言語より怖い価値観の違い-日本企業国際化の落とし穴 - 北村隆司

2010年07月12日 15:20

公用語の採用の可否、ましてや何語をその企業の公用語にするかは、第三者が口を挟む問題ではありませんが、私の経験では、言語より日本特有の価値観が国際化の障害となりました。

日本が世界の寵児であった80年代初めに、数人の従業員でスタートさせた企業は、巨大親会社の支援と企業目的が時代の要請にマッチした幸運もあって、短期間に米国、スペイン、英国、オランダ、インドなどに工場や事業所を持つ総勢1,500人を超える規模に成長しました。この間、親会社独特の日本的価値の強要には苦労しました。その元凶が社内規則と人事部でした。


何処の日本企業にもある「就業規則」「職務権限規定」等の規則は、失敗をすると恐ろしい警察手帳に化ける特徴があります。本社の管理部門は「本規定を精読頂き、社員の基本動作の徹底、ご指導をお願いします」と言うお言葉付きで、本社の自己責任を回避した上で、管理職にこの分厚い規則を配ります。

中でも、職務権限規定は、「使用用語定義集」や職務と権限との関連を図表で示さないと理解できない複雑な代物で、指導、指揮、合議、調整、補佐、代行等々、翻訳しても通じない微妙な言葉が並びます。この複雑さに抗議すると「会社は馬鹿ばかりではない、ちゃんと運用で上手くやってきたんだ」と運用次第では訴訟原因になりそうな言葉がトップから返って来ました。

私の奉職した企業は、国際化が進んでいると高い評価を受けていてもこの程度でしたから、英語化は進んでも「本社中心」「日本中心主義」の噂が高かった「偉大なる田舎侍」トヨタが、今回のリコール問題で経営の陳腐化が指摘されたのは当然です。

人事を巡る問題も深刻です。潜在能力を重視し、本人の希望より会社都合で配属先を決める日本企業は、全職域に共通な「協調性」「指導性」「独創性」などの抽象的な「Attitude (態度)」による考課を求めます。

態度重視の日本と、結果重視の欧米の価値観に挟まれ、日本独特の「公平」尺度で物事を解決する事は容易ではありません。この問題で悩んだ日本企業は、駐在員考課と現地人考課を分離しましたが、これが「国籍や人種による差別を禁じた」法律違反として、日本の大企業が軒並み訴訟された事もあります。

日本企業が「人事考課」や「解雇」の公正を巡って海外で訴訟されるもう一つの原因が、「抽象的で主観的」な考課基準です。日本人がよく使う「公平」概念は、決して国際的に通ずる価値尺度ではありません。

「考課結果が本人に漏れない様に注意せよ」と言う人事の指示は「考課に、被考課者から署名を取る」事を義務付けている米国では、違法行為に当たり誤魔化さない限り実行は不可能です。

日本的な人事部が無く、即戦力を重視して部門別に採用するのが普通の欧米では,各従業員に職務の内容を具体的に記載した「ジョブ・デイスクリプション」を渡し、期待する役割、責任を持つ上司(Report to )、評価基準を明示して「貢献の度合いと処遇」の繋がりを説明するのが通例です。

この様な環境で育った従業員に、人事、財務、営業、製造などまったく異なる部署を横断的に「協調性」「指導制」「独創性」と言った「主観的基準」で「公平」に考課すると言っても理解を得る事は困難です。

本社の役員会で苦情を述べると「日本では『人事部』は『ひとごと(他人事)部』、『フレキシブル』は『いい加減』と訳すんだ」と慰めてくれた本社の副社長も居りましたが、これは外国で通ずる代物ではありません。

制度の違いも判断基準に大きな影響を与えます。オランダ屈指の大企業フィリップス社が経営難に陥った位、社会主義的福祉主義の強かったオランダでは、従業員を解雇すると、解雇された従業員が「自分に適した職」を見つけて再就職するまでは、会社側は当人が出社しなくとも解雇前と同じ給与を払い続ける義務が法律で義務付けられていました。流石のオランダも政変によりこの悪法は無くなり、市場重視主義に回帰してフィリップス社も業績を回復した経緯があります。

インドで優秀な経営幹部を社長に任命した処「インドでは、社長は『オーナー』と見做され、給与は従業員のトップを越えてはならないと言う法律がある。株も持っていないのに社長になって給与が下がるのご免だ」と言う回答を貰った事もあります。

公用語の採用が経営を効率化する事は間違いありません。楽天の三木谷社長やユニクロの柳井社長が英語を公用語に採用した事に「有識者」からの批判が数多く載りましたが、これは「有識者」や「コンサルタント」の商売の一つと受け止めれば良いのではないでしょうか?

松下幸之助翁が「合理性は大切だが、釣りの名人が池を見て魚の有無を見分ける様に、実績に裏付けられた人の勘は、それ以上に大切だ」と言われた通り、私は三木谷、柳井両社長の判断に全幅の信頼を置きます。

以上、経験談を普遍化する危険を承知の上で書きましたが、幾つもの国境を跨いだ企業を経営してみて、「日本一国のみで成立する孤立文明」とハンチントンが規定した日本文明の特殊性を改めて痛感した事を告白して置きます。

外国の猿真似をする必要は毛頭ありませんが、「中身より提案の仕方を重視」したり「重要な決定をその場の空気」で決める日本の悪習だけは早く無くして欲しいものです。

             ニューヨークにて    北村隆司

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