テレビと原子力の父(同時にプロ野球とプロレスの父でもある)正力松太郎 様
拝啓 盛夏の候、益々ご健勝のことと存じます。お盆は現世に魂が戻りますことから、手紙形式に致します。
貴殿が初の民放テレビ放送に尽力され、1953年8月から放映が開始されましたが、まもなく還暦を迎えるときにアナログ停波となり地デジ移行となりました。
昨今のテレビやメディアの抱える事情とともに、同じく国内への導入に熱心だった原子力発電も、東日本大震災で生じた福島の原発事故など、まさしく万感の思いで見つめているに相違ありません。
現在は批判がありますが、テレビ・原子力発電共に日本が西側陣営の一員として国際社会の中で生きていくため、政治色が強いながらも貴殿は初代科学技術庁長官として、また日本テレビ放送網社長として積極的に導入を進められました。同時にテレビの社会的地位の変化も感じざるを得ません。
・神棚の時代
当時は街頭テレビや一部の家庭にテレビが普及したため、まさに神棚のような扱いでした。全盛期を迎えていた映画産業は当時「電気紙芝居」と馬鹿にしており、テレビ作品の販売や俳優出演を拒否したため、アメリカのテレビ作品が大量に輸入されましたが、同時にアメリカンライフが大きな憧れとなりました。
神武景気での「テレビ・洗濯機・冷蔵庫」・いざなぎ景気での「カー・クーラー・カラーテレビ」のように、大量消費社会の中で三種の神器として、没落する映画に代わって娯楽の王様になっていきました。
同時に原子力導入も渋るアメリカに代わってイギリスの試験炉を導入し、未来のエネルギーと期待される時代でした。
・一家に1台の時代
高度成長も後半になり、大阪万博の時代には娯楽や家族団らんの中心にありました。応接間のテレビにレースをかけ、壊れたテレビのブラウン管を抜いて家具にするなど珍重された時代です。佐藤総理退陣会見もテレビに語りかけ、学園紛争期の学生がテレビ局に入局もしくは番組制作会社を設立するなど、「テレビの子」として報道・ドラマ・バラエティ・ドキュメンタリーなど、映像表現の限界にチャレンジしてきた時代でした。
同時に大阪万博の開催にあわせて、敦賀・美浜・福島第一の原子力発電所の商用稼動が始まった時代でもありました。
・1部屋に1台の時代
80年代から90年代半ばにかけ映像表現の手法が確立し、テレビは1部屋に1台となり、見たい番組が見られる状況となりました。同時にトレンディドラマなどの影響が社会に定着するようになり、流行を作るメディアの中心となりました。
海外ではスリーマイルやチェルノブイリの事故を通じて、国内でも将来への不安と賛否が分かれる映像ドキュメンタリが数多く作られましたが、歴史的な経緯から「テレビは原子力の広報をすべし」とする気風から、変わり出す転機となりました。
・「テレビの孫」に翻弄される時代
テレビの孫世代は当たり前のようにテレビに接しているため、報じる側から不敬に感じることもあるでしょう。
子供時分にチャンネルをがちゃがちゃ回してテレビを壊すことに始まり、物心がつくとゲーム機・ビデオ・ビデオカメラ・MSXなどモニターとして活用し、時として面白い番組をつまみ食いするなど、テレビコンテンツと競合する中で暮らしてきました。
この世代が社会に出る頃にはインターネットが普及すると、仕事での関わりに限らず日常生活でのウエイトが高くなり、テレビ離れの中心となって番組をパソコンや携帯電話で見る機会が増えてきました。中には経済的に成功し、株を買い占めてテレビ局を買収する向きもありましたが、辛くも逃げ切ることができました。
インターネットで情報が増えたことや制作予算の削減によって、大人の事情やタブーが視聴者に見透かされるようになり、インターネット動画など独立系メディアで往時のテレビの活気を感じる時代になりました。国内でも原子力事故やトラブルが相次ぐようになり、多くのタブーの中で原子力報道が流しづらい時代になっていますし、かつて原発取材をしたテレビの子たるテレビディレクターが転身して、アルファブロガーとなる時代です。
311以降にはテレビは節電か廃棄の対象となっていますが、今回の地デジ移行は戦後50年以上の時代の終わりを確認する行事として、意義深い社会実験となるでしょう。貴殿の構想通りに、日本テレビ放送網の社名にありますように放送とマイクロ波通信を兼営していれば、放送と通信の融合が早い段階で進んだでしょうし、東新宿のゴルフ練習場だったところが「正力タワー」になっていれば、スカイツリー建造は不要だったかもしれません。
もし貴殿が今の世に戻られる場合には、イタリア首相のようなメディア王兼為政者か、警察官僚としてソーシャルメディアの取締りに尽力されるものと思われますが、改めましてご遠慮申し上げる次第です。
貴殿とアナログ放送の弔辞のようになってしまいました。よみうりランドには多くの社寺があります。貴殿が熱心に一向宗に帰依されていたためですが、毀誉褒貶ありましても個人として功が多いことは色々な評伝を読んでも明らかですし、激動の時代の中で生き抜かれたエネルギーは、目を見張るものがありますが、時代の変わり目の中でかつての時代を偲ぶ夏にしたいと思います。
石川 貴善(アゴラ執筆メンバー)
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