松原久子氏の著書「驕れる白人と闘うための日本近代史」(文春文庫)を読んだ。
松原氏は拙ブログで何度か紹介した「言挙げせよ日本」(プレジデント社)の著者である。彼女は欧米に長く在住、ドイツ語で小説や戯曲を書く一方、こうした評論をやはりドイツ語で書き、現地で発表してきた。
欧米人の日本に対する優越感、誤解、曲解を言葉で防衛してきたのだ。本書はその代表作であり、1989年、ベルリンの壁が崩壊する直前にドイツで出版された。原題は「宇宙船日本」。
欧米人の偏見、優越感に「傷ついて、悔し涙を流し」「激怒と使命感」に燃えて書き上げたという。だが、ドイツ人にとっては、自分達の優越感が反撃される内容で、心地良いものではないから、正当な評価を受けない。出版にこぎつけるまでにも闘いの連続で「一度に10歳くらい歳をとった」という。
その分、日本人にとっては世界に向けて「日本の弁明」をする際、「言挙げせよ日本」と並んで格好の参考書になりうる。
欧米、否、海外では史実を歪曲、捏造し黒を白と言いくるめて自己正当化を図るしたたかな姿勢が珍しくない。慰安婦問題に象徴されるように、それで騙されれば、騙された方が悪いという世界である。また、朝日新聞に代表されるように、それに追随する日本人が大勢いる。
驚いたことに歪んだ、自らに都合の良い歴史を平然と書くので、欧米人自身が間違った歴史を信じている。本書十一章の「アヘンは『中国古来の風習』だと信じている欧米人」など典型的だ。
松原氏は1960年代、ドイツの女性知識人グループのパーティーで「(アヘンを吸うのは)中国では、古くからの習慣なんでしょ」と言われて驚く。
アヘンは英国がインドで栽培し、大量に中国に持ち込み、中国人の多数を中毒患者にした悪徳商売の産物だったことは常識だ。中国がそれを取り締まろうとすると、イギリス艦隊が攻撃した。アヘン戦争だ。勝利すると中国に多額の賠償金を支払わせ、欧米列強が随意に中国にアヘンを輸出する権利を与える条約を呑ませた。
ところが、欧米の歴史教科書ではそうした史実は取り上げたとしてもごく少なめにし、もっぱら欧米のキリスト教文明を教えるためにアジアに赴いたと強調する。中国がアヘンを吸う悪習に終止符を打つことができたのは、自分達欧米人が教化したからだと信じている人間がドイツのみならず、フランスにもイギリスにも米国にもたくさんいたと、松原氏は書いている。
他の歴史も同様に書かれ、日本も長い鎖国に沈んでいたのを、欧米が開国させ、文明を広めてやったという調子である。本当は欲得ずくで、アジアやアフリカを荒らしまわったのに。
日本が開国に慎重で、なかなか国交を結ばなかったのはアヘン戦争の情報をいち早くつかんでいたからだ。「欧米人は信用ならない」と危惧した。何かで言いがかりをつけられれば、圧倒的な軍事力をもとに戦争を仕掛けられ、ひどい目にあわされると。
実際、列強の軍事力を背景にした外交交渉で、日本は渋々開国したが、言葉巧みに不平等条約を呑まされた。治外法権や関税自主権の放棄。金と銀の交換比率について日本と欧米での違いを知らずに、莫大な金が流出してしまったのも、そのためだ。
いかに、日本人が騙されてきたか。本書にはその具体例がふんだんに書き込まれており、列強の不当さに腹が立つ。例えば、薩摩藩が英国人商人を殺傷した生麦事件など、英国人の傲慢な振る舞いがなければ起こらなかったのである。
軍事的に強くならなければ、欧米に支配されてしまう。明治政府が富国強兵政策をとった背景も良くわかる。
日本は江戸期以降の世界で列強の植民地にならずに済んだ数少ない国の一つだが、不平等条約を見ればわかるように、その内実は半植民地に近かった。日清日露の戦役を経て、ようやく不平等条約を脱し、列強に伍する独立国になれたのである。
だが、第2次大戦でアメリカに破れ、占領された。今も米軍基地が沖縄はじめ日本列島に多数残り、半植民地とは言わないが、安保条約を結び、軍事、外交、経済、金融面で米国の強い影響下にある。
それが日本の安全保障に役立っている面もあるので、単純に米国の影響から脱却するのが良いとは言えない。だが、幕末以来の米国の攻勢が今も続いているという認識は必要だ。本書を読むと、そのことを再認識する。
編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2014年12月20日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。