2011年は「自立」の年

2011年01月01日 00:00

明けましておめでとうございます。

今年の年末年始は「年越し派遣村」がなくなりました。昨年は東京都が「公設派遣村」を設置して鳩山首相(当時)が視察したが、今年はさすがにそういう空虚な儀式を繰り返すのが恥ずかしくなったのでしょうか。

このように国家が貧しい人々に施しを与える「社会政策」は、厚生労働省の伝統的なイデオロギーです。これは昭和初期に社会主義者が始めたもので、発展途上だった日本にとっては意味があったかもしれない。しかし今、日本が直面しているのは、かつてのように経済成長の果実を公平に分配する問題ではなく、その果実が縮んでゆくという問題です。


したがって第一義的に重要なのは、わけるべきパイを大きくすることです。経済成長と幸福は別だという意見もありますが、現在の日本はすでに900兆円以上の政府債務で消費を「先食い」しており、成長を維持しないとジリ貧どころか、財政破綻で「ドカ貧」になります。人口減少期には、なるべく多くの人が働ける制度設計を考えるしかない。

社会保障も、子ども手当のように所得に関係なくばらまくのをやめ、本当に貧しい人だけに行き渡るように変えるしかない。企業に「雇用責任」を負わせ、それを退職金の非課税措置などで補助するしくみも、企業がその負担に耐えられなくなっています。企業年金の積み立て不足は、利益の数年分が吹っ飛ぶ規模になりました。もう政府にも会社にも頼れないのです。

福沢諭吉から丸山眞男に至る日本の知識人は「個の自立」を課題としましたが、それを置き去りにしたまま日本は成長を続けてきました。かつて経済が成長していた時代には、政府や会社にプールされた富をみんなで分け合えばよかったのです。しかし労働人口の減る社会でそれを続けると、現役世代から巨額の富を老人に移転する結果になります。自分の食い扶持は自分で稼ぐという、近代社会の原則に立ち返るしかない。

サンデルも指摘するように個人主義は普遍的な人間モデルではないし、原子的個人の社会はリスクやストレスが大きくなるでしょう。しかし残念ながら、もう他に選択の余地はない。求心力を失った会社や地域などの古い中間集団を守ることは、衰退をさらに加速するだけです。グローバル化の中で日本経済が生き残るためには、労働市場を柔軟にするとともに、社会保障を見直して人々の自立を支援するしかない。それは非常に困難ですが、この転換を実現しないかぎり日本経済が立ち直ることはできないでしょう。

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池田 信夫
アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 学術博士(慶應義塾大学)

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