消費者と消費される側との間に横たわるもの --- 青木 勇気

2011年12月30日 16:28

インターネットで中傷され続けた10年 スマイリーキクチさん」という記事を読み、消費者と消費される側との間に横たわるものの恐ろしさを実感した。このことについて論じたい。


記事を読んでいただければ分かるが、お笑い芸人のスマイリーキクチさんは、無関係の殺人事件の犯人に仕立て上げられた上に、10年間も誹謗中傷、脅迫され続けるという、ほとんど信じがたいことを体験した。その中傷内容や事の顛末もさることながら、「いつの間にか殺人犯にされる」という非現実的な状況が成り立つというそのことに、闇の深さが垣間見える。

このように集団リンチや人権侵害としか言いようのないことが執拗に行われた理由には、ネットの世界において芸能人や著名人、政治家などは「叩かれてしかり、そういう仕事・存在」という理論がまかり通っていることが挙げられるだろう。名誉毀損や脅迫の行為があったとして摘発され、聴取を受けたある人物と刑事とのやり取りに象徴されている。


「表現と言論の自由だ」とも言われました。刑事さんがある人に、「じゃあキクチさんが君の名前をブログに書き込むのも表現の自由なの?」と尋ねると、「それはイヤです。キクチさんは芸能人だからいいけど、自分は一般人で将来がありますから」と答えたそうです。
※「インターネットで中傷され続けた10年 スマイリーキクチさん」より引用


確かに、「スマイリーキクチ」は芸能人であり、多くの人間の目にさらされる仕事を自ら選んだ人物である。ただ、彼はそれ以前に「菊池聡(キクチさんの本名)」なのである。その一個人を無闇に攻撃することはあってはならない。それなのになぜ、当たり前のことが一切合切放棄されるのか。芸能人(何らかの特別な芸を売りにしてメディアに出てお金をいただく身)は叩かれて当然だと言うのなら、たとえばハンバーガー屋の主人(美味しいハンバーガーを提供する対価としてお金をいただく身)が「あそこの店は国産牛だと言っているが嘘だ。くそマズいしデブだし死ねばいい」と叩かれて当然ということになる。だが、この論理は成り立たない。本来、芸の質への批判やハンバーガーの味への評価と、悪口や人格否定などは別物だからだ。

特殊な形態ではあるが「芸能人」もひとつの職業であり、人権を放棄して悪魔から買った立場ではない。だが、それにもかかわらず不当な扱いを受けることになる。冒頭で「消費される側」と表現したのはそのためであり、都合良く一般人と著名(芸能)人というレッテルを使い分け、弱者と強者をねつ造する世界においては、文字通り消費され、使われてしまう。匿名性を笠に着た悪口や人格否定の類いは、決して表現の自由などとは呼べないが、それがまかり通る。内田樹氏の言葉を借りるなら、キクチさんを襲ったのは「呪いの言葉」だ。デマを流され人権を侵害された彼にとってはもう、呪いでしかない。


ネットに繁殖している言葉の多くは匿名であり、情報源を明らかにしないまま、断定的な口調を採用している。ネットは実に多くの利便性をもたらしたが、それは「匿名で個人を攻撃をするチャンス」を解除した。今ネット上に氾濫している言葉のマジョリティは見知らぬ他人の心身の耗弱をめざすために発信される「呪い」の言葉である。呪いの言葉がこれほど空中を大量に行きかったことは歴史上ないと私は思う。
※【内田樹の研究室】『「辺境ラジオ」で話したこと』より引用


ある噂が事実なのかデマなのか、殺人犯だと非難される人間がどのように感じるか、自由とは責任とは何であるか、それらを想像し認識することが欠如している世界においては、事実をねじ曲げ「悪人」を描き出すことなど朝飯前なのである。そして、デマや誹謗中傷の発信元ではなくとも、その欠如に気づかず情報を鵜呑みにし、多くの人が言うなら事実に違いない、火のないところに煙は立たないと聞く耳を持たない人が多ければ多いほど、「悪」は増幅していく。先日のエントリーでも触れたが、「悪」のレッテルを貼りつけ、こっち側とあっち側とライン引きするのは非常に危険な状態である。真偽とは無関係に、コントラストが鮮やかになるからだ。

消費者と消費される側との間に横たわるもの、それは「逆差別」である。有名であり発言力のある者を「強者」とし、無名であり発言力のない者を「弱者」とする。「強者」は当然ながら「弱者」を攻撃してはならないが、「弱者」は「強者」を攻撃できるという、アンフェアな世界をつくる。これは差別以外何物でもない。「弱者」が徒党を組んで「強者」追いつめる世界に突然引きずり込まれたキクチさんの苦悩は察するに余りある。

青木 勇気
フリーランス


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