社長にはなぜ社内の不祥事情報が届かないのか?(増資インサイダー事件) --- 山口 利昭

2012年08月29日 10:14

本日(8月28日)金融庁より、平成24事務年度監督方針が公表されましたが、同監督方針には、重点項目のひとつとしてインサイダー取引への適切な対応が掲げられております。その金融庁の増資インサイダー事件解明のための並々ならぬ意欲が、本日の日経新聞2面「ルポ迫真」で報じられている野村證券(野村ホールディングス)社へのSESCの調査活動の内容から読み取れました。


増資インサイダー疑惑について、野村HD社は当初は楽観的な見方だったようで「問題はあるが、法的にはグレー」といった認識だったそうであります。SESCによる特別検査の後、第三者委員会による調査に委ねたところ、そこで解明された事実は、これまで社長が報告を受けていた事実とは異なったものとなり、社長は声を荒げて怒ったとのこと。

上記記事によれば、野村HDの経営陣は当初「社内処分で事足りる」と考えておられたそうですが、本当はそこにコンプライアンス上もっとも深刻な課題が横たわっているものと思われます。そもそも社内処分で済ませられる、ということは、その社内処分を受ける者だけが馬鹿をみる、ということになります。ほかの社員も同じことをやっている、私の(顧客への情報提供サービスという)営業努力で上司が成績を上げている、といったことが頭をめぐるのであれば、なぜ幹部社員や担当者が真実を上司に語るのでしょうか。私からすれば、自分の出世や家族の生活を守るために、「たいしたことはしていません」と報告することは当然なわけでして、組織としての野村HDを守るために自分が正直に社内処分を受ける動機など、ほとんど見当たりません。ましてや、社内処分の対象となるのが担当執行役員なども含まれるのであれば、(彼らにとって出世競争はそこで終わってしまうわけですから)到底社長に真実の情報が届くはずはないのは自明のことであります。

上記記事で興味深いのは、MOF担(大蔵省との交渉役)経験のある会長と、経験のない社長との間で、インサイダー取引リスクに関する温度差があったことであります。会長は4月の時点で金融庁の本気度を認識していた、つまり野村HDが有事に至っていることを肌で感じていたようで、的確に金融庁の意向をくみ取ることになります。残念ながら、社長さんはこの有事意識を共有していなかったために、部下から上がってくる情報をもとに「法的にはグレー」との甘い認識を持ち、その情報の確度を疑わなかったものと思われます。もし疑惑発生当初から経営執行部が有事意識を共有していたとすれば、部下から上がってくる情報のバイアスを(リスクとして)感じることができたのではないでしょうか。つまり社内処分で済ませられるほどの個別社員の特殊事情に基づくインサイダー事件ではなく、組織に蔓延している構造上のインサイダー許容風土に要因があることに思いを巡らせることができたのではないでしょうか。これは決して社長さんに責任がある、などと申し上げているものではなく、社長さんはたとえ有事に至っても、会社を背負っていくためにやらねばならない「日々の課題」が山積しています。まさにリーマンショック以降の経営立て直しに頭がいっぱいだろうと推測されるのでありまして、インサイダー問題など、頭の隅っこにほんの少し思い悩んでいる程度のことです。その隅っこの問題がいかに大きなことなのかは、誰かが口に出さねば社長は有事意識は持てないだろう……ということではないかと。

7月26日に野村HDの社長さん、最高執行責任者の方々は辞任会見を開くことになりましたが、金融担当大臣は、同日の記者会見で「野村の自浄能力は概ね認められた」と述べています。つまり、社長さんはインサイダーとリーマンショック後の経営責任とは別だといった意味で会見したにもかかわらず、金融庁側は、インサイダーの責任をとって辞任したのだ、と受け止めています。いくら「風通しのよい企業風土」を目指すといっても、組織や他の社員の問題を背負ってまで(つまり自分が犠牲になってまで)社員が真実をトップに語るものと考えるのは甘すぎると思います。第三者委員会が迫ったような、組織構造上の問題まで遡った原因究明を、社内調査の段階で徹底するトップの意欲が社員に伝わらない限り、自浄能力が発揮されることはないものと考えています。今回は行政当局がステークホルダーとして登場してきますが、これを一般国民に代えて考えますと、昨年の九電のやらせメール事件にとてもよく似た構造ではないかと思います。社内の常識と社外の常識が食い違っている……ということに、社内のだれが気づき、それをいつ口に出すのか、これこそ不祥事対応の明暗を分けるポイントになるケースが多く見受けられるようになりました。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年8月29日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。

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