14日付のバチカンニュースは2日から開催中の世界代表司教会議(シノドス)第16回通常総会に関連する記事を満載しているが、その中で著名なチェコの宗教哲学者トマーシュ・ハリク(Tomas Halik)のバチカンラジオとのインタビューが紹介されていた。ハリク氏は「教会は病んでいる」と述べた聖職者であり、チェコスロバキア共産党政権時代の1978年、密かに神父に叙階され、地下教会を体験してきた人物だ。カトリック神父、宗教哲学者、神学者であり、特に宗教的対話や信仰と社会に関する問題で国際的に評価されている。彼は多くの著作を執筆し、信仰と現代世界の問題を橋渡しする知識人として知られている。
ハリク氏(76)は「フランシスコ教皇はシノダリティを新しい形のキリスト教徒であること、教会であることとして非常に率直に語っている。それは単に教会の制度的構造を変えることではなく、新しい思考、新しい心の持ち方を求めるものだ。だから制度的な変化を期待している人々は失望するかもしれない。これは長い道のりだ。重要なのは方向性を示すことだ。シノダルな出会いは目標ではなく出発点だ」と説明する。(「シノダリティ」とは、カトリック教会における共同体としての歩みや、教会の意思決定プロセスにおいて信徒、聖職者、司教たちが共に歩む姿勢を意味する。要するに、「共に歩む教会」の姿勢を示す)
ハリク氏は新しい著書『新しい朝の夢―橋を架ける人々への手紙』で、大きな視点で物事を考えることを求めている。曰く「シノダリティの原則、つまり相互に耳を傾け、違いを持ちながらも調和を保ち、共に決断することは、国家間や文化間、宗教間の関係にも導入されるべきだ」と訴えている。同氏は、宗教と社会の対話、特に信仰を失いつつある現代社会におけるキリスト教の役割や意義について強い関心を持っている。彼は信仰の複雑さを受け入れ、疑いと探求を信仰の重要な要素として捉える姿勢を持ち、異なる宗教や文化との対話を推進し、宗教的な共存や和解を呼びかける活動も展開している。
ハリク氏の発言の中でもっとも心を動かされた箇所は、「グローバリゼーションは危機に瀕しており、人類全体のために新たな精神的な方向性が求められている。我々には全体性に対する責任がある。閉ざされたカトリシズムから抜け出し、開かれた腕で普遍的な教会へ向かう必要がある。教会のシノダルな刷新は、教皇フランシスコの『フラテッリ・トゥッティ』の精神に基づく、全人類に対する責任を持つカトリシズムへの機会だ」ということだ。
世界はグローバリゼーションの時代だが、グローバリゼーションは一部の国や地域で経済成長を促進したが、その恩恵は不均等に分配されている。特に、先進国と発展途上国、都市部と農村部、グローバル企業の利益と労働者の賃金の格差が広がっている。富裕層がグローバリゼーションの恩恵を大きく享受する一方、低所得層や一部の国々はその利益をあまり享受していないため、社会的・経済的不平等が拡大している。この不平等が各国での政治的不安やポピュリズム、反グローバリゼーション運動を引き起こし、国際協力や自由貿易体制への不信感が強まっているわけだ。また、情報技術の発展は、グローバリゼーションを加速させたが、同時に「デジタルデバイド」(技術格差)を拡大させている、いった具合だ。
グローバリゼーションがもたらす多文化主義や国際協力に対する反発として、ナショナリズムやポピュリズムが多くの国で勢いを増してきた。こうした動きは、自国第一主義や国境の強化、移民政策の厳格化につながり、国際協力の妨げとなっている面がある。また、グローバリゼーションは、文化の均質化や西洋的価値観の普及をもたらし、多くの地域でローカルな文化やアイデンティティが脅かされている、という批判がある(文化的なアイデンティの危機)。
その欠如を埋める理念をハリク氏は、2020年に発表されたフランシスコ教皇の回勅『フラテッリ・トゥッティ』の中に見出している。曰く「私は、『フラテッリ・トゥッティ』が21世紀にとって、20世紀における『世界人権宣言』と同じくらい重要であると考えている」というのだ。
ちなみに、教皇フランシスコの回勅『フラテッリ・トゥッティ』は、2020年10月3日に発表されたカトリック教会の文書だ。この回勅のタイトルの『フラテッリ・トゥッティ』(Fratellitutti )は、アッシジの聖フランシスコ(1181~1226年)の言葉に由来し、「すべての兄弟姉妹へ」という意味だ。教皇フランシスコはこの文書を通して、国境を越えた連帯と協力を促進し、分断や対立を乗り越え、包括的で平和な社会を築くことを強調し、普遍的な兄弟愛、個人主義の克服、共通の善などを提唱している。
なお、ハリク氏は新しい著書で、時代の徴候を読み取ることのできる、勇気と責任を持った包括的でエキュメニカルな教会を提唱している。現代世界における宗教の意義を再考し、特に世俗化が進むヨーロッパにおいて、キリスト教がいかにして希望や意味を提供し続けられるかを問いかけているわけだ。
ハリク氏の見解はカトリック教会、キリスト教会の枠組みを超え、世界の宗教指導者たち、知識人たちに新たな力を与える啓蒙的な内容を含んでいる。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2024年10月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。