日経ビジネスオンラインが「戦後のリーダーたちが未来に託す『遺言』」を連載しており、1月6日は登山家の三浦雄一郎氏(82)にインタビューした。三浦氏の「遺言」は「人間は150歳まで生きられる」だ。
「人生80年」の倍近いが、根拠はこうだ。
<(高山では)20歳の登山家が、90歳くらいになったように感じると言われているんです。酸素は地上の3分の1くらいしかありませんから、どうしてもパフォーマンスが出ないんですね。20歳の若者が70歳加齢されるんだから、僕が80歳でエベレストに登ると、体感年齢は150歳くらいということでしょう。……逆に言うと、人間は150歳くらいまで生きられるのかなと思うんです>
相当に荒っぽい理屈で、冗談半分に近い。しかし、三浦氏が言いたいのは「要するに、病気であっても、けがをしても、いくつになっても諦めるなということです。可能性はいくつも開けるんだ」ということである。
<みんな80歳を過ぎると、病気をしたりけがをしたりすると、すぐ「あ、俺はもうだめだ」って諦めるんです。
僕だって(病気や怪我で)再起不能だと言われる困難に直面したことは何度もあったけど、エベレストに登ろうという目標があったから頑張れた>
<「エベレストの山頂に立ちたい、立ったらすごいだろうな」と強く思う。そうすると、その過程で何をしなきゃいけないかが見えてくるわけです。けがしたら治さなきゃいけないし、心臓がだめだったら手術してリハビリをする。あるいは、登り方を、今までと全然違う方法に変えてみるとか、それなりの工夫をする>
具体例はこうだ。
<僕は今だって心臓の冠動脈の65%が詰まっているんです。専門医の先生は「手術しなきゃ心臓が詰まって死ぬから、絶対にエベレスト登頂は許可しない」と言っていました。
でも65%が詰まっているということは、35%が通っているんだから、それでいこうと考えたんですね。そのうえで、血液をさらさらにする薬を処方してもらいました。つまり、できる方法を探ればあるわけです>
コップに水が半分入っているときに、悲観論者は「もう半分しかない」と考えるが、楽観論者は「まだ半分(も)ある」と考える。
三浦氏は後者の典型。半分どころか、35%の冠動脈が動いているなら、それを活用しようと貪欲である。ただがむしゃらにがんばるのではない。35%を生かすために血液をさらさらにする薬を探す。与えられた条件の中で最善を尽くすわけだ。
<まずは85歳でヒマラヤをスキー滑降すること。これに向けて挑戦していきたいですね>
前向きに行動し、毎日ピンピンして充実した時をすごし、150歳とは行かないまでも、ある時、コロリと死ぬ。ピンピンコロリの生き方がそこにある。
そのためには三浦氏のように、何歳になってもやってみたい目標を持ち、それに向かって行動することが大切なようだ。
編集部より:この記事は井本省吾氏のブログ「鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌」2015年1月9日の記事より転載させていただきました。快く転載を許可してくださった井本氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方は鎌倉橋残日録 ~ 井本省吾のOB記者日誌をご覧ください。