財政危機を克服する為に

2011年02月01日 07:44

アメリカの格付け機関に拠り、日本国債の格下げが発表された。幸い、懸念されるヨーロッパのソブリンリスク問題も、今は小康状態。アメリカも少しだが景気に浮揚感が感じられ、結果、今回は大事には至らなかった。

本当に良かったと思う。しかし、こんな僥倖頼みを、何時までも続けて良い訳で無い事も事実である。

ヨーロッパでソブリンリスクが再燃し、アメリカで景気が失速すれば、格付け機関の日本国債の更なる格下げを梃に、投機筋が待ってましたと、日本国債を売り浴びせるかも知れない。

そう成れば、間違い無く国債は暴落する筈だ。結果、国債で濡れ手に粟の利益を享受して来た、国内金融機関は軒並みバランスシートを毀損し厳しい状況と成るであろう。

年金も仄聞する所、その70%を国債で運用しているらしい。此れもアウトだろう。

利回りが跳ね上がるから、利払いが膨らみ、政府は予算編成出来なく成る可能性がある。

国が予算を組めず、金融機関が破綻し、社会保障の中核である年金も仮死状態。悪夢としか表現のしようが無いが、問題は、此れが現実に成る可能性が高い事である。

対策は、一日も早く歳出と歳入を均衡させる計画を立案し、此れを着実に実行していると言うシグナルを市場に送り続ける事だと考える。

此の為には、魔法は無くて、財政支出を削減すると共に、増税に拠り歳入を増やすしか無い筈である。

此れを実行すれば良いだけだが、一向に何も手が付けられていない。一体何がボトルネックと成って居るのであろうか。

此の事での、メインプレイヤーは「政治家」、「官僚」、「既得権者」そして「国民」と言う所か。

戦後永らく、自民党が政権与党として政界に君臨した。国債残高を此処まで膨らませてしまった、自民党の本質とは一体何だったんだろう。露骨に言ってしまえば、議員の仕事が、選出された地元であったり、特定業界への利益誘導に終始したと言う事では無かっただろうか。

永田町で金を鷲掴みにして、地元に持ち帰り、せっせと配って回る。その結果、必要とはとても思えない、ダムや飛行場があちこちに完成した訳である。
そして、そのご褒美として、次の選挙で票が約束され、再選を果たす訳である。

此のアンチテーゼとして登場した民主党は、「コンクリートから人へ!」の一見よさそうなキャッチフレーズで一作年、政権交代を達成した。

此れも鍍金が剥げれば、特定業界や、地元に代り、「子供手当」の様な形であまねく「バラマキ」を約束しただけでは無いか。自民党の如き、各議員のゲリラ的利益誘導に党が取って代り、バラマキの約束で、党として、票を買ったのでは無いか。

どうも、財政規律順守の意味から観れば、自民党も民主党も、同じ穴の貉としか思えない。此の発想しか出来ないなら、役に立たないと思う。

官僚は、こういう不出来な政治の下で、時としては政治を恫喝し、自らの鼎の軽重を誇示したり、協力して政治に恩を売り、その見返りとして、しっかり本来不要な規制を作る事に成功したり、やるべきでない事業に予算付けて、天下り先を確保してきた訳である。

その結果、多過ぎる規制に拠りベンチャーは死に絶え、既存企業も新規投資に腰が引け、海外進出に熱心である。結果、当たり前の話として不況と成り、税収は下がる。

一方、官僚が始める事業は、天下り先の確保が目的であるから、全て失敗する。そして、莫大な累積債務の穴埋めに、税金が投入される事と成る。

官僚こそが財政危機のA級戦犯と思う。そのA級戦犯が、自らを省みて反省する事無く、増税一直線に政府を誘導する所に、日本国民の悲劇があると思う。

「既得権益」は、ありとあらゆる所に存在し、網を張っている筈である。判り易い所ではテレビ局であろう。

今年7月にデジタル化が完了予定であるが、此の為の、アナアナ変換の工事に数千億円の国費が投入されたと聞いている。何と言う荒業であろうか。民間企業の、伝送路構築の為の費用に、税金が投入されている訳である。

最後は「おねだり国民」である。兎に角、何でもかんでも国や地方行政におねだりする。おねだりしたものは全て有償であり、最終、税金で支払われると言うシステムを理解して居ない。或いは、理解しようとしない。

良くも、悪くも、日本は国の形として、此れで戦後65年やって来た訳である。しかしながら、財政再建を本当にやる積りなら、此の仕組みを温存しては、絶対に成功しないと思う。

仕組みも、担当する人格も全てゼロベースで見直すべきと思う。

具体的には、国は、外交、安全保障と言った、必要最小限の仕事と、国債の残高を引き継げば良いと思う。国家公務員は100万人と聞いているが、殆ど不要に成る筈である。

民間で出来る事は、例外無く全て民間に移管し、「官」としての業務は財源を伴い地方に移管するのである。地方分権の確立を急ぐべきと思う。

仄聞する所、国内農業は産業規模として8兆円と聞いている。一方、補助金含め農業予算は3兆円との事だ。財政規律の順守を真面目に考えるなら農林水産省は即刻廃止すべきと思う。

徴税権も地方に移管し、税率の設定にも裁量権を与えるべきだ。結果、安い税率で高い行政サービスを享受出来る都市と、高い税率で低いサービスしか受ける事の出来ない都市の2極分化が起こり、企業も人もコストパーフォーマンスの良い都市に移動する事に成る。

競争に敗北した都市の、ゴーストタウン化もあり得る。

地方行政に競争原理を導入する事で、評判の悪いお役所仕事にピリオドを打ち、地方行政の労働生産性を上げるのである。

現在地方公務員は300万人程度と聞いているが、民間で出来る事は例外なく民間に委託する事で大幅に削減出来る筈である。

現在、年間10兆円超の財政支出を必要としている年金は、一旦解散し、掛け金と一定の利息を加入者に払い、後は地方行政にセイフテイーネットを委ねてはどうだろうか。既存年金の仕組み自体が、少子高齢化にそぐわず実質破綻している。破綻しているのだから、破綻処理すべきと思うが。

国民健康保険も、月額料金や保険のカバーする範囲等、地方行政の裁量に委ねるべきと思う。地方に拠り実情が異なるからである。

60才までは一部の高額治療を例外として、保険のカバー範囲とし、60才越えると治療をベーシックとプレミアムに分け、プレミアムに就いては個人負担として保険負担を削減すべきと思う。

大事な事は、社会の駆動部分である働き盛りの人間と、ある意味先の見えた高齢者を、納得される形で分離、区別し大事なセイフテイーネットである、国民健康保険を維持する事だと思う。

色々と書いて来たが、要約すれば、第一に今迄の日本のシステムは使い物に成らず、思い切って、捨ててしまうべしと言うものである。

次いで、受け皿は地方で、本当に必要な外交、安全保障とか、国債残高の管理のみ国に残し、大鉈振るいスリム化した後、地方に移管すべしと言うものである。

そして、地方行政に競争原理を持ち込み、生産性を極限まで高める。

最後に、年金、医療保険と言ったレガシーは地方移管に伴い、国民が納得する形でリセットすべしと言うものである。

こういう意見、提案には批判、非難が多い物である。そして、それらは何時もあるべき代替案が伴わない。

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