オスマン・トルコのアルメニア人大虐殺

長谷川 良

オスマン帝国軍の武装兵により追い立てられるアルメニア人(1915年4月、ウィキぺディアから)

イスラエル国会(クネセト)で、オスマン・トルコ帝国軍による大量アルメニア人殺害を民族大虐殺(ジェノサイド)と認知する法案が提出され、審議される予定だ。イスラエルのメディア報道によると、中道左派政党「シオニスト連合」のイッズィク・シュムリ(Itzik Shmuli )議員がアルメニア人虐殺問題について、「明らかにトルコ側の民族虐殺だ。その責任はトルコ側にある」と表明し、「民族虐殺の日」を設定して毎年追悼する内容の法案を提出する意向を明らかにしている。バチカン放送電子版が19日、報じた。

50万人から150万人と推定される犠牲者が出た「アルメニア人ジェノサイド」と呼ばれる大量殺害事件は、19世紀末から20世紀初頭にかけオスマン帝国の少数民族だったアルメニア人が強制移住させられ、殺害された事件を指す。

トルコ側はアルメニア人の虐殺はあったが、その数は少なく、ジェノサイドではなかったという立場だ。だから、他の国がアルメニア人問題を提出すれば、激しく反論してきた経緯がある。トルコ側は事件の計画性、組織性についてはこれまで一貫して否定してきた。

シュムリ議員の提案は政権与党リクードばかりか野党からも賛同の声が聞かれ、少なくとも50人の議員が支持を表明している。シュムリ議員はイスラエルのメディアに対し、「わが国を中傷、誹謗するトルコに対し配慮する必要はない」と強気だ。ユーリ・ヨエール・エーデルシュタイン国会議長は同議員の提案する法案がスムーズに可決されるように努力することを約束している。

ところで、なぜイスラエルはここにきてオスマン・トルコ帝国軍のアルメニア人虐殺事件を持ち出し、トルコに歴史攻勢を仕掛けてきたのだろうか。少し説明しなければならないだろう。

イスラエル政府は先日、同国駐在のトルコ大使の国外退去を要請したばかりだ。すなわち、イスラエルとトルコ両国関係は今、険悪な状態にあるのだ。

トランプ米大統領は昨年12月6日、イスラエルの同国大使館をテルアビブからエルサレムに移転すると表明、今月14日、移転式典がエルサレムで挙行されたばかりだ。エルサレムを自身の「聖地」と宣言してきたパレスチナ人たちが米国大統領の決定に抵抗し、ヨルダン西岸地区やガザ地区で反イスラエル、反米抗議デモ集会を連日、開催。ガザ地区だけでも60人を超えるパレスチナ人が犠牲となり、数千人が負傷した。抗議デモは今も続けられている。

それに対し、“イスラム教国の指導者”を任じるトルコのエルドアン大統領はイスラエルを「テロ国家」と断言し、米国とイスラエル両国に駐在する同国大使を帰国させる一方、トルコ駐在のイスラエル大使に退去を要請。その上で「イスラエル軍の大虐殺」を糾弾するためにイスラム協力機構(OIC)の緊急会議の招集を要求したばかりだ。エルドアン大統領の反イスラエル路線は、6月実施予定の大統領選、総選挙を見込んだ選挙運動の一環と受け取られている。

トルコ側のイスラエル批判に対し、ネタニヤフ首相やイスラエル政治家はトルコの歴史の汚点といわれる「アルメニア人ジェノサイド」を歴史書から引き出し、歴史攻撃に出てきたわけだ。

興味深い点は、イスラエル国会は3カ月前、中道政党「イェシュ・アティッド」のヤイール・ラピッド(Yair Lapid)元財務相 が同じアルメニア虐殺を認知する内容の法案を提出したが、却下している。ツィピ・ホトベリ外務副大臣は当時、「イスラエルはアルメニア人大虐殺問題には公式の立場を表明しない。なぜならば、複雑な外交上の問題が表面化する危険性があるからだ」と説明していた。

イスラエルのルーベン・リブリン大統領は2015年4月26日、アルメニア大虐殺100年の追悼会をゲストを招いて開いたことがあった。同大統領は、「アルメニア人は近代史で最初の大虐殺の犠牲者だった」と述べたが、ジェノサイドという言葉は避けている。イスラエルはつい最近までトルコのアルメニア人虐殺問題については自制する姿勢を貫いてきたわけだ。

それが劇変したのだ。いい悪いは別にして、歴史評価はその時々の政情の影響を受け、どのようにも見直しができるという典型的な例だろう。蛇足だが、政権や政情が変わっても韓国は日本に対し「正しい歴史認識」を要求し続けてきた。日韓の歴史問題は世界史的にみてかなり特殊ケースといえるかもしれない。

ちなみに、ドイツ連邦議会(下院)は2016年6月2日、1915年のアルメニア人虐殺事件を「ジェノサイド」と認定する非難決議を賛成多数で採択したが、その時もトルコ側から激しい反論が飛び出したことはまだ記憶に新しい。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2018年5月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。