ウクライナ情勢で安倍政権が開くべき、あたらしい世界平和への道

2014年03月08日 15:29

ウクライナ情勢で安倍政権は曲がり角にぶち当たっている、難しい情勢に追い込まれている・・・というような報道を最近よく見ます。

安倍政権の「ロシア寄り」の態度が欧米のメディアから批判されているとか、そのうち安倍政権は発足以来の態度を根本的に改めなくてはならない情勢に追い込まれるだろう・・・というような、まあある種のアンチ・安倍的な立場からの「期待」的なものも感じます。

「そこのアベとか申す者、控えおろう!恐れ多くもアメリカ様と国際世論様のお通りであるぞ!頭が高い!」

という感じです。

しかし、思うに

その「安倍政権の立場の難しさ」自体は、彼らの優柔不断さや能力のなさや本性の邪悪さゆえ・・・・ではなくて、「今の世界の難しさ」そのものがただ素直に反映されているだけ

といっていいので、だから

「難しいなあ」ということ自体を認めていけば、そこから新しい世界平和への道も生まれる

だろうと私は思っています。


要するに、今回の件は立場によってどうとでも見れる正義があるってことですよね。

そりゃあ、今の時代に武力で国境線を入れ変えようとするロシアの態度はよくないです。その一線は譲れない。

でもじゃあ、そもそも最初のクーデターは「合法」なのか?とかね。それを「扇動」した立場の人は西側に全然いなかったんだろうか?とかね。

あと、ロシア系住民が多い地域からしてみれば、「俺らにとってそんなに大事なことを、首都周りだけの奴らの非合法クーデターで勝手に決められても困るんだけど?」という気持ちがあるのは、ある種当然かと思います。

私は寛容の精神と共感的連帯の正義を信じる左翼的人間でありますから、そこをムゲに無視するなんてことは、ちょっとできませんねえ・・・。彼らには彼らの人生も彼らの正義もありますしね。

まあ、そういうのも踏みにじって生きていても平気な人たちも、世の中にはたくさんいらっしゃるみたいですけど!

繰り返しますように、そうは言っても、武力を使って他国に介入して、国境線を変えようとしたりとか、そういうことをするのはよくないです。そんな前例を作ったら本当によくない。

だから、基本的に、欧米寄りの、「現在の世界秩序」の延長としての立場への賛同を日本も表明せざるを得ない。

でも、そこに「感情的問題」や「根底的なアンフェアさ」が無いわけじゃない・・・ってことは、当然マトモな感性と知性がある人ならだれだってわかってるはずです。

そこへの「共感」があることは、むしろ正常な良識を持っている人間の最低限の条件と言って良いぐらいではないでしょうか。

と、言うわけで、今回の安倍政権の、

「とりあえず欧米諸国の秩序に参加することを表明し、ロシアへの自粛を求める」という公式見解と、それを「表明するにあたっての菅官房長官の煮え切らない仏頂面」という組み合わせ

という解決策のモードは、21世紀のあたらしい世界平和への道を開く

最大限の貢献の道

ではないかと私は思います。

将軍徳川綱吉は、忠臣蔵の赤穂浪士に切腹を命じておきながら、しかし「武士としてアッパレである!気持ちは痛いほどわかるぞおおお」という風なことを「影で言った(とか言わないとか)」とか言うあたりの存在が世界のどこかにいてくれないと、全力で自分だけの正義をぶつけあってるタイプの無粋な人たちしか世界にいなかったらほんと世界平和なんて夢のマタ夢ですからね。

そしてそういうのは、「悪法も法だ守らねばならない」的に、「ギリシャ正教」地域のメンタリティ的に「わかってもらえる可能性」があると私は思います。イタリアより西の「脱臭脱色」された世界じゃないワレワレならわかる世界みたいなのが。

そういう「公式的立場としては欧米よりでありながら、非・欧米諸国としての心情的親和感をシッカリと維持しておく」・・・という存在がいて、「全力で否定しあっている両大国の対立」をなんとなく緩和できれば、大国同士のメンツの張り合いではない形での、「ウクライナの人たちにとっての最適解」を模索する動きに物事を誘導していけるはずです。

そういう態度の中から、

「グローバリズム的に本当のダイバシティを根こそぎ踏み潰していく流れ」への対抗ムーブメント

を起こしていきながら、しかも

それがただのテロや核開発や・・・といった「誰にためにもならない暴発」につながらないようにする

という、

現在の世界の問題を止揚的に解決しようとする、まったくあたらしい21世紀の国際平和への道は生まれる

でしょう。

世界経済の発展において、いわゆる「西側先進国」以外の存在のボリュームが増していくということは、要するに今まで「普遍的で唯一の正義」扱いだったものが、しょせんは「世界全体から見るとただほんの一部の人たちの内輪のセクト的言論に過ぎなかった」ことがどんどん明らかになっていく時代ですよね。

それでもワレワレが、あくまでその「セクト的な理想主義」の中に本当の価値を見出そうとするなら、ただゴリ押しに押し込むだけじゃなくて、「その外側にあるもの」を「内側」に繰り込んでいくための特別なしくみが必要なはずです。

そんなわけで、色々と難しい状況ではありますが、安倍政権にはこのまま我が道を突き進んでいただきたいです。(最近の彼らの諸政策には、サヨク的感性を持つ私としては着いていけない部分もあるんですが、しかしその「やりすぎ」の責任はむしろ、彼らがちょっとでもスキを見せるとまたどこにも希望がないグダグダの中にひきずりこんでしまう情勢の方にあると思います)

そして、ここでは詳しく述べる紙幅がありませんが、「その道」をブラッシュアップすれば、今までとは全く違う形での「東アジアの平和」も実現可能です。→それについて書いたブログはこちら「日中韓が心の底から仲良くなる方法」

また、そういう「現代社会がナチュラルに踏み潰してしまっている感情問題」に目を向けて行こうとすることは、変な形で暴発させるとそれこそファシズム政権に繋がったり、「アラブの春」の後にまとまったリーダーシップを取れる存在が宗教原理主義者しかいなくなって、余計に「普通の人」にとって望まない社会運営になってしまう・・・というような問題にも繋がりがちです。(だからこそ欧米諸国の危惧の表明もそれなりの意義はあるわけですよね)

だからこそ、その「共感の輪を広げていった感情」を、ちゃんとマットウな経済の中で具現化する「具体的な運営ビジョン」も必要ですよね。

それについては、新著「日本がアメリカに勝つ方法」をぜひお読みください。その「概要」にあたる序文はこちらのブログで読めます。

倉本圭造(経営コンサルタント・経済思想家)
http://keizokuramoto.blogspot.jp/

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