グローバル・インテリジェンス・ユニット アナリスト 横田 杏那
2019年3月にイタリアがG7参加国として初めて中国の広域経済圏構想「一帯一路」に参画する覚書を交わすも、2021年6月にドラギ首相によって見直しが示唆された(参考)。
しかし、日本の駐イタリア大使である大江大使による分析によれば、ポスト・コロナの経済再建の中で、イタリアのGDPの10%以上を占める観光についての中国の扱いを、2020年以前から急激に路線変更することは現実的に難しいだろう(参考)という。
EU加盟国が中国との経済協力の関係強化を見直す主な理由は、新疆ウイグル自治区の人権状況に懸念を寄せているからである。件のイタリアも、2021年6月に国連人権理事会においてカナダの大使によって起案された44か国からなる新疆ウイグル自治区の人権状況について「深刻な懸念を抱いている」との共同声明に参加している(参考)。
ほとんどのEU加盟国が参加した中で、イタリアの隣国でEU加盟国の中で注目を浴びるマルタは、この共同声明への参加を拒否したと報道されている(参考)。
マルタも2019年から「一帯一路」への参画を推進しており、2022年1月10日に習近平国家主席がマルタのヴェッラ大統領と電話会談を行い、その中で習主席が「実務協力を深め、『一帯一路』共同建設を推進し、経済・貿易・投資、医療・衛生、クリーンエネルギー、交通・物流など重点分野で協力を拡大する必要がある」と発言するほど、経済的な結びつきを深めている(参考)。
経済的な関係強化は、ファーウェイが2018年7月にマルタと協力覚書に調印し、ファーウェイの5G技術を使い、マルタのスマート都市建設をサポートすることに代表される(参考)。
EU議会は、こうしたマルタの動きは「経済的な結びつき」という言葉に収まらないと見ている。
2020年10月にEU議会は「キプロスとマルタがEU加盟国の市民権を売っている」と非難した(参考)。マルタは市民権獲得プログラム(IIP)で大量の外貨を獲得していることは世界的に知られており、2014年から2020年の制度修正までで1千億円を超える利益を生み出していると試算されていた。
このプログラムはマルタの経済発展に大きな貢献をした外国人およびその家族に市民権を与えるものとされているが、実態としては、マルタ国内に不動産を5年所有すればよく居住実態などは問われていなかった。そのプログラムを使って、多くの中国人投資家がEUおよびシェンゲン協定内のパスポートを獲得したという批判は特に欧州内で聞かれる(参考)。
こうして見ると、マルタは経済的な狙いで中国と「巧く」付き合っているように思えるが、「一帯一路」への参画はマルタが生き残りをかけた戦略である可能性も高い。
マルタで国内唯一の電力会社であるエネマルタの株式の33パーセントを中国の上海電力公司が握っている(参考)。さらに、マルタのゴゾ島を「炭素ゼロ島プロジェクト」をエネマルタが推進している。このゴゾ島には、エネルギー貯蔵地があり、そこも中国資本が投入されたエネマルタの子会社が運営している(参考)。天然ガスのパイプラインに至っても、中国の会社が大株主である会社が握っている始末であり、インフラを牛耳られていると言っても過言ではない。
中国政府と「蜜月」の関係にあると国内で批判されながらも、政権を保っているのが労働党のジョージ・ヴェッラ大統領だ。マルタ騎士団の十字勲章を授与されるなど、1970年代から政治の一線で活躍する国民の少ないマルタの中で、知らぬ者のいない重鎮と呼ばれる存在である。
しかし、昨今の労働党は汚職事件による国内外世論からの批判が根強く、常に疑惑の目が向けられる。しかし、2016年に公表された「パナマ文書」によって明かされた政府の腐敗を巡る汚職の問題、そして2017年に起きた調査に携わるマルタ人記者の爆弾による殺害事件から、与党に向けられる疑惑の目は厳しい(参考)。
そんな中、2022年1月18日、マルタ出身では初の欧州議会議長が誕生した。マルタ出身のロベルタ・メツォラ氏(43)は史上最年少の女性議長である。メツォラ氏は、マルタでは労働党とは相対する国民党の出身で、欧州議会では中道右派の「欧州人民党」に所属しており、昨期までは欧州議会の副議長に就いていた(参考)。
メツォラ氏は大学在学中から、マルタがEU議会に加盟する為のキャンペーンに参加し、EU議会にて外交安全保障上級代表のスタッフを務めるなど、マルタ国内政治とは距離がある。労働党の政治家からは「裏切り者」などと非難されているが、マルタ国民からの熱い支持がある(参考)。
さらに、同氏を今回の選挙において支持していたのは、バチカン市国を含めた南欧のカトリック勢力である(参考)。同氏は、議会候補3名の中で唯一、長年にわたって中絶に反対する政治的・個人的立場をとってきたからだ。中絶が違法であるマルタの保守派議員として、同氏は中絶の権利を擁護する議会決議に一貫して反対票を投じている。
彼女の立場は、プロチョイスを提唱する欧州人民党の多数派とは全く対照的であった。しかしここにきて、同氏は立場を変えるともとれる発言をしている。多数意見である中絶賛成を尊重することを誓ったのだ(参考)。
このことが、マルタ国内でどのような反発を生むかは未知数だ。マルタは中国の欧州域内、さらにはアフリカ大陸への「一帯一路構想」ゲート・ウェイとしての地位を確立しているように見える。
しかし、EUの支援なしではマルタは難民危機を維持できないという大きな問題に直面している。マルタは毎年庇護希望者(難民ステイタスの申請者)が3000人を超えており、その中でも、マルタがリビアに「不法かつ非人道的に」庇護希望者を送り返しているという批判が国際人権団体からなされている(参考)。
国際法に準拠した対処を行う上で、EU加盟国の連携は不可欠となっており、これから更にEU加盟国との関係を強化していく為に、メツォラ氏が議長となったことは渡りに船と言えるだろう。
メツォラ氏は勝利演説において「ヨーロッパは戦争の遺物である。それと同時に、癒しの歴史も受け継いでいる」と述べ、今後はウクライナにおけるロシアの敵対行為やキプロスの分割を終わらせる必要性に言及した(参考)。さらに、「パナマ文書」を巡り亡くなった記者たちへの追悼の言葉を続け、汚職と戦う姿勢を打ち出した。
今後、メツォラ氏の躍進を受けてマルタ国内で政変が起こるのか引き続き注視が必要である。
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横田 杏那
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
国連地域間犯罪司法研究所と国連平和大学の共同法学修士プログラム修了。国連プロジェクトサービスでのインターンや、第14回国連犯罪防止刑事司法会議でのテクニカルホストを勤める。2021年11月より現職。