国民会議。終了後の取材で各党が答えているように、昨日も様々な意見が出されて「給付に一本化で合意」はしていません。

そもそも消費税減税を「つなぎ」で行い、給付付き税額控除をきちんと制度化するという話だったのだから、

早くできるという理由で給付に一本化して「つなぐ」のは論理的にも筋としても理解されづらい。

2年間限定で消費税減税を行うとすれば、今から考えれば2年半以上の時間的猶予ができます。

この時間を活かして社会保障制度や税制の抜本改革、マイナンバー徹底活用まで視野に入れたあるべき「給付付き税額控除」導入の姿を描くべきではないでしょうか。

社会保障制度改革・税制改革が除かれた「給付」だけの話で拙速に結論を急ぐべきではありません。

来週からは再び消費税減税がテーマとなります。

会見する高市首相 首相官邸HPより

編集部より:この記事は、前参議院議員・音喜多駿氏のブログ2026年5月27日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は音喜多駿ブログをご覧ください。

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https://agora-web.jp/archives/260528185108.html https://agora-web.jp/archives/260528185108.html Fri, 29 May 2026 02:40:08 +0000 Fri, 29 May 2026 02:40:08 +0000