ある日、私は管理部の後藤部長に呼び止められた。何だろうと思っていると、「ちょっと良くない話を聞いたものでね」とのことだった。現在、担当している、XX社の案件は事前調査でトラブルが生じていた。XX社は海外に工場移転を検討していた。政治情勢などを細かく分析していたが、当局に目をつけられたらまずいとのことだった。
このような時の対応には慎重さが求められる。拙著『007に学ぶ仕事術』でも触れているが、ジェームズ・ボンドは背が高くハンサムだ。敵陣営に乗り込んだ際、丁重に自分の名前を名乗る。「The name is Bond. James Bond」。どんな難局に陥っても必ず切り抜けるタフさも持ち合わせている。当局に目をつけられても堂々と振舞うだろう。
トラブルの未然防止は簡単ではない
XX社の細川部長とは何度か面会しているが、元々が立腹しやすい性質の人である。そのことは十分理解した上で接していたつもりだが、報告に満足しなかったようだ。部下の山下に任せにしていたのだが、先方はそれも不満なようだった。結果的に、管理部まで電話がまわり後藤部長が対応したようである。
しかし、事態がわからない後藤部長は平謝りするだけだったようだ。私は、XX社に向かった。「ご迷惑おかけして申し訳ございませんでした。現地の役人を巻き込み根回しをしています。懸念するような問題もなく、すべての工程がスケジュール通りに進んでいます。ご心配は無用ですので、お気遣いなく」と説明する。
「といわれてもねぇ、後藤部長も寝耳に水だと怒り心頭の様子だったよ。ちゃんと社内にレポートはしているのかね?」「いや、後藤は管理部長ですからセクションが違います」「そういう言い方はないだろう。失敬なヤツだ!」。細川部長はぶ然としながら席を立った。帰社したら、後藤部長宛てに取引停止の連絡がかかってきていた。
なぜ、なんの問題もなく進んでいるプロジェクトを無理やり中断させ、しかもその責任を押し付けるのか。実は、XX社は通期決算で大幅赤字が余儀なくされていた。当初は、国内の工場を海外に移転することでコスト削減を目論んだが、移転費用が想像以上に掛かることから、移転そのものが見直しの対象になっていた。
実はこのような話は少なくない。依頼をした時には必要と思っていたものが、会社の方向性によって見直されることはある。まともな会社であれば、保障をしたうえで関係性の維持を考える。しかし、担当者に関係性維持という意識が欠落している場合、すべてを反故にして踏み倒そうとする。こうなると防ぎようがない。
理不尽な上司と上手く対峙する
「007スカイフォール」では、元諜報部員のシルヴァが当時の上司であるMに深い憎しみを抱いている。理不尽な出来事は、社会の常であり、私たちの働いている世界は理不尽なことだらけである。上司や得意先からは罵られ、組織の論理に振り回される私たちが置かれている情景が、本作品からは垣間見ることができる。
トラブルが生じたときに責任をなすりつける上司は少なくない。このような場合、役職者としての最大限の権限を行使する。責任を早めに明らかにして部下の処分をおこなえばよいのだから簡単だ。上司の手法は強権だから逃れることはできない。部下が責任を認めるまで何時間も詰問をしたり、罵倒の限りをつくすだろう。
部下が追い詰められて少しでも恭順の意志をみせたらしめたもの。新たな担当をアサインしてリカバリーにつとめれば自らの保身が可能になる。一方で、プロジェクト全体が見えていない上司は危険である。部下が適当な報告をしても内容の良し悪しが把握できない。つまり上司は対策を講じることができない。
数年間、テレビドラマ『半沢直樹』(TBS系)が空前のヒットとなり、「倍返し」が流行語になったことがある。実際に、理不尽な仕打ちをした相手に仕返しをすることは可能なのだろうか。これはある条件を満たすことで可能になる。例えば、仕返しをしたいターゲット(課長)と、その上(部長)の関係が悪い場合にはチャンスが到来する。
さらに仕返しをしたい本人が、部長に気に入られていれば、成功する可能性が一層高まる。一方で、課長と部長の関係性が良い場合は、企んでいるほうが不利になる。まずは、自らが置かれた状況を的確に分析することが大切である。さらに、味方をつくるなど十分な地ならしが必要だが、できることなら仕事はスマートにこなしたいものだ。
参考書籍
『007(ダブルオーセブン)に学ぶ仕事術』(同友館)
尾藤克之
コラムニスト
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