ニュースが少なくなった理由

2015年07月13日 11:24

最近、ニュースが少なくなったと感じている人が案外多いのではないでしょうか?メディアの主たる注目はギリシャ、中国の株式市場でそれらの情報もいったいいつ明白な結論が出るのか、あるいは方向性が出るのか実に読みにくくなりました。国内に目を転じれば新国立競技場の問題が毎日のように出ていますが、逆にそれ以外のニュースがないともいえるのです。

例えばアメリカから最近声が聞こえてきません。オバマ大統領の名前を新聞やメディアで見出す日がめっきり減っています。レイムダックとなった大統領に決められることが限られるからでしょうか?キューバとの国交回復も大きく取り上げられているとはいいがたいものがあります。FOMCのイエレン議長が示す金利引き上げタイミングもずるずると先送りされ、なかなかそのタイミングがやってきません。

安倍首相は「経済の安倍」と自称するほどでしたがその人気もピークを過ぎ、向かい風の中でもがいているように見えます。アベノミクス三本目の矢はどうなったのでしょうか?長期的な視点に立ち、構造改革をするはずでしたが、矢は折れてしまったのでしょうか?

透明化と民主化が生み出すボイスとボイスのぶつかり合いが世の中の主導力を失わせているとしたらどうでしょうか?

習近平国家主席は敵対する要人を次々に排除する政策を進めています。最高人民法院の奚暁明副院長を重大な規律違反で調査していると発表しています。多くの人は「またか」と思っているでしょう。習近平国家主席は延々とこれを続けるのかもしれません。その時、国家には覇気がなくなり成長の糧を同時に失うことになるかもしれません。しかし、習国家主席としてはもはや戻れない道なのでしょう。

朴槿惠韓国大統領。この方も苦戦が続いています。大統領就任から今日に至るまでほぼ防戦状態でした。支持率は確実に下がり、経済は悪化しながらも中国とアメリカの両面作戦で色が出せない政策を続けています。これも国民からのボイスが強烈過ぎて前に進めないといった方が正解です。

ギリシャ問題を決めるのになぜこれほど手間暇がかかるのかといえば、ユーロ圏では皆で決めなければ何一つ重要なことが進まないその仕組みにあります。ですから今は歩を一歩進めるにも皆で集まって会議をしなくてはいけません。いくら欧州内は日帰り圏だとしてもトップクラスが年中その会議に時間を費やさねばならないとしたら国内問題を放置しているとしか思えません。これでは本末転倒なのにその声は何処からも出てきません。

英語ではこの状態をスタックしている(stuck)と言います。We are stuck といえば我々は行き詰っているという意味になりますが、グローバル化の最大の問題はこのどん詰まり状態のことをいっているともいえないでしょうか?これは逆に地球儀ベースで見た場合、物質文化と情報だけが隅々までいきわたるようになり先進国が地球を引っ張るというスタイルから大きく変貌したことにその理由を見出すことが出来ます。

これは指導者としての能力を持つ人もグローバル化で色が薄まりやすいことになってしまいます。私はその典型的例は「北アフリカの春」と呼ばれる民主化運動で政権が民衆の声によりひっくり返ったことだと思います。しかし、政権をひっくり返すことは出来ても新しい国を作るボイスは一つにまとまらず、うまく行っているとはいいがたいものがあります。

これはより普遍的な回答を求め、賛成と反対が交錯し、事態が進展しないともいえます。私はこれが物事が進展せずにニュースが少なくなりつつある原因の一つではないかとみています。TPPもずいぶん時間がかかっています。そろそろまとまりそうな気配もありますが、このタイミングを逃すとオバマ大統領のレガシーにならなくなってしまう恐れすらあるかもしれません。

この世の中の流れはどうにも変えられません。我々はpoint of no return(帰還不能地点)にいるともいえます。この流れが変わるときがいつかは来るでしょう。それはグローバルからローカル重視という視点に変る時です。地球儀ベースの発展よりこの街、この村の行く末という視点に戻るときは必ず来ます。それはグローバル化に対する人々の疲れからの振り戻しとも言えるでしょう。

今はグローバル化がはやり言葉の様にさえ使われますが、その弊害が少しずつ見えてきたような気もします。

今日はこのぐらいにしておきましょう。

岡本裕明 ブログ 外から見る日本、見られる日本人 7月13日付より

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