色付きから白に原点回帰したトイレの生活史

2017年04月17日 06:00

「TOTO」と聞けばだれでも知っている。だが発祥の地が北九州市だとは知らなかった。得難い機会なので、北九州市を通じて取材をアレンジしてもらった。参加した女子学生6人はみな今回の訪日で、日本のトイレがどこでもきれいなことに強い印象を受けた。「中国では便器に座れないが、日本では安心して腰かけられる」「こんな高級な便座を公衆トイレに置いたら、盗まれる心配はないのか」と感想を漏らす学生もいた。日本の清潔なトイレ文化を代表する大企業の見学は、願ってもない機会だった。


小倉のショールームで、同社社史資料室の市田和弘氏がていねいに会社の成り立ちから説明してくれた。


--TOTOは今年創業100年を迎える。前身の東洋陶器を築いた初代社長の大倉和親は、欧州の陶製トイレを見て感銘を受け、自分たちが国産化し、やがてはアジアに広めたいとの夢を描く。「東洋」の名にその思いを込めた。だが人々の意識はまだ低く、下水道も不十分。前途は多難で、食器製造での利益を衛生陶器の技術開発につぎ込まざるを得なかった。

便器の環境問題は主として、使用する水の量に集約される。節水技術だ。10年ほど前のトイレは大きなタンクを置き、1回の使用で約13リットルもの水を流していたが、節水のための技術開発を重ね、4.8リットルから現在では3.8リットルにまで減らすことに成功した。どこにあるかわからないほどタンクが小型化されている。

アメリカでは州ごとにトイレの節水基準が厳しく定められており、水不足を抱えるカリフォルニアやテキサスの規制は1回で4.8リットルだという。TOTOの節水技術は、大市場での商機を生む。消費者にとっては水道代の節約につながる。学生たちは、企業の技術が企業家や技術者の信念、努力と市場によって生まれることを学んだ。

だが、市田氏の熱心な説明にもかかわらず、「環境保護」という取材テーマに拘泥し、企業の理念や歴史の説明について「退屈だ」と不満を漏らした学生がいた。私はその場でも、その日夜のミーティングでも、学生たちに厳しく教えた。

「全体の理解がなくして、個別的な、自己の関心事にしか目が向かない取材では、とうてい読むに堪えうる記事は生まれない。効率優先の、功利的なものの見方は、人の総合的な思考を阻害する。回り道こそ真理にたどりつく近道である」

うなづく者、黙っている者、首をかしげる者。こんな風に一歩一歩進むしかない。

もう一つ、私が学生たちに伝えたのは、ある製品を通じて社会を見る目である。ショールームでは人糞をたい肥として使っていた時代のトイレから、水洗化、様式化、デザイン化、電力化、節水化・・・様々な時代背景が透けて見える。「衛生環境」というキーワードをとってみても、個人、家庭レベルから社会、地球規模の概念へと変化しているのがわかる。

バブル時代は、赤や青といった派手な色の便器が出回った。だが低成長時代を迎え、消費者はやはり原点の白に戻ってきている。こうした変遷は、大量生産+大量消費+大量廃棄から環境保護+省エネルギー+リサイクルへの変化、そして、人々がコンクリートよりも木のぬくもりを、消費の量よりも生活の質を求めるようになっている価値観の変化と軌を一にする。表面をなでる取材は意味がない。根底を手探りで求める思考こそ、今回のツアーの目的である。

各国で販売している特徴的な衛生陶器の展示室があった。「中華人民共和国」のコーナーには、黄金の脚が装飾された大きなバスタブが置かれていた。彼女たちはいっせいに「土豪(成金)!」と声をあげた。一攫千金の炭鉱主たちは金のブレスレッドをはめ、超高級ブランドで身を包む。だが農村ではまだ仕切りのない、穴を空けただけのトイレがある。この鮮明な対比にも社会が反映されている。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年4月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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