株価を上げねば。一刻も早く。
今、セブン&アイの経営陣が考えているのはそれだけだ。
1株あたり「約2700円」。これが、カナダ・米国のコンビニチェーン アリマンタシォン・クシュタール社(以下クシュタール)が提示したセブン&アイの買収価格である。
対して、現在のセブン&アイの株価は「2212円」(執筆時10月18日時点)。1株500円近いキャピタルゲイン(株の売却益)は、株主にとって非常に魅力的だ。折しもクシュタール幹部が来日、日本の株主と関係性強化を図るという。もう後が無い。株価が上がる「雰囲気」だけでも醸し出したい。
さて、どんな対策を講じれば良いか。
参考書はバリューアクトの提案書
浮上(再浮上)してきたのが「イトーヨーカドー売却案」である。サードポイントやバリューアクトら「物言う株主(アクティビスト)」が要求してきた案でもある。
発端はサードポイントだった。2015年のイトーヨーカドー分離要求は実現しなかったものの、当時の鈴木敏文会長を退陣に追い込み、現在の井阪隆一社長体制を確立させた。22年に、バリューアクトがこれを先鋭化させる。公開書簡でのやりとりは「妄想」「失望」といった強い言葉が用いられるほど熾烈を極めた。
当時のセブン&アイは、バリューアクトのイトーヨーカドー売却案を以下のように批判している。
「セブン&アイの事業に対する『長期的』な関心が無い。関心があるのは、『短期的』な株価上昇だけ」
バリューアクトによる4月20日レターに対する当社取締役会の見解(筆者要約)
いまセブン&アイが最も欲しているのが、この『短期的な株価上昇』である。そして――皮肉なことに――倣っているのもバリューアクトの案なのだ。
バリューアクトの提案書によれば、イトーヨーカドーなどを売却しコンビニに集中すれば「株価が1.85倍に増大する」という。なぜ当時のセブン&アイは、この案を採用しなかったのか。
プライベートブランドを支えるもの
「シナジー効果」がなくなるからだ。
プライベートブランド「セブンプレミアム」はイトーヨーカドーとのシナジー効果※)なしに維持できない。
※ 複数事業を運営することによる相乗効果
セブンプレミアムの売上額は「1兆4600億円」(2020年度売上)。セブン&アイ国内売上全体の約2割、食品売上の約3割を占める。この強力なプライベートブランドは、イトーヨーカドーなどスーパーストアが持つ、ニーズ収集力や商品開発力、調達力が支えている。セブン&アイはこう反論したのだ。
今、そのセブン&アイがシナジー効果を度外視し「イトーヨーカドー分離」に舵を切ったのは、時間が無いからである。
クシュタールが買収価格をつり上げた。来日し、株主にアプローチもしている。次の決算まであと3か月。時間が無い。(背に腹は変えられない)。社名を「7-Eleven Corporation(仮)」に変える。イトーヨーカドーを統括する「中間持株会社」を設立する。(売却ではない。持っている株を減らすだけだ)。では、どれだけ株数を減らすべきか。
買収防止策としては「好手」
持株比率「15%」までだ。
「15%」なら、持分法適用会社※1)として扱われるので、グループの一員という体裁を保つことができる。イトーヨーカドーの赤字の影響も最小化できる。
24年2月期のイトーヨーカドーの赤字額は260億円だった※2)。この影響を、セブン&アイは100%被っている。もし持分が15%だったら、赤字の影響も15%「39億円(260×15%)」に留められたことになる。
このプランは買収防止策としても「好手」となる。以下2つの効果があるからだ。
一つは株主に対するアピールだ。「イトーヨーカドー分離に動いていますよ」と訴え、株売却を抑える効果が期待できる。
もう一つは、セブン&アイの企業価値を低下させる「焦土作戦※3)」としての効果である。
焦土作戦としての効果
当然なのだが、持ち株「100%」の頃とくらべ、持ち株「15%」になれば、シナジー効果は低下する。これまでのような商品開発はできないし、ノウハウ共有もしづらくなる。
これをクシュタールがどう考えるか。
アクティビスト「バリューアクト」は、セブン&アイの商品に興味を示さなかった。シナジー効果は低く、セブンイレブン単独でプライベートブランド開発ができる、と断じていた。
クシュタールは違う。セブン&アイの商品そのものに強い興味を抱き、高く評価している。来日したクシュタールのブシャード会長は、セブンイレブン店舗で「たこの総菜」と「寿司」を買ったという。
「素晴らしい。品ぞろえの数は驚異的で価格設定も優れている」
クシュタール幹部インタビュー、7&i買収への本気度示す-一問一答 – Bloomberg
これらの商品が、イトーヨーカドーの恩恵を受けているとしたら? イトーヨーカドー売却により商品開発力が低下するとしたら? 買収意欲は大きく削がれることになる。
セブン&アイを熟知するクシュタールだからこそ有効な買収防衛策。「焦土作戦」となる可能性があるのだ。
アクティビストと事業者の違い
先のバリューアクトが、セブン&アイ株式を保有したのは僅か「3年」だった※4)。
一方、クシュタールが、セブン&アイ買収を検討し始めたのは「20年前」。今回で3度目の買収提案となる。デューデリジェンス(企業の資産査定)は行っていない。これは極めて異例なことだ。セブン&アイの「価値」を高く評価していることがうかがえる。
今回、来日したクシュタールのミラー社長は、創業家である「伊藤家」とも話し合いたい、と語る。今後は、イトーヨーカドーの動向も注視しつつ、タフな交渉をもちかけてくるはずだ。その熱意は、アクティビストの比ではない。セブン&アイ経営陣が、短期的な株価上昇策だけにとらわれれば、深手を負うことになるだろう。
【注釈】
※1)持分法:株を持つ会社(この場合セブン&アイ)の持分に応じて、株を持たれる会社(イトーヨーカドー)の利益・損失を配分し、財務諸表を作成する。持分比率20%以上が条件だが、一定の要件に該当する場合は15%以上でも、持分法適用会社となる。
※2)(株)セブン&アイ・ホールディングス(3382) 2024年2月期決算短信
※3)買収対象となった企業が、自ら重要な収益性の高い事業を譲渡したり、分社化することにより、企業価値を低下させ、買収者の買収意欲を削ぐことを目的とした作戦
※4)米ファンド、セブン株売却か バリューアクト、大株主外れる:時事ドットコム