今、札幌千歳空港にいる。水曜日から木曜日までは蒸し暑い高知だったので、老体には少し厳しい。特に、昨日の札幌の最高気温は19度と、この温度差に適応するのは容易でない。今日の夕方には東京で講演があり、これが今週4回目の講演となる。まさに、どさ周りの旅芸人のようだ。
お盆休み期間は時間的余裕もあり、その間にスライドの準備に万全を期していた。そこで、今回の移動中には、今週の「Science」誌の特集であった「自殺」に関する論文に目を通した。自殺率は世界の多くの国では下降傾向にあるようだが、一部の国では増加傾向にある。当然ながら、内紛のある国、圧政下に苦しんでいる国では増加傾向にある。
データを見ると、図に示されていた30余りの国の共通的な特徴として、男性の自殺率が女性に比べてかなり多く、男女比がおおよそ5:1となっている。悲しいことに、自殺は、若者の死因の主要因である。特に高かったのはウクライナで、15-19歳の世代では10万人中年間約20名が自殺で命を落としている。
意外だった(失礼な発言であるが)のは、中東諸国の自殺率が非常に低かったことである。世界でもっとも自殺率の高いのはグリーンランドの10万人中51名であり、トップ10の国は10万人中23人以上であったのに対し、クエートでは10万人中2.5人、オマーンとサウジアラビアでは2.9名と3.0名であった。これらの国は、最も多い国の10分の1となっている。これらの国の人たちはより幸せなのか、遺伝的な差があるのか?
特集では、自殺を減らすための研究、種々の取り組みが取り上げられていたが、これといった解決策が見つかっていないのが実情だ。景気が悪くなると自殺者が増えるのはよく知られていることだが、ストレスを貯めないことが重要だ。
ストレスを貯めないようにと思っても、外的要因はどうにもならない。後ろの車からアオリを受ければストレスを感じるし、自然災害もストレスの大きな要因となる。スマトラ沖の地震による津波被災者では、20%の方がPTSDに陥った。これは自殺につながる大きな社会的課題なのだ。
東日本大震災では30万人の方々が、津波によって家を失った。3.11の後、どの程度の規模でPTSD調査が行われているのだろうか?私は震災後直ちに、津波被災者の健康調査を開始すべきと申し出たが、当時の政権には全く顧みられなかった。
先日、シカゴの友人と食事をした際に、彼が岩手県の三陸海岸を訪れた印象を語った。大きな壁が作られて海が見えない。百年に一度の津波対策としてこれがベストなのかと疑問を投げかけた。私には答えることができなかった。「コンクリートから人へ」という目標を掲げて政権を取った政党がこれを実行した。当時、被災者のことをどれだけ真剣に考えていたのか、今でも大きな疑問として残っている。
超高齢化社会になり、老人が多くなり、社会福祉費が増え続けているので、それを減らす対策が練られている。その中で、人を、老人を疎かにする考えが散見される。人こそ、この国の財産ではないのか。人を大切にできてこそ、政治だと思う。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2019年8月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。