北の化学兵器製造を助けた「国連」

2017年02月25日 11:30

このコラムを当方の知人で昨年1月、急死したドイツの化学者、ヤン・ガヨフスキー(Jan Gajowski)博士を供養する意味で書き出した。ヤンさんは北朝鮮の化学物質の生産で国連専門機関、ウィーンに本部を置く国連工業開発機関(UNIDO)が機材や原料生産を支援していた事実を暴露し、警告を発した化学者だ。

▲北朝鮮の化学工場の機材(2005年、ヤン・ガヨフスキー氏撮影)

マレーシア警察は24日、金正男氏暗殺事件で猛毒の神経剤「VX」が使用されたことを明らかにした。北が化学兵器禁止条約(CWC)で使用、生産、保有を禁止する「VX」を使用して正男氏を暗殺したことが確認されたわけだ。

韓国「聯合ニュース」(日本語版)によると、韓国軍当局は、「今回の事件を北朝鮮が生化学物質を武器として使用できるという意思と能力を見せた事例だ」と分析している。同当局によると、「北朝鮮がさまざまな種類の生物兵器を自家培養し、生産できる能力を備えており、2500~5000トンの化学兵器を貯蔵している」という。ちなみに、化学兵器の保有量では、北朝鮮は米国、ロシアに次いで世界3位だ。

話はヤンさんの証言に戻る。彼はUNIDOではモントリオール・プロジェクト(MP)を担当し、環境保全を推進し、加盟国にアドバイスし、汚染問題があれば、その改善策を提示していた。当方が彼と接触するきかっけとなったのは、北朝鮮のMPだった。彼は平壌を何度も訪問し、そこで環境保全、化学関連施設の安全性などについて北の専門家を教育していた。時には、北の化学工場を訪問し、その環境問題、毒性の強い残留性有機汚染物質(ダイオキシン類やDDTなど)の処理などについて助言してきた。

北には少なくとも5カ所、化学兵器を製造する施設がある。中国が恐れているのは両国国境近くにある北の化学工場だ。2008年11月と09年2月の2度、中国の国境都市、丹東市でサリン(神経ガス)が検出されたという。中国側の調査の結果、中朝国境近くにある北の新義州化学繊維複合体(工場)から放出された可能性が高いというのだ。北の化学兵器管理が不十分だったり、事故が発生した場合、中国の国境都市が先ず大きな被害を受ける(「中朝国境都市にサリンの雨が降る」2013年5月31日参考)。

当方は北朝鮮がUNIDOから不法な化学兵器製造用の原料、機材を入手していたという情報をヤンさんから聞いた。ヤンさんの説明によると、「北は4塩化炭素(CTC)がモントリオール議定書締結国の規制物質となっているため、その代替農薬生産のためUNIDOに支援を要請。それを受け、UNIDOは07年4月、CTCに代わる別の3種の殺虫剤を小規模生産できる関連機材購入のため入札を実施した。そして受注したエジプトの化学製造会社『Star Speciality Chemicals』が08年8月、有機リンとオキサゾール誘導体を製造できるリアクトルを北に輸出した。有機リンはサリン、タブン、ソマン、VX神経ガスと同一の化学グループに属する。北が入手した化学用反応器はカズサホス(Cadusafos)12トン、土壌殺菌剤ハイメキサゾール(Hymexazol)20トン、クロルピリホスメチル(Chlorpyrifos Methyl)16トンを年間製造できる能力を有する」という。

北はUNIDOのモントリオール・プロジェクト(開始2003年、完了08年)を通じて化学兵器製造に転用できる機材を入手したわけだ。国連側は、国連の専門機関が対北安保理決議(1718)を破ったことが判明すれば、国連全体のイメージ悪化に繋がるとして、もみ消しに腐心した。国連関係者は、「UNIDOが提供した機材は対北安保理制裁リストには入っていない」という理由で、UNIDOの制裁違反を否定したが、ヤンさんは当時、「詭弁に過ぎない。化学者ならば、UNIDOが提供した機材で北が神経ガスを製造できることは明確だ」と指摘、国連関係者の責任回避を珍しく激しく批判していたことを思いだす。

ところで、化学兵器だけではない。北の核兵器開発には核エネルギーの平和利用を奨励する国際原子力機関(IAEA)が間接的だが支援してきたことを補足する。ウィーンにはIAEAの本部があるが、そこに査察官としてほぼ10年間勤務していた北核専門家がいた。金石季(キム・ソッケ)氏だ。金査察官は05年5月に帰国した。それ以後、IAEAには北出身の査察官はいない。金氏は最初で最後の北出身のIAEA査察官だった。北の核開発問題が大きなテーマとなっていた時、そのIAEAの懐に北の核専門家が勤務していたことはメディアでは余り知られていない。

当方は同査察官とは結構面識を深めることが出来た。同査察官は北人民軍幹部ファミリーの出身者だった。IAEA査察官としてパキスタンや西側諸国の最新型原発を査察できる立場にあった。カナダ型最新軽水炉についても「知っているよ」と述べていたほどだ。北の核開発を支援したのはパキスタンの原爆の父、アブドル・カディル・カーン博士だけではない。IAEAにとって不本意だろうが、北の開発を間接的に支援してきたのだ。

ちなみに、国連事務局がこのほど発表した資料によると、北朝鮮の2017年度分担金は12万6114ドルで、国連の予算全体の約0.005%だ。北は0.005%の分担金を払い、その数倍の利益を得てきたことになる。ヤンさんの証言は、世界の平和実現と紛争解決を標榜する国連への深刻な警告だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2017年2月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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