ウィニー事件無罪確定(その3)― 多くの画期的発明は当初の意図とは異なる用途で開花した

城所 岩生

前回の「新技術をつぶす日本と育てる米国」 に続いて、新技術をまだ海のものとも山のものともわからないうちにその芽を摘み取ってしまうことが、いかに愚策かは歴史が証明しているという研究を紹介する。1994年6月12日付ワシントンポスト紙および13日付の米エレクトロニックニュース誌は、無線通信、電話、トランジスター、VTRなど20世紀の画期的発明が本来の目的とは異なる用途によって開花したとする、スタンフォード大学の経済学者ネイザン・ローゼンバーグの以下の研究成果を報じた。


過去50年から60年間のエレクトロニック分野の技術革新は、最初に導入された時には必ずしも十分予測されていなかった。電話、ラジオ、レーザー、コンピュータ、蒸気エンジン、ビデオカセットレコーダーなど多くの発明は、発明者やその技術を目撃した人たちが、社会経済的なインパクトを的確に予測していたわけではなかった。後から見れば、20世紀の大きな発明の多くは、当時の人たちがその将来を必ずしも明確に描いていなかったのである。発明の使用方法や市場予測の失敗例は以下のとおりである。

・ 無線を発明したマルコーニーは、利用者が新聞社や海軍など「1対1」の通信を必要とするものに利用されるものと予想していた。「1対多」の放送に無線を利用したラジオ業界のリーダーも、その目的を当初、牧師が日曜日の説教を放送する手助けになることしか考えつかなかった。
・ 電話を発明したアレキサンダーグラハムベルは、1876年に電話の特許を申請した際、新技術についてほとんど説明せずに電信の改良という誤解を招くようなタイトルを付けた。このため、ウェスタンユニオン社は、たったの10万ドルでこの特許を買う機会を断ってしまった。
・ トランジスターの発見は、ニューヨークタイムズ紙の一面トップのニュースではなく、小さなコラムでおそらく聴覚障害者のためのヒアリングエイドとして使用されるだろうと紹介された。
・ IBMは、1949年にたった10件から15件しか受注しなかったため、コンピュータ・ビジネスに進出しないことを決めた。
・ AT&Tベル研究所の弁護士は、1950年代に電話とは関係ないとの理由でレーザー技術の特許を申請しなかった。
・ ビデオカセットレコーダー(VCR)の発明者も、商用市場はテレビ局に限られると考えた。松下とソニーが設計と製造に小さな改良を重ねた結果、家庭にも売れるようになった。

7年を空費した金子氏とスカイプで億万長者となった北欧のP2Pソフト開発者

このように発明者や周囲も予測できないような無限の可能性を秘めた技術を、まだ芽のうちに摘み取ってしまうことは、社会全体にとっても大きな機会損失であるが、金子氏自身にとっても7年間の機会損失は大きかった。

クラウド・コンピューティングもスマホの普及によるトラフィック増にたえられなくなる日が早晩やってくる。前回「新技術をつぶす日本と育てる米国」 で指摘したとおり、その時に脚光を浴びる技術はP2Pである。

P2P技術を使用したベンチャー企業の代表的な成功例は,インターネット通話のスカイプ(本社ルクセンブルク)である。スカイプを開発したのは、スウェーデン人のニクラス・ゼンストローム氏とデンマーク人のヤヌス・フリス氏である。二人はスカイプを開発する前に無料ファイル交換ソフト、カザーを開発した。P2Pファイル交換技術を利用した音楽無料交換ソフトのナップスターが、全米レコード協会との訴訟に敗れた01年であった。

カザーも訴訟攻勢に会ったため、その技術を売却して、スカイプを開発した。同社の無料ソフトを使用すると利用者同士が無料で国際通話もできることから,03年の創業以来,急成長を続け、05年には、4000万人のユーザーを誇る世界的な電話会社に成長した。それは、世界で最も早く成長した通信会社であるばかりでなく、他の業種も含めて、最も急速に成長したベンチャービジネスの一つにもなった。そして、05年に会社をネットオークション大手のイーベイに26億ドル(2000億円)で売却し、二人は億万長者となった。

連載その1の「訴追の技術開発萎縮効果は抜群」 で紹介したように金子氏逮捕後、不安がる技術者に研究成果を海外で発表するようすすめた指導教官もいたようだが、金子氏もウィニーを海外で発表していれば今頃は億万長者になっていたかもしれない。金子氏のような天才的ソフトウェア技術者が、後ろ向きな裁判に7年も費やされることなく、北欧の二人の技術者のように開発に専念できて、カザー、スカイプなどの画期的ソフトを次々と世に送り出せる環境を一刻も早く整えるべきである。

城所岩生