二つの反論と二つの謝罪 --- ヨハネス 山城

2013年06月06日 06:00

従軍慰安婦問題。飛田新地の料理組合の顧問弁護士出身という市長のおかげで、だいぶ論点が煮詰まってきたな。「飛田新地って何ですか」という人に教えたる。赤貝料理が名物の地域。これ以上はアゴラの品位に関わるから、興味のある向きは各自で研究してくれ。


さて、今回は謝罪と主張いう方向から論点を整理してみよう。日本国は何を謝るべきなのか、逆に何を主張すべきなのかということや。これまでアゴラの記事やらコメントやらを読ませてもらった上で言うと、この話は、次の二つのポイントに集約できると思う。

一つは、慰安婦自体の存在。つまり、戦場で買春することの意味や。もう一つは、慰安婦を適性に処遇できたのか、という管理責任の問題や。この二つの立場をごちゃごちゃにすると、謝罪にも反論にも説得力がなくなる。

まずは、よくある反論を整理してみよう。「慰安婦には軍による強制性はなかった。業者が悪かった」という主張がある。いわば業者責任論やな。ところが、この立場では、「軍にとって戦場での買春は必要悪」とは言えなくなる。あくまで兵士個人と業者との問題やからな。

それに、悪辣な慰安所業者がいたなら、そんな所に出入りしたり設置に協力したりして、皇軍の威信を傷つけた者の責任は、厳しく追及されるべきやろう。慰安所利用の事実が明らかになった者は、恩給を減額するとか、靖国神社の合祀対象から排除するというのもアリや。みっともなさはA級戦犯の比ではないからな。

別のタイプの反論に、「どこの国でもやっている」という、いわば必要悪論というのもある。この立場に立つと、今度は、「業者が勝手にやった」とは言えなくなる。

必要なことやったら、軍が適性に管理をするのは当然やろ。たとえば、各慰安所に日本側の担当者を置き、業者に目を光らせておく。女性一人一人に定期的に面接して、適性な待遇なのかどうかをチェックする。

この程度のことは、やろうと思えばできたはずや。性病検査のほうは一応していたらしいからな。実際、どこの国の軍隊でも、特に衛生面には神経質になっていた。兵舎に性病が蔓延したら、いずれ戦闘能力にかかわってくるからや。

ドイツが、日本よりも多くの慰安所を抱えていたのに、、問題があまり表面化しないのは、こういう点がしっかり出来ていたからなのと違うかな。詳しいひとがいたら、諸外国のケースをコメントしてほしい。

しかし、こういうことをオオヤケにしてしまうと、軍の品位にかかわるというのもわかる。戦地に夫や父を送っている国内の家族には説明しにくい話やろ。

元飛田弁護士の橋下はんが慰安婦必要悪論の立場に立つのは、考えてみれば当然や。在日米軍に風俗店を勧めるというのも発想は同じ。それなりに筋は通っておる。ただし、こういう了見なら、「女性の人権」などと体裁の良いことは言わんことや。女性票欲しさに誤魔化そうとするから、墓穴を掘るはめになる。

以上を、まとめて言えば、必要悪論と業者責任論とは両立しないということなるな。これは、謝罪する側もかかえる矛盾や。河野談話が変な形で「強制性」にふれて物議をかもしているのも、ここがポイントや。

慰安婦の存在自体を絶対悪と言ってしまうと、「ちゃんと管理しなかったこと」の謝罪はしにくくなる。だから、曖昧な形で強制性に言及して、そこを謝罪の基点(理由とまでは言いにくいが)にしている。けれども、本気で、強制性を謝罪するつもりなら、自分の意思で慰安婦になった人はどう扱うのかを、別に明言しておくべきやろう。

騙されて連れてこられた人や無理矢理連れてこられた人(いないという証拠もない)にしてみれば、稼ぐつもりできた職業的な売春婦と同等に扱われるのは、本意ではないやろう。逆に、筋金入りの娼婦なら、強制性を強調されるのは別の意味で腹の立つ話や。「騙されるか強制されるかでもしないない限り、まともな女性は慰安婦なんかぞにはなりませんよね。」と、わざわざ言われて、うれしいはずがないがな。

つまり「私の処女を返してよ」と泣く人と、「やることやったんやから、さっさと出すもの出さんかい」と怒る人とに同時に謝ろうとするから、矛盾が発生する。前者には「あなたの人生に拭い去れない汚点を残したことを悲しく思う」と謝るべきやし、後者には「遅くなったけど、それなりのカネは払うで」と言うしかない。今の謝罪の方法では、これらをゴッチャにして、怒りの火に油を注ぎかねないことになっていると思う。

慰安婦問題に限らず、こういう売買春自体にかかわる矛盾は、agoraで人気絶頂? の内田樹センセがよく解説してはる。

「慰安婦を使ったこと」と「ちゃんと管理しなかったこと」のように、日本の戦争責任に、矛盾する二つの「反省点」が混在することは、他にもたくさんあると思う。「植民地支配をしたこと」と「ちゃんと植民地管理ができなかったこと」、「軍事侵略したこと」と「軍の非行や暴走を管理できなかったこと」、そして究極は、「戦争を始めたこと」と「負けたこと」や。

こういうネジレは、ドイツなんかとの大きな違いや。「ユダヤ人を虐殺したこと」を謝罪するときに、「ちゃんと収容所の管理をしなかったこと」は論点にはならない。戦争責任自体の話も、侵略意図が明確な分、謝罪に腰が据わるという構図が出来る。やったこと自体は日本より余程酷いんやから、変な話なんやけどな。

ちなみに、慰安婦の中には、これまでの話とは全然別のタイプもおったらしい。職業的な娼婦が、「私のような者でもお国の役に立てるなら」と志願した例の話や。もし、国としてこういう人に謝罪するとしたら、最大の理由は「待遇」でも、いわんや「強制」でもなく、「敗戦」やろ。

負け戦というものは、とばっちりがあらゆる方面に拡散する。近隣諸国にかけた迷惑の中にも、負けたことが最大の原因、というのものがかなり含まれておると思うがのう。

ヨハネス 山城
通りがかりのサイエンティスト

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