【映画評】ある決闘 セントヘレナの掟

1886年、メキシコとの国境リオ・グランデ川に何十という死体が流れ着いた。この不可解な事件を捜査することになった、テキサス・レンジャーのデヴィッドは、妻と共に川の上流にあるマウント・ハーモンという町へ向かう。そこで彼は、人々に奇跡を見せて、町を掌握している“説教師”エイブラハムと出会う。身分を隠して町に住むことになったデヴィッドだが、エイブラハムは、決闘でデヴィッドの父を殺した男で、因縁の再会だった。町とその周辺を密かに調査したデヴィッドは、やがて驚愕の事実を知ることになる…。

メキシコ国境の町を牛耳る説教師の男と、彼に父親を殺されたテキサス・レンジャーの因縁を描くウェスタン・ノワール「ある決闘 セントヘレナの掟」。ヘレナ流の決闘とは、互いの左手を布で繋ぎ合わせ、右手に持ったナイフでどちらかが死ぬまで闘う男の掟だ。主人公のデヴィッドは、幼い頃、このヘレナ流決闘でエイブラハムに父を殺された過去がある。成長したデヴィッドはテキサス・レンジャーとなって、不可解な事件を調査し、そこで因縁の再会を果たすというわけだ。復讐は西部劇でしばしば描かれる主要なテーマのひとつだが、本作では実は主人公は復讐に対してはさほど思い入れはない。物語は、川に流れ着いた死体とその理由、怪しげな宗教的儀式で人心を掌握する男の謎を探るミステリー仕立てで、過去の復讐よりも現代の事件に重きを置いている、異色のヴァイオレンス映画という趣だ。ただ、この映画のストーリーは、西部劇というクラシックなスタイルで描かれるが、現代アメリカの闇を鋭く照射するもの。メキシコ国境での不条理な不審死事件の真相は映画を見て確かめてもらうとして、フィクションとはいえ、その人間性を欠いた暴挙に戦慄が走る。

激しいガン・アクションやサバイバル、壮絶な暴力が全面に出ているが、戦争、宗教、人種差別といった今もアメリカを蝕む病巣を見る思いだ。謎のカリスマ説教師エイブラハムを演じるウディ・ハレルソンが怪演に近い熱演。エイブラハムが自らを正当化するかのように常に白い服に身を包んでいるのが不気味である。西部劇は今は映画界の主流ではないが、このジャンルを偏愛する映画人は間違いなく存在する。地味な小品だが、アメリカの伝統的スタイルで、現代の問題を浮き彫りにした意欲作といえよう。
【65点】
(原題「THE DUEL」)
(アメリカ/キーラン・ダーシー=スミス監督/ウディ・ハレルソン、リアム・ヘムズワース、アリシー・ブラガ、他)
(バイオレンス度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年6月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。