「EV充電ビジネス」を制す者が電力市場の覇者となる

電力システム改革の大きな柱である小売の全面自由化が2016年に始まって3年が経過しました。高圧大口顧客や住宅用顧客の獲得を巡って既存の電力会社と新電力の間で、熾烈な争奪戦が繰り広げられています。以下は、今年、2月25日の産経新聞の記事の引用(一部抜粋)です。

関西電力は1月から、4月末までに電気とガスのセットプラン「なっトクパック」を申し込んだ顧客を対象に、通常で700~1200円程度かかる月々のガスの基本料金を2カ月間無料にするキャンペーンを始めた。

これに対して大阪ガスは、2月末までの間に電気プランを新規契約した顧客を対象に、ギフトカード10万円分やコードレスクリーナーなどの商品が抽選で100人に当たるプレゼントで対抗。

東京ガスは昨年12月、電気契約を申し込んだ顧客の電気料金を2カ月間で15%割り引くキャンペーンを開始。東京電力ホールディングス傘下の東京電力エナジーパートナーは今年1月、ガス契約を申し込んだ顧客を対象に、最初の月の料金を実質的に半額割り引くプランを打ち出すなど、お互いに値引き合戦を繰り広げる。

こうした熾烈な価格競争の下で、福島電力や大東建託系の大東エナジーなど倒産や撤退をする新電力が出てきています。中小に止まらず、今年に入って、ある老舗の大手新電力の経営危機が噂されるなど、原価割れで誰も得をしない終わりなきダンピング合戦の様相を呈しています。

なぜこんな状況に陥っているのかといえば、一部の例外を除いて、特に低圧の顧客に対しては価格以外に顧客に訴求する要素がないからです。なぜ訴求要素がないかというと、電力小売は未だデジタル経済への移行が遅れている、いささかアナログな事業だからです。スマートメーターが導入されたとはいえ、事業者には顧客の住所・氏名に加えて、30分単位の使用量しかわかりません。

さらにもう一つ決定的な要素があります。通信業界は固定電話から携帯電話に移行したのに対し、電気は世帯単位のままで、メーターの向こう側に、何人家族がいて、一人一人の趣味嗜好はなんでと言ったマーケティングに必要なデータが取得できず、すべてがブラックボックスなのです。ですので、顧客との双方向のコミュニケーションなど不可能で、価格以外で戦うことは難しいのです。

そこに現れたのが、電気自動車の充電ビジネスです。家の外で充電をする主体は家族ではなく運転者個人です。しかも高いEVを買っているという点では大変優良な顧客です。従って、もし、価格以外に顧客を引きつけるサービスや顧客体験(UX UIと言います)を提供できれば、顧客は喜んでプライベートな情報を登録し、スマホのアプリを通じて双方向に繋がることができます。

EV所有者は、帰る家があって、必ずどこかの小売会社と契約をしています。EVスタンドでの充電量は家の中での電気使用量に比べればわずかですが、充電サービスのプロバイダーは、家の電気とのセット販売ができるようになります。一般の電力小売事業者に比べて、顧客情報を手に入れて、顧客と繋がって、双方向のコミュニケーションができるため、圧倒的に有利なポジションに立ちます。そこで、「下克上」、すなわち小さなEV充電事業者が家全体の電力販売事業者を凌駕することが容易にできるようになります。

すでに、米国のEV充電サービス事業者は、顧客に刺さる数々の付加価値を提供し始めています。例えば、フォルクスワーゲンアメリカの子会社である「Electrify America」は今月(2019年5月)、電気自動車用の便利なモバイルアプリと充電料金プラン(会員制度)を発表しました。

以下、EVSmartブログのウエブ記事からの引用です。

財布を取り出すことなくスマホで充電完了

Electrify Americaは今月後半に基本料金が約20%安くなる価格戦略と共に、新しいモバイルアプリを出すことを発表しました。割引きされたサブスクリプション・プラン(定額料金制度)と、車両の充電容量によって3段階に分かれる価格モデルも導入されます。

iOSとAndroid用の新しいアプリは、充電器の場所を探して特定し、ユーザーが物理的にクレジットカードを取り出して使うことなく支払いを済ませ、充電を開始させることができます。

 

また、やはり今月、別の角度から高度な顧客体験を提供する事業者が現れました。それは、100%再生可能エネルギーの電気を保証するEVGoです。以下はベンチャー系ニュースサイトTECHABLE記事の引用です。

米国の大手EV充電ステーションネットワークのEVgoは、展開する急速充電ステーションで使用する電力を100%再生可能エネルギーで賄うと発表した。

充電ステーションを展開する企業は近年増えているが、こうした取り組みは全米初となる。

EVの所有者は環境意識が高く裕福な層です。多少高くても再エネ由来の電気でゼロエミッションを実現と訴求すれば刺さるだろうという先読みでしょう。

さて、わが日本勢も負けていません。ソフトバンクの孫正義CEOを社内起業家コンテストで唸らせて首位をとったという噂の山口典男さんが、先月(2019年4月)、満を辞して起業したスタートアップ、ユビ電株式会社がそれです。同社は資本金1800万円で、ソフトバンク株式会社がそのうち16.66%を保有し残りは、山口社長と、盟友大西取締役、白石取締役が保有しています。以下、同社の設立のお知らせからの設立目的についての引用です。

1. 新設会社の目的
「ユビ電」は「ユビキタス」な「電気」から名付けました。
今の私たちの生活圏では電気は至る所に来ています。しかし、それを出先で柔軟に使うための仕組みが足りない、私たちはそう思いました。誰が作ったどんなエネルギーを、誰の何に使うか。エネルギーを利用するという概念を拡張して、固定電話から携帯電話に移り変わるときに起こった変化を、エネルギーの世界で起こします。エネルギーを利用するという行為を他の価値と連携させることで、エネルギーに纏わる新しい価値観を創出して行きます。

そして、私たちはその変化を「エネルギーを使いたい人と、使える場を繋ぐIoTサービス」から始めます。最初に取り組む分野は電気自動車や電動二輪等の電動の乗物の充電シーンです。従来の充電器と電気自動車という固定的な概念を打ち破る新しい充電サービス「ユビ電」にご期待ください。

3. 今後の見通し

ユビ電株式会社は、2020年を目標にユビ電の認証・課金・充電サービスを開始する予定です。今後は、自動車メーカーや電力会社などと提携し事業を展開していきます。

実は、手前味噌になりますが、山口社長と私が代表を務めさせていただいている株式会社電力シェアリングは、2018年から環境省の「平成30年度ブロックチェーン技術を活用した再エネCO2削減価値創出モデル事業」を株式会社サイバー創研や鳥取県の地域新電力のローカルエナジーなど他のアライアンス企業と一緒に受託させていただき、類似事業をすでに実施して、米国勢のサービスを上回る準備を重ねています。

ソフトバンクプレスリリースより事業のイメージ

ここでの弊社株式会社電力シェアリングの役割は、ブロックチェーンを活用した環境価値の取引プラットホームを作って、多数の売り手と買い手のリアルタイムでのP2P取引を実現することです。弊社は、株式会社ユビデンとの戦略的互恵関係により、2020年にも本格的に再生可能由来の電気のP2P取引によるシェアリングにサービスインする予定です。おかげさまで、多くの方々のご支援を賜りながら、着々と準備を進めさせていただいています。ぜひ、私どもの取り組みに注目いただければ幸いです。

株式会社電力シェアリング代表 酒井直樹
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