サムスンショックが警鐘したスマートフォン戦線の変化とその教訓

大西 宏

先週末の7日に、サムスン電子株価が一日に6%以上も下落し、時価総額が224兆ウォンから210兆ウォンへと一日に14兆ウォン(約1.2兆円)も減少したことが報じられていました。朝鮮日報によると投資銀行のJPモルガンがギャラクシーS4の販売量が急速に減少しており、今年のギャラクシーS4の予想販売台数を8000万台から6000万台へと引き下げるリポートを発表したことが引き金になったようです。それに引きずられて韓国総合株価指数(KOSPI)は1.8%安、店頭市場のコスダック指数も2.43%安となり韓国ではさぞかし緊張が走ったものと思われます。
【社説】外資証券のリポートだけで混乱した韓国株Chosun Online | 朝鮮日報 :


チャートの青線がサムスン、赤線がKOSPIの推移です。
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投資銀行のJPモルガン1社のレポートで市場が大きく動くということは市場の繊細さを感じさせますが、さまざまな機能を盛り込んで、鳴り物入りでデビューし、日本ではドコモがツートップとして押し出したギャラクシーS4が想定したよりも伸びていないことは、スマートフォン市場のステージが変わったことを物語っているように感じさせます。

どのように変化してきたのでしょうか。

スマートフォンの第1ラウンドは、2007年に米国で登場したiPhone、その翌年に日本をはじめ世界の22地域でiPhone3Gが発売されたことで幕が切って落とされました。それを追うようにグーグルのAndoroidスマートフォンが登場して来ました。
第1ラウンドの最終勝者は3社です。OSの普及ではグーグル、ハードの販売台数ではサムスン、利益ではアップルです。そしてわずか4~5年でこの決着がついたのです。他は、局地戦でしか生き残ることができなくなってしまっています。

アップルの株価がこの4月にピーク時の35%下落し、さらにそれに続くように、スマートフォン販売台数チャンピオンのサムスンに株価下落の冷水が浴びせられたことは、市場がスマートフォン市場が第1ラウンドの終了を嗅ぎ分け、第2ラウンドの行方を見ていることを感じさせます。

スマートフォンの第2ラウンドの競争はどのようなものになってくるのでしょうか。

すくなくとも、2つの競争が起こってきます。ひとつは、途上国市場をどこが開拓するかの主導権争いです。もうひとつは先進国市場でどれだけアプリやコンテンツなどの経済圏の価値を高めていくかをめぐる主導権争いです。つまり利用・活用の価値競争です。

途上国市場は、高額な自動車のように富裕層向けのビジネスを展開していけばいいというものではありません。富裕層や人口が伸びてくる中間層への普及を狙っていては普及のスピートに間に合いません。焦点はBOP市場、つまり経済のピラミッドの底辺の人口がもっとも多い低所得層へどこが普及させるかの競争になってきます。

先進国市場では、製品そのもののコンセプトが成熟してしまうと、いくら技術を注ぎ、製品の性能や品質をあげても、あるいは新しい機能の足し算を行なっても、市場の成長を促せないどころか、ユーザーが価値として認めないために、競争激化のなかで価格下落が起こってくることは液晶テレビが嫌というほど証明してくれました。

その歯止めをかけることができるかどうか、またビジネスを成長させていけるかどうかが、魅力的なアプリやコンテンツをどれだけ集積させているかです。固定的なユーザーをどれだけ抱えているかの勝負になってきます。

普及期が終わると、市場は買い替え需要に移っていきます。そうなってくると、浮気しないで同じスマートフォンに買い替えてくれるロイヤルユーザーをどれだけ抱えているかで利益も決まってくるからです。

それを支えるのは機能の向上というよりは、どれだけそれぞれのプラットフォームにアプリを開発してくれる企業を集める魅力や吸引力があるかどうかのほうが効いてきます。

この点では、今のところアップルが優位を保っています。コンテンツやアプリの販売額ではまだグーグルはアップルに追いついていません。販売台数では圧倒してきているアンドロイドですが、ASYMCOによれば、一台あたりにダウンロードされ、アプリまたインストールされたのはアップルのiOSが平均83に対して、アンドロイドは53とまだ開きがあります。

先進国の代表格の米国で、コムスクエアの調査では、伸びてきたアンドロイドのシェアが昨年11月をピークにわずかながら落ちてきており、むしろ勢いを失って冴えないとされているiPhoneが今年にはいって、昨年末の36.3%から5月には39%へとシェアをあげてきていることはそのひとつの兆しかもしれません。
2013 U.S. Smartphone Subscriber Market Share – comScore, Inc :

この時代の変化が激しいことを見せつけられているようなスマートフォン市場ですが、そこで注目しておきたいのは、朝鮮日報が指摘しているように、サムスンの営業利益の74%はスマートフォンの事業が稼ぎ、しかも韓国の上場企業全体の営業利益のおよそ30%をサムスンが稼ぎ出しているという構造です。あまりにもスマートフォン偏重の構造は韓国経済にとっても大きなリスクになってきそうだということです。
サムスン電子株暴落、スマホ偏重の危うさ露呈Chosun Online | 朝鮮日報 :

日本は、かつては世界を席巻していたエレクトロニクス産業が惨めなほど敗北してしまった厳しい現実がありますが、幸いな事に産業の裾野の広さが日本の経済を支えています。

しかし、まだまだ日本には「ものづくり」の技術さえ極めればなんとかなるという神風特攻隊的な神話が根強くのこっています。またマスコミも無責任にそれを煽っています。
スマートフォンは、さらに製品が成熟してくると、「ものづくり」の技術だけでは、市場の限界の壁を突破できないことを示し始めています。

必要なのは新しい価値をいかに創造していくかで、「ものづくり」の技術もその一翼を担うことは間違いないにしても、「ものづくり」の技術という豪速球さえ投げればバッターの三振を取れるというものではないのです。