就活のあり方は時期で判断されるものではない- 鈴木浩太 

2011年01月14日 10:31

私は現在大学3年生であり、論文執筆の合間を縫ってこの原稿を書こうとしている。就職活動の情報収集のためではなく論文執筆である。一般的な大学のカリキュラムをご存知の方ならこの時点でどうして大学3年生で論文執筆なのかと考える人はきっと少なくないはずだ。これは私の所属する学科が課しているものであり、同大学内でも特異なものである。提出は1月の末であり、卒業論文と時期的に変わらない。就職活動ももちろん並行してやらなければならない。


私自身実際に就職の早期化には反対してはいない。授業を抜け出してまで就活をしなければいけないというのはもちろん問題かもしれないが、それは大学のカリキュラムとしての問題があると思われる。大学3年にあがってゼミや研究室に所属するようになるのは大抵どこの大学・学部でも同じことだとは思うが、3年の終わりに研究の成果を論文として出すという制度があったらどうだろう。それをわかっていれば早い段階で学問に身が入るようになる。実際授業自体は3年生の夏休みまではとりたい単位(研究に必要な科目)、その他の単位(卒業単位を埋めるための科目)はとり終わってしまっているのが実情であるから、その後は自分の研究や就活に専念することが実際は可能となる。常に両方のことを考えながら行動をするという習慣ができる。これはあくまでも私の所属する学科の一例である。

そして就活自体は十分な社会勉強の場である。課外活動で早くから多くの外部の人間とかかわってきた学生はそれほど多くない。都内ならまだしも地方大学は機会がまず少ない。学生がつながる場として、また社会で自分ができそうな「何か」を見つける場として、就活自体は必要である。実際就活は紆余曲折だ。就活が進む上で第一希望の業種が変わるかもしれない。希望の職種に内定をもらえなくても別の業種の内定先をすんなり受け入れられるかもしれない。仕事を得るうえでのフレキシブルさの会得。それは社会を知り、人を知った上での一つの可能性だ。その可能性に、より多くの学生が出会うためにはやはり就職活動自体は長めにとってもよいのではないかと思われる。沢山の企業、沢山の人と出会うために。ただし採用活動はまた別の話である。学生に十分な期間を与えてからの方が、より魅力的な考え方をもった学生が生まれることとなるだろう。

そして内定を取ることがゴールではない。あくまで社会へのスタートラインに立っただけで、そこから先は安定、転職、独立・起業など様々な選択肢が転がっている。その選択肢は一度選んだら別の選択肢に踏み入れることが出来ないというわけではない。先述したように、就活によって自分のキャリアに関してフレキシブルな考えを持つことが出来れば、日本を取り巻く雇用の硬直化といった問題も緩和されうるだろう。そしてそれに立ち向かうはまさに我々の世代である。何も考えずに内定のためだけという考えでの就活は私の求めるものではない。折角自己分析などの思考の機会が与えられるのだから、それを基に就活後・就職後を考え始めることも難しくはないはずだ。この長い就活を通して”自我”を持った人間として、社会に出る準備が出来ればよいというのが一大学生、一就活生としての希望である。
(鈴木浩太 筑波大学 国際総合学類 所属)

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