ピケティ『21世紀の資本論』とカウボーイ:文化的考察(その1) --- 宮本 陽子

2014年10月28日 18:57

フランス人やドイツ人はアメリカの自由市場資本主義、「カウボーイ資本主義」を嫌う。その中でもトマ・ピケティは、殊に辛辣な批判者である。ピケティは数学と経済学を専攻し、パリの高等師範学校とロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで22歳にして経済学博士号を取得し、その後3年間MITで経済学の助教授を勤めた。しかしアメリカの経済学は視野が狭くてつまらないとしてフランスに戻った。アメリカの近代経済学は数学モデルに「子供じみた」執着するとまで言う。(『21世紀の資本論』序章)ピケティは協力者アンソニー・アトキンス、イマニュエル・サエズと共に十五年をかけて、過去250年の各国の富の配分に関するビッグ・データを集積してきた。その膨大なデータの分析をもって、『21世紀の資本論』は自由市場資本主義の正当性そのものに挑戦している。


世界金融恐慌が進行していた2008年の11月、W.ブッシュ前大統領はG20サミットで「自由市場資本主義は単に経済学理論ではない。それは社会流動性のエンジンであり、アメリカン・ドリームへの王道なのだ。自由市場資本主義こそがアメリカを荒れた辺境から歴史上最大の経済にしたものである。この国は蒸気船、飛行機、コンピューター、CATスキャン、そしてiPodを世界に提供した…自由市場資本主義は時間、空間、文化、宗教に関わらず有効性を示してきた。二、三ヶ月の危機で60年の成功を蔑ろにするのは大間違いだ」と主張した。

ブッシュが上に要約している政治イデオロギーとしての自由市場資本主義は、レーガン大統領がミルトン・フリードマンを顧問として以来、アメリカの経済政策と導いてきた。冷戦期に生まれた自由市場資本主義の裏には、アメリカ=善=信仰=自由=資本主義対ソヴィエト=悪=無宗教=中央政府によるコントロール=マルクス/社会/共産主義という思想構造がある。政府の役割について意見の差はあるとは言え、これは支持政党に関わらず、アメリカ人一般の信じてきたイデロギーである。しかし世界金融恐慌後、自由市場資本主義がその約束に反して金持ちばかりを利しているのが、あまりに明らかになった。

世界金融恐慌後、近代経済学は地球温暖化や社会格差といった実社会の問題を考えていないという批判が学生、教授達から改めて噴出した。億万長者の投資家ジョージ・ソロスが出資して始まった新経済思想研究所(Institute for New Economic Thinking)は、歴史や行動経済学、実社会のデータなどを含む新しいカリキュラム(CORE)を組み上げ、今年からロンドン、パリ、ニューヨーク、ボストン、ブダペスト、シドニー、バンガロアのキャンパスで導入する。

フリードマンは「経済理論はその想定が現実的かどうかではなく、その予測の正確さによって評価されるべきだ」と述べたことで有名だが、自由市場資本主義は世界金融恐慌を予測できなかった。それにも関わらず、自由市場資本主義が相変わらず幅を効かせるのに不満を抱いてきた人は多い。しかし自由市場資本主義の根本的問題点が何なのかは明らかにできていなかった。

そこへ現れたのがピケティである。自由市場資本主義は社会流動性のエンジンであり、アメリカン・ドリームへの王道だという主張の根拠であるクズネッツ・カーヴ論を、ピケティは反証した。自由市場資本主義は単なる金持ち優遇擁護論になっているという人々の直感を、彼はデータ分析で裏付けたのである。

(その2)に続く。

宮本 陽子
歴史研究者(無所属)
オーストリア・ウィーン大学歴史学博士(D.Phil.)
シカゴ在住
ホームページ:Demystifying Confucianism

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