さて珍しく書評です。読んだのは「君はこんなワクワクする世界を見ずに死ねるか」という我らが田村耕太郎先生の本なのですが、結論から言えば最後まで読むのは苦行以外のなにものでもない、というくらいの酷い本でした。でもその酷さになれてしまうと逆に結構楽しめるというか、ネタ本としてはクオリティは高いと思います。みなさまも「世の中にはこんな中身の無い本を自信満々に推薦するバカがいるんだ」ということを知る意味で、また「意味も無いことに時間を使う」という苦行を体験したいのならば一読する事をお勧めいたします。
書いてあるはことは「英語を勉強しろ。留学しろ。そしたら良い事あるよ。」という以上でも以下でもないのですが、たちが悪いのが色々と「消費税が60%になる」だとか「あなたはテクノロジーに取って変わられる」だとかいった偏りのある情報で読者の不安を煽りに煽った上で、高圧的に「英語をすれば大丈夫!」に何でも結びつけるという悪質な情報商材バリの決めつけを見せているところです。一応論理展開を追うと概ねの流れとしてはこんな感じ。
○日本の将来は問題山積み、その上成熟社会を迎えて活力が無い。グローバル化がドンドン進んで言語の壁が日本を守ってくれなくなってしまった。テクノロジーの進化も単純労働作業を奪っている。その上財政も大きな問題を抱えており、社会保障制度も縮小していく。日本の中で育っていた「ガラパゴスなもやし」のあなたの将来は企業にも国にも見捨てられる。
○ところが世界では今ワクワクするような動きがドンドン起きている。特にアジアは高度成長期の日本のようだ。日本はアジアの横に位置しておりこれに乗らない手は無いが、その強みを十分生かしきれていない。それは日本人が英語が出来ずグローバルな感覚がないからだ。
○成長する世界へのパスポートを得るために英語を学んで留学しよう。頑張って英語を身につければ一気に世界が開けてあなたの人生が開ける。その上で古典を読んで教養を身につければ、単純労働作業しかできない新興国の人材と差別化できて、あなたは「グローバルなマッチョ」になり将来を力強く生きていける。とにかく、「英語と教養、そしてそれを身につけるための根性」という3種の神器が君には必要だ。
○そして節々に海外で活躍している日本人のインタビューを我田引水的に編集した情報をちりばめる
中身が無いわりに主張のトーンが異常に強いので(というより中身が無いからこそだろうが)、なんとなく人生の方向性に迷っている学生や社会人ならば影響されてしまう気がします。彼自身「教養が大事」とか「海外からの情報源が大事」とか言ってる割に、中身は教養や知性のかけらも感じず、特定できない情報源からの怪しげな情報(「○○という国のエリートが〇〇と言っていたよ」という意識高い系大学生のような論調)が各所で登場します。全般を通して「自分で考えた」痕跡が無いので、できれば、ちきりん先生の爪の垢でも煎じて飲まれる事をお勧めしたいところです。
さてではなぜこのゴミクズのような本が大々的にプッシュされるのか、という事を考えると、それは「キャリア形成」という本来は千差万別であるべきテーマを無理矢理マスマーケティングの手法に当てはめてソリューションを提供するからだと思うわけです。実際田村氏の言うとおり日本経済が曲がり角にある事は間違いなく、ローテーション・長期雇用という日本企業にありがちなキャリアを歩んできた多くの人が自分のキャリア形成に迷いを生じているという事実があります。そういう心の隙間につけ込んで、「英語をやって留学すれば大丈夫。凄い未来が開けるよ。」という偽りの夢と、似非ソリューションを提供しているのがこの本な訳です。なんか読んだ瞬間はテンションがあがって「私も英語やって留学すれば本に出てくるような凄い人になれるんだ!」と答えを得られたような気になって安心するのでしょうが、実際のところ自分自身のキャリアを切り開く道はそんな単純なことではないので、その現実に気づくとみな思い描いた夢とのギャップに苦しむ事になるのでしょう。
実際私の周りでも一流大卒で英語ぺらぺらで、社会的に権威のある職場にいるのですが、仕事に追われる日々の中で自分自信のキャリアが見いだせずに、苦しんでいる人というのは沢山います。スペックがあがったってサラリーマンはサラリーマンで共通の悩みと焦燥感を抱えているのです。そういう意味じゃ彼がやっていることは人の心に併せて偽りの夢を見せる「笑うセールスマン」のようなことなのでしょうね。最後にどーんと突き落とすという損な役回りは避けているようですがね。本書に出てくるような世界の非日常というのは、読んでる限りは新鮮なのですが、当事者になってしまうと直ぐに日常化して飽き飽きしてしまうことばかりなのです。「美人だけでは3日であきる」というような話と大差がありません。
さてでは、「私はこのまま今の仕事を続けてよいものなのだろうか」とか「なんとか世界で活躍するような人間になりたい」とか思っている人はどのような本を読み、どのような道を歩むべきなのか、ということですが、こんな「笑うマッチョセールスマン」の書いた本を読むのではなく、本当に世界に影響を与えるくらい活躍する人がどのような苦労をしたのかを、そういった人達自身が書いた本で、追体験すべきだと思うのです。大きいところでは松下幸之助だとか盛田昭夫だとかになるのでしょうが、そこまで行かずともそれなりの成功を収めた人ならば自分の体験を本をまとめていますから、そういった自分のモデルになる人の本を心底自分が同じような状況になったことを想定して読めば良いのです。個人的には矢沢永吉の「成り上がり」をご推薦します。
当然のことながら彼らのたどった道は「人それぞれ違う」道で「孤独」で「オリジナル」な道です。「英語」「留学」などの特定の共通キャッチフレーズではくくれません。また「ワクワク」するような話ばかりではなく、上手くいかない時期について振り返っているパートなどを読んでいるとさしづめ地獄です。人にバカにされ、金がなくバイトでその日を忍び、胃をいためている日々です。それを乗り越えて成功した彼らはスーパーマンなのであって、世の中の一般の人間とは違う人種です。「自分がそのような人種に果たしてなれるのか」ということを考えて、自分の可能性に折り合いを付けることからキャリア形成というものは考え始めるべきなのでしょう。少し話はそれますが、そういった地獄のような苦しみを乗り越えてでも成し遂げたい目標を「ワクワク」というべきなのであって、コネとお金があってちょっと海外に行けば味わえる「ワクワク」なんて一ヶ月もすれば飽きるような日常なんじゃなかろうかと。
世の中の9割の人はキャリアに迷いが生じたからといって、彼らのようなイカレタ人生をたどるという選択は取らないでしょうから、やるべきことは臨床心理士の所にでも言ってMBTIだとかエニアグラムだとかCPS-Jだとかいった手法で体系的に自分の資質・可能性を分析してもらって、自分の特性を行かせる職場と将来性のある分野を真剣に「自分で」考えて転職市場に身を投じるべきなんでしょう。必要な能力は、タムコーのクソ本を読むまでもなく市場との関係で決まります。
と色々書きましたが、一言で言えば「キャリア形成に全員共通のソリューションなど無いから、真剣に自分と向き合え」ということです。最後にこの本の価値について端的に表したamazonのレビューをご紹介します。
簡潔な表現で素晴らしい。ではでは今回はこの辺で。
編集部より:このブログは「うさみのりやのブログ」2013年11月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はうさみのりやのブログをご覧ください。