金正恩氏を悩ます「悪夢」の正体 --- 長谷川 良

2014年07月08日 10:39

北朝鮮最高指導者・金正恩第1書記の祖父、故金日成主席と父親金正日総書記は「悪夢」に悩まされていた。冷戦時代の終焉を告げた旧東欧諸国の民主改革、特に北と親交が深かったルーマニアの二コラエ・チャウシェスク大統領夫妻の処刑シーン(1989年12月25日)は故金主席と故金総書記の「悪夢」となった。特に、金総書記は処刑画像を観て震え上がったともいわれる。


祖父・父親の2代が悩まされた「悪夢」は独裁者がその晩年罹る病といわれる。その悪夢から解放されるために一層、強権をふるい、国民や反体制派活動家を粛清していくのが通例のコースだ。そして金王朝の3代目の金正恩氏も既に「悪夢」に悩まされているというのだ。昨年粛清した叔父張成沢氏が夢に出てくるという話ではない。米海軍特殊部隊(Navy SEALs)がある日、平壌を襲撃し、金正恩氏ら指導者を抹殺するという「悪夢」だ。

米海軍特殊部隊は2011年5月、パキスタンのカイバル・パクトゥンクワ州アボタバードで「アルカイダ」指導者オサマ・ビン・ラディンを殺害した。あれから3年が過ぎた。金正恩氏は当時、父親金総書記の下で後継者の道を歩んでいたが、米国から流れてきたビン・ラディン殺害映像は金総書記ばかりか、金正恩氏の脳裏にも深く刻印されたはずだ。すなわち、ビン・ラディン殺害シーンは金正恩氏にとってチャウシェスク大統領処刑シーンと同じ影響を若い独裁者に与えたというわけだ。

金正恩氏の恐れは決して根拠のないものではない。非常に現実的なシナリオだ。オバマ米大統領は当時、パキスタン政府に事前に通告せずにビン・ラディンを殺害した。テロ指導者の居所を把握し、完全に隠密に殺害計画を履行した。米国の情報力、軍事力、技術力は飛びぬけている。スパイ衛星が24時間、北の動向、特に、核関連施設の動きを追っている。それだけではない。世界を驚かせた米国家安全保障局(NSA)が北指導者の言動、通話を完全に掌握しているとしたら、金正恩氏が対抗できる手段は皆無といわざるをえない。賢明な独裁者金正恩氏は自分が置かれている状況を理解しているはずだ。

金正恩氏暗殺を題材とした米コメディ映画「ザ・インタビュー」の予告編が先月紹介されると、北外務省報道官は「わが国の転覆を狙ったテロ、犯罪行為だ」と異例とも思える激しい論調で批判している。一種のパニック反応だ。それも金正恩氏の状況を考えれば、当然かもしれない。繰り返すが、米オバマ政権はその気になればいつでも金正恩政権を崩壊させ、独裁者を抹殺できるからだ。

オバマ大統領の外交に対し国内外の批判が強い。シリアやウクライナ危機、そしてイラク情勢への対応について、国内では野党の米共和党。そして欧州では同盟国から「指導力のない米大統領」といった酷評が聞かれる。しかし、オバマ第一次政権で国務長官を務め、次期大統領選に意欲を見せているヒラリー・クリントン女史はその新著の中でビン・ラディン殺害決定を下したオバマ大統領の指導力を高く評価しているのだ。オバマ政権では当時、ビン・ラディン暗殺計画で賛否両論があったという。

アルカイダ指導者殺害計画で見せた決断力をオバマ大統領が金正恩政権打倒計画で再び見せるかもしれない、といった憶測が完全には消えない。なぜならば、先述したように、米国は必要な全ての能力を保有しているからだ。独裁者は自身の命運を脅かすものが何かを本能的に知っている。金正恩氏の場合、米海軍特殊部隊の奇襲だ。中韓の接近、アジア支配への米中間の歩み寄り、ないしは何らかの妥協が成立すれば、北朝鮮の戦力的価値は低下することは必至だ。金正恩氏の「悪夢」は日々、現実性を帯びてきているのだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2014年7月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。


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