日韓基本条約は破棄できるか

池田 信夫

韓国のGSOMIA破棄は常識では理解できないが、日本の経済制裁に経済で報復できないので、約束を破っていやがらせするぐらいしかないのだろう。日韓請求権協定は韓国大法院の「徴用工」判決で空文化したので、次に考えられるのは日韓基本条約の破棄である。

そういう声は、韓国の与党にも出てきた。朝鮮日報(韓国語版)によると今月、韓国の元統一相、李在禎氏はこう述べて「65年韓日協定体制の清算」を求めた。

今日も私たち国民が日本の侵略と植民支配が残した傷に対してどの謝罪も受けられずにいる最大の理由は、維新独裁政権[朴正熙政権]の屈辱的拙速な韓日基本条約と請求権協定で、最初のボタンを掛け違えたためだ。

もともと日韓条約は、日本でも韓国でも反対が多かった。韓国は日韓併合が国際法違反で無効だという立場から日本の植民地支配への賠償を要求したが、日本は日韓併合は有効だという立場だった。韓国では日韓条約に反対する学生運動が起こったが、それを押し切って1965年に日韓条約を結んだのが朴正熙大統領である。

この背景には、アメリカの圧力があった。60年代にアメリカはベトナムへの軍事介入を強め、韓国は外人部隊としては最大の延べ31万人の兵力をベトナム戦争に派遣した。

日本は「憲法の制約」で兵力を派遣できなかったので、韓国の資金援助で後方支援した。ベトナム戦争の時期に、韓国に導入された外資は合計40億ドル。その半分がアメリカだが、日本は日韓条約で官民含めて11億ドルを供与した。

つまり日韓条約は、ベトナム戦争に韓国人を動員し、その資金を日本が援助する体制だったのだ。これで韓国は世界の最貧国から中進国に飛躍し、これが「漢江の奇蹟」と呼ばれるが、その実態は外需依存の成長だった。

日本では5億ドルの経済協力という意味不明の「つかみ金」を出し、韓国内の資産の請求権53億ドルを放棄する日韓条約には反対が強かったが、アメリカの外圧で佐藤内閣が押し切った。

条約破棄で韓国が失うものは大きい

日韓併合が有効か無効かについては、日韓条約の第2条で「[日韓併合条約は]もはや無効であることが確認される」という玉虫色の表現になった。これを日本側は「かつて有効だったが日韓条約で無効になった」と解釈し、韓国側は「もともと日韓併合は無効だった」と解釈した。

このとき未払い賃金などは韓国政府が一括して受け取ることが決まったが、朴大統領はそれを国民にほとんど分配しないで政権内で使ってしまった。それに対する批判を恐れて、彼は条約の内容を国内に説明しなかったため、その後も韓国人が日本政府に対して損害賠償を求める訴訟がたくさん起こされた。

これについては盧武鉉政権が2005年に条約締結のときの外交文書を公開し、個人請求権は韓国政府が責任を負うことを認めたが、このとき慰安婦などを例外にしたことがその後の火種になった。

昨年の「徴用工」判決は、これをもう一歩進め、募集された労働者も「不法な侵略のもとでの強制動員」だから、その苦痛の慰謝料は請求権協定の対象外だとした。これは日韓併合がもともと無効だったという韓国の解釈の論理的帰結である。

この判決は請求権協定を無効としたわけではないが、日韓併合が不法な侵略なら、それに対する日本の賠償を明記しなかった日韓条約も請求権協定も不法だから改正すべきだ、という結論に至るのは、あと一歩である。もちろん日本政府は改正交渉に応じないだろうが、韓国がGSOMIAのように一方的に破棄することはできる。

ただ、これが脅しになるかどうかはあやしい。日韓条約を破棄して国交断絶すると、韓国は北朝鮮のように貿易も旅行もできない国になる。その経済的損失は、韓国のほうが日本より圧倒的に大きい。

日韓請求権協定で日本が放棄した韓国内の資産の所有権も、原状回復を求めることができる。1965年に日本が放棄した資産53億ドルは韓国のGDPの1.7倍だったので、今なら250兆円ぐらいだ。

日韓条約を破棄すると日韓地位協定も無効になるので、韓国内の日本人も日本国内の韓国人も国外追放できる。地位協定にもとづいて日本で特別永住権をもっている在日韓国人も、すべて永住権を失う。

どう考えても、韓国の失うものがはるかに大きい。これがさすがの文在寅大統領も日韓条約の破棄に言及しない理由だろう。それをいうと韓国内で「破棄しろ」という世論が巻き起こって、止められなくなるからだ。

それなら日本から「そんなに日本が嫌いなら日韓条約を破棄しましょうか?」と言ってみたらどうだろうか。政権が言うわけには行かないから、自民党議員がポロッと「失言」してもいい。韓国のマスコミが反応したら、文在寅政権はあわてて火消しに走るだろう。火が消えないと、とんでもないことになるが…