霞が関改革の前に、政治にそもそも問われる問題

2019年03月05日 06:01

登壇した松井氏(提供:政策分析ネットワーク)

週末に、塩崎泰久衆議院議員(自民党行政改革本部長)ほかと民間のフォーラムで公務員制度改革の現状を議論するセッションが開催されました。国家公務員制度改革基本法成立から間もなく11年、内閣人事局設置から間もなく5年ですが、内閣人事局への批判や、民間からの人材登用などが進んでいないという批判が存在するので、ちょうどよい機会と考え、パネラーとして参加してきました。

最近でこそ、内閣人事局悪玉論が盛んですが、2008年の国家公務員制度改革基本法の与野党修正協議の後には、渡辺喜美公務員制度改革担当大臣は、内閣府外局に内閣人事庁を置くという政府案を変更して、内閣官房長官の下に内閣人事局を置くという修正を行ったことを、骨抜きと批判しておられたのを思い出します(氏の著書に記述あり)。

一部の方々は、大きな内閣人事庁を公務員制度担当大臣の下に置くことにこだわっておられましたが、私は、担当大臣の下に大きな組織を置いてもあまり実効性はなく、小さい組織であってよいので、政権中枢たる、総理、官房長官の直下におくことが、昭和というか明治以来の各省割拠主義を和らげて、内閣主導を実現するために必須であると強く主張して、当時の自民党の修正協議担当者である宮澤洋一議員、林芳正議員も同調して頂き、伊吹幹事長や町村官房長官などの官僚経験者も納得されて、与野党合意に至ったことを鮮明に記憶しています。

当時は、内閣官房に局はなく、そもそも「官房」に同列の「局」っておけるのか法制的に疑問だという指摘が、衆議院法制局にも内閣法制局あたりから?あったようですが、内閣官房は別格だし、そんなもの、法律できちんと書けば正当化されるのだと、議員法制局を激励して突っ切ったのを思い出します。現在の橘法制局長が当時の部長で、押し切ってくださったことも感謝しています。

それにしても、渡辺大臣だけでなく、当時、内閣人事局の設置も含めて、民主党議員が霞が関の官僚と結託して政府案を骨抜きにしたと批判したり揶揄したメディアが、いまや、内閣人事局はやり過ぎだ、忖度の元凶だと声を揃えて、批判するのですから、ちょっとアホらしくなります。

それはともかく、公務員制度改革はまだまだ道半ばということでは一致した、昨日の政策分析ネットワークのパネルディスカッション。塩崎議員も相変わらず政府の現状を鋭く批判されていました。

下記の、内閣と与党の関係の図式は、90年代末から、今回モデレータをつとめられた田中秀明さんや加藤秀樹さんとともに盛んに議論して来たものですが重要な問題点を提起しています。

構想日本資料より:編集部

与党事前審査の廃止は、かつて民主党政権で公約に掲げたにもかかわらず、主として党内の不満が吹き上げ、また政権運営の未熟さもあって挫折したものですが、この十年間、与党事前審査は緩和されるどころか、最近流行りの野党合同ヒアリングなども含めて、議員の官僚接触は益々盛んになっています。

予算編成大綱と税制改正大綱を決定した自民党の会合(2017年12月、自民党サイトより:編集部)

その結果、霞が関の日常業務は政治によって甚だしく圧迫されています。おそらく私が退官した約20年前に比較しても、霞が関の業務に占める政治調整事務は著しく増大していると言われています。そうした現状では、官の仕事にどれだけ働き甲斐があっても、特に、政治的調整を伴う重要業務では、それを上回る過酷さがあり、クリエイティブな仕事を行う環境が日々損なわれつつあることに危機感を感じます。

一言で申し上げれば、官民交流とかの旗を振っても、民間人材が霞が関の基幹業務に応募して頂くには、大きな困難を伴うのです。

国会の行政監視機能の強化といえば聞こえは良いのですが、10年余り前には政府の追及で名を馳せた長妻昭議員なども、衆議院調査局を使った予備的調査で問題点を掘り起こし、消えた年金問題などを追及されていました。

しかし大島議長が昨夏に問題提起されたように、最近国会での予備的調査が活用されているという話をあまり耳にしません。代わって、いまや野党合同ヒアリングが花盛りです。

統計問題の野党合同ヒアリング(2月1日、国民民主党サイトより:編集部)

連日カメラの前で補佐クラスに至るまでの実務を担う官僚が叱責を受け、さらに国会審議を人質に、連日ショートノーティスで膨大な資料要求が重ねられています。

長くなるのでここでは触れませんが、国会における質問主意書ブームに加えて、野党も含めた資料要求、説明要求の嵐が、霞が関を疲弊させていることは明らかです。霞が関にも各種の問題があることは確かですが、国会が自ら調査を行わず、与党も野党もひたすら官僚に資料要求するというのは、いかがなものかと思います。

かつての原発事故調のように、時限公務員でもよいので国会に専門家を集め、きちんとした調査分析、検証するという試みも行いましたが、そうした姿勢は、この10年ですっかりくなっているようにな思います。

連日当事者である官僚に、カメラの前で罵詈雑言を浴びせかけ、あげくに彼らが徹夜作業で提出してきた資料に間違いを見つけてはまた批判、或いはお手盛りの調査だとなじる前に、国権の最高機関こそ、自前の調査スタッフを充実させ、きちんとした行政監視機能を果たすべきです。

公共人材を幅広く社会から登用するということの意義は今後ますます重要になります。

当日、会場には、最近民間から文部科学省の広報アドバイザーに登用された加藤たけしさんのような若い人材もお見えで、そうした事例をもっと増やして行くことが11年前の国家公務員制度改革基本法修正協議の際の与野党合意で、そこを進めていくことは勿論重要なのですが、そうした民間人材がしっかり仕事をできるような環境整備が大切なのです。

そのためにも、政治家自身が、かつての公務員制度改革のひとつの論点であった、政官接触制限の方向性について、今一度議論することが必要なのではないでしょうか。

写真AC:編集部

実は、与党事前審査は永田町の先生方だけの問題ではありません。霞が関も、永田町内部で調整に委ねることは大いに不安があります。

特に私などが育った時代は(おそらく今でもそうだと思いますが)、議員の先生方を説得し、理解に欠けている点があればその点を教育し、議員相互の対立があればそれに対する解決案や妥協案を提示し、利害関係人全てがともかくも納得できる「解」を見出し、決着へと誘導するのが、霞が関の腕の見せ所だという考えこそが、霞が関本流の考えであり、仕事に対する誇りのようなものを形成していたと思います。

ただ、現状では、与党事前審査や議員根回しなど手取り足取り政治をサポートする余り、結局、野党も含めて政治にからめとられて、霞が関の一部は疲弊し、悪循環で自滅しつつある向きもあるようにも思えます。

塩崎議員の発言は相変わらず鋭いものでしたが、民間登用とか公募の実績不足など、政府のサボタージュを批判する響きを強く感じました。

確かに、官僚たちの一部には、民間人材登用に積極的でない向きもあるでしょう。ただ、それよりも何よりも、政治にもみくちゃにされ、徹夜作業も厭わず、それでも高い使命感を持って仕事をする人材が果たして霞が関の外側にどれだけいるんでしょうかという疑問が官僚の中に存在するのです。

その意味で、官僚を責めるのも結構だし、官僚サイドの意識の改革もどこかで必要になってきていると思いますが、そうした官僚の意識改革を促すことも含めて、社会から人材を積極的に登用するに当たり、まず改革を主導すべきは、霞が関よりも永田町の方ではないかと感じたのは私だけではないと思います。可能なら11年前の与野党協議の時のように、与野党それぞれが政と官との関係を再度協議できる枠組みを作れないものでしょうか。


松井 孝治(まついこうじ)元内閣官房副長官、慶應義塾大学教授
1960年京都生まれ。東大教養学部卒業後、通産省入省。橋本政権下では内閣副参事官として「橋本行革」の起案に携わった。通産省退官後、2001年の参院選で初当選(京都選挙区)。民主党政権では鳩山政権で内閣官房副長官。13年7月の参議院2期目の任期満了を持って政界を引退。現在は慶應義塾大学総合政策学部教授。


編集部より:この記事は、松井孝治氏のFacebook 2019年3月3日の記事を転載させていただきました。転載を快諾いただいた松井氏に心より感謝いたします。

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松井 孝治
元内閣官房副長官、慶應義塾大学教授

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