都民ファーストの会は日本新党の生まれ変わり

2017年05月01日 06:00

後に首相になる細川氏の日本新党躍進の原動力となった小池氏(産経新聞より引用:編集部)

中身が空っぽじゃないか、政党としての政策が見えてこないじゃないか、という真面目に政治を語る方々からの批判の声が大きくなっているが、小池さんはそういう声には無頓着なようで、ご自分の作ったレールに乗ってひたすら前に進んでいるようである。

どこかで見たような風景だな、と思っていたら、かつて同じような路線を歩んで一定の成功を収めた政党があることを思い出した。

細かい政策の類は一切書かないで、誰からも受け入れられそうなスローガンだけ掲げて人材を糾合し、政治の世界に新しい流れを作る。個人商店じゃないか、などと揶揄されたこともあるが、実に抽象的なスローガンだけでそれなりの人を集め、都議会議員選挙で一定の成果を収め、都議会議員選挙の成果を足掛かりに国政に大量の候補を擁立し、あっという間に個人商店が政党らしい政党になった政党である。

日本新党という。

あちらこちらから人が集まってきたから寄せ集め政党、既成政党の公認を得られないような人ばかりが集まってきたから素人の集団、具体的な政策綱領などを策定していなかったから無定見な人ばかりが集まった政治サークルだ、などと酷評する向きが多かったと思うが、日本新党の誕生で日本の政治の風景がガラッと変わった。

私は、日本新党が誕生する過程を脇で眺めていたが、朝風会という勉強会の席で、日本新党の誕生に加わっていた仲間から、新党を立ち上げるためには漠然とした政治宣言ぐらいが丁度いいということで、細かい政策綱領などは作らないことにした、などという裏話を聞いたことがある。なるほど、そういうものか、と当時思ったものだが、どうも今でもその手法が通用するようである。

小池さんが立ち上げた都民ファーストの会は、まさにその頃の日本新党の路線を忠実に歩んでいるようである。
いや、その当時よりも政治的には遥かに強かになっているのではないかしら。

日本新党の時は細川護熙氏の1992年5月の文藝春秋への寄稿「『自由社会連合』結党宣言」がすべての引き金になっており、事実上日本新党の綱領はこれに尽きるのだが、結構これであちらこちらからそこそこの人材が集まってきた。

真面目な方々は、相当細かいところまで詰めてしっかりした政策綱領を作っておかないと一人前の政党とはとても言えないと、こういうことには実に冷ややかな目で見ておられるが、新党の設立などは大体この程度アバウトなぐらいの方が人は集まるものだ、ということを小池さんはご自分の経験でご承知なんだろうと思う。

都民ファーストの会は日本新党の生まれ変わりであり、小池さんの政治人生は日本新党で参議院議員になってから現在まで一貫している、ということである。

今現在は、寄せ集め集団で、政治の素人が多くて、政党としてのまとまりがどの程度あるのかしら、などと言われてしまうだろうが、最初はみんな政治の素人なんだからそう気にする必要はない。
すべては、これからの修行、研鑽次第である。

都民ファーストの会からの都議会議員選挙への公認、推薦候補者の数が、一昨日の段階で46人になったそうだ。
目標の60まであと一歩のところまで来たというのだから、まあ、大したもんだと言っておいた方がいいだろう。

段々小池さんをディスるようなコメントを発信する方が増えてきているようだが、小池さんは些かもぶれていないようである。

連合ともしっかり手を結び、公明との絆は益々固くなっているようだし、生活者ネットワークとも選挙協力体制を構築することになった、というのだから、小池さんの目がどこを向いているかは明らかである。

なかなか、ここまでのことは出来ない。

小池さんは、端倪すべからざる剛腕の人である。

都知事選で自民党の推薦候補だった増田寛也氏(増田氏のサイトより)

何故、自民党は都知事選で増田さんに拘ったのだろうか

昨年の都知事選挙で、自民党東京都連はもとより自民党の本部も本気で増田さんを応援していた。
如何にも小池さんだけは絶対ダメだ、と言わんばかりの勢いだった。

その当時の自民党の意気込みの昂りぶりは尋常ではなかった。
造反者は一人も許さない、造反者の家族も一蓮托生だ、と言わんばかりの威猛々しさが今でも脳裏に焼き付いている。自民党都連の組織の隅々にまで反小池、小池潰しの指令が行き届いていたように思う。
およそ反抗を許さないような、実に強権的な指令だったように思う。

心ある人は、いくら何でもそこまではなあ、と思っておられたはずだが、昨年の自民党東京都連の上からの締め付けは強烈で、自民党の国会議員の中でただ一人小池さん支持の声を上げれたのは若狭さん一人だった。

民主党も共産党も増田さんとは別のもう一人の敵の陣営にいた。
自公連立体制の中で、小池さんは公明党の支援を受けるわけでもない。

都議会議員の音喜多氏と、豊島区の区議5人練馬区の区議2人の「7人の侍」が小池陣営についたからどうにか都知事選挙の態勢を組めたのだと思うが、巨象に戦いを挑む蟻か、せいぜいが猫ぐらいが当時の小池さんの実像だったろうと思う。

ああいう戦いは、もうないはずである。
奇跡としか言えない。

あれは、いったい何だったのだろうか。

小池さんに都知事になられては絶対に困る、という事情でもあったのだろうか。
自民党という組織の組織防衛の肝が都知事というポストにでもあったとでもいうのだろうか。

実に不思議なことである。

本当のことを知っておられる方がおられたら、是非教えていただきたい。


編集部より:この記事は、弁護士・元衆議院議員、早川忠孝氏のブログ 2017年4月30日の政局関連の記事をまとめて転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は早川氏の公式ブログ「早川忠孝の一念発起・日々新たに」をご覧ください。

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