国民健康保険と限界集落の悩み --- 杉林 痒

2013年05月28日 20:25

先日、福島県の田舎に知人を訪ねた。人口約5000人、田んぼや畑が広がるその町は、典型的な「限界集落」だ。車で町を案内してくれた知人は「あの家も、この家も空き家になっている」と教えてくれた。農家なので、構えのよい、しっかりした家が多い。でも、そこに住んでいる人はいない。配偶者に先立たれ、独居の老人も多いという。その町が、寂しい町であることを思い知らされた。


これに拍車をかけているのが、町村合併であり、「一票の格差の是正」なのだという。知人は「町村が合併すると町役場がなくなる。自立して活動できる人に役所の助けはいらないが、高齢者には役所の支援が必要だ」と話す。一票の格差の是正が進めば、過疎の町には政治家が足を運ばなくなる。政治家がいなくなれば役所の目も向かいにくくなる。

都会から見ると、町村が多く残っている現状は無駄だったり、首長や地方議員の「利権」だったりにも見えてしまう。ただ、高齢化が進んでいる今、農村部の高齢者に行政の目が届きにくくなっている現状は、体の自由がききにくい生活者にとって、頼みの綱が細くなることを意味している。

これに追い打ちをかけるように、厚労省は国民健康保険の保険者をこれまでの市町村から、都道府県に集約する方針を打ち出した。簡単にいえば、高齢化が進む農村部の市町村は医療費がかかる一方で、所得が低いために保険料が十分に集まらない。国民健康保険を支えきれないため、都市部の人たちと一緒にすることで、財政基盤を安定化することが狙いだ。

国保の保険料には資産も関係することが多いが、農村部の山林や田畑は持っていても高い評価にはならない。それを支えるのが自治体の持ち出しだが、その負担が市町村合併に向かわせた一因でもある。

これに比べれば、若い人が比較的多い県庁所在地などの都市部の国保財政は、まだよいほうだ。都道府県単位でまとめてしまえば、都市部の保険料を上げることで田舎の高齢者の医療費に回すことが可能になる。そういう取れるところから取る、というやり方で当面の国保財政をなんとかしようという弥縫策なのだ。

これが実行に移された時、田舎の高齢者には十分な医療サービスが提供されるようになるだろうか。市町村が国保の運営をやめた時、これまでだったら、医療費支出を抑えようと、病気の予防に力を入れていた自治体の努力は続くのだろうか。国保財政を支えるためになけなしの財布から保険料を出してもらう市町村の努力が続くだろうか。

私はかなり疑問が大きいと思う。都道府県が運営する国民健康保険は、県庁所在地に事務局が置かれることになる。事務局員は比較的都会の生活をしている人たちで、同じ県内でも、農村部に住んでいる人たちの生活を体験している人は少ないだろう。国民年金の保険料徴収が市町村から国に移って徴収率が大きく落ちていることを忘れてはならない。仮に、保険料徴収だけが市町村に残るとしても、自分が運営する国保と、県レベルになった国保では保険料徴収に対する真剣さが変わってしまうだろう。

その結果、町村合併や、一票の格差是正で田舎の人たちが感じている疎外感のようなものが、さらに加速することになるのではないか。医療の分野で田舎が切り捨てられるような感覚を持たれることは、田舎暮らしをより寂しいものにするのではないか。

杉林 痒
ジャーナリスト


編集部より:この記事は「先見創意の会」2013年5月28日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった先見創意の会様に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は先見創意の会コラムをご覧ください。

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