チェコ大統領がなぜ、中国抗日式典に? --- 細田 尚志

2015年08月26日 00:56

中欧に位置するチェコ共和国という国をご存じでしょうか。数々の歴史的建築に彩られた「百塔の街」プラハを首都とする、北海道より少し狭い国土に1050万人程度の人々が暮らす国です。日本では、ビール生産に欠かせないチェコ産ホップや、艶美なカットが魅力のボヘミアン・グラス、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団に代表されるクラッシック音楽や「もぐらくん」等のアニメ等が有名で、一度は、その名を見聞きされていると思います。

また、歴史に造詣の深い方なら、1938年のミュンヘン会談で、ナチスドイツにズデーテン地方を奪われた揚句、翌年、保護領化されたり、ソ連による解放後に選択した教条的な社会主義体制を、人間の顔をした社会主義に改革すること目指した「プラハの春」改革を、1968年にソ連軍を中心とするワルシャワ条約機構軍に軍事的に弾圧されたりと、ドイツとロシアという大国の狭間で国運を左右されてきた悲運の小国としての印象や、冷酷な共産党一党独裁体制に対し、非暴力的手段で挑戦し続けた劇作家のヴァーツラフ・ハヴェルや東京五輪金メダリストのヴィエラ・チャースラフスカーといった反体制派の名前を思い出される方もいらっしゃるでしょう。

中国抗日式典へのチェコ大統領の出席

このチェコ共和国のミロシュ・ゼマン大統領(71)が、9月3日に北京で行われる予定の対ファシスト戦勝利70周年記念式典と軍事力パレードに、欧州諸国首脳としては、唯一、参加を表明したことで、EU内の共同歩調を乱し、冷ややかな目で見られる結果となっています。

ゼマン大統領は、5月にモスクワで行われた対独戦戦勝記念式典にも、スロバキアのフィツォ首相とともに数少ないEU加盟国首脳として参加し、ロシアによるクリミア併合に反発して参加を取りやめた欧米諸国の顰蹙を買った経歴があります(結局、この時は、式典には参加するが軍事パレードには参加しないという妥協策で事態を乗り切っている)。

中国は、この記念式典と軍事力パレードに世界各国の首脳を招待、その参加をもって、まさに米国の覇権を凌駕せんとする中国の偉大さを世界にアピールする晴れ舞台に箔を付けるつもりのようです。しかしトゥスクEU大統領(ポーランド大統領)やオランド仏大統領等の欧州首脳陣(メルケル独首相は招待されていないと報じられる)は、1989年の天安門事件や、昨今の中国による拡張主義的行動や軍拡に対する懸念から、同式典及び軍事パレードには参加せず、駐北京大使レベルの参加でお茶を濁すと報じられています。それにもかかわらず、なぜ、ゼマン大統領は、実権が少ない象徴大統領とはいえ、チェコに対するイメージ全般を悪化させてまで、この式典に参加しようとしているのでしょうか。そして、現在のソボトカ連立政権も、大統領の決定に理解を示しているのはなぜなのでしょうか。

チェコのしたたかな計算

本人は、モスクワ及び北京の式典への参加理由を、「ファシズムとの戦いに倒れた勇士たちの霊を慰め、ファシズムに対する勝利を祝うため」と述べています。それならば、EUの結束を乱さずに慰霊する機会や場所、時期は、他にもある訳で、その言葉を額面通りに受け取ることは出来ません。彼の参加意思の根底には、ロシアに対しても、中国に対しても、自国の経済的利益確保を最優先させるという現実主義的なアプローチと共に、「ブリュッセルの思う通りにはさせない」と意思表示することで、EU内で薄れがちな小国の存在感を確保・誇示し、国民の人気を確保しようという理由が垣間見えます。

1989年11月のビロード革命を契機とする議会制民主主義への体制転換や、1993年のチェコとスロバキアの分離以降、ハヴェル大統領時代を中心に、共産党による一党独裁体制に対するアレルギーや、中国における人権問題やチベット問題の解決という「正論」を前面に据えました。そのために中国企業のチェコ進出も数社程度と、他の旧東欧諸国と比較しても非常に少なく、中国との関係は良好とはいえませんでした。

2013年3月、右派候補との接戦を制した左派社民主義者のゼマン大統領が誕生すると、積極的に「北京詣」をし、中国からの投資と、チェコ企業の中国市場への進出を積極的に促進しています。つまり、イデオロギーや人権問題、拡張主義的行動や急速な軍拡に対する批判より、自国の経済利益優先の姿勢が明確になったのです。現在、中国系企業によるチェコ企業買収が増加し、中国から地方空港等のインフラへ投資が検討される他、中国企業との提携により、チェコ企業の中国市場進出を後押しする計画も盛んに協議されています。

過去、シュコダ重工の輸送機器やタービン、タトラ社のトラック、アエロ・ヴォドホディ社のジェット練習機、チェスカー・ズブロヨフカ社の機関銃等に代表されるチェコスロバキア製品は、社会主義陣営内では先進工業国という不動の地位を有し、旧ソ連や旧東側諸国、第三世界市場では、一定の評価を得てきました。しかし、半世紀にわたる社会主義から解放され、突如として曝された過酷な西側市場では、遅れてしまった技術レベルや低いネームバリューにより苦戦を強いられます。

結果的に、チェコ経済は、ドイツ経済の影響力下に置かれ、主要なチェコ製造業は、シュコダ自動車(フォルクスワーゲン)、小型トラック生産のアヴィア(大宇自動車→印アショック・レイランド)等、多くが外資傘下となるか、退場を余儀なくされました。故に、依然としてネームバリューを維持し、競争力を維持するBRICs市場、特に、中国市場を攻略することで、輸出依存度の高い国内製造業を成長させ、工業国としてのプライドを再構築したいのが本音なのです。

EUにもの申す中欧、中国接近のダイナミズム

他方、ブリュッセル主導の欧州統合やその深化に対し、チェコを始めとする旧東欧諸国は、EUインフラ基金等の恩恵を受ける一方で、農業政策に代表される様々な規制と関与に反感を抱き、大国の影で、小国の発言力と存在感が薄れて行くことに懸念を抱いています。冗談の様ですが、EUの規制は、卵の黄身の色や、加工乳製品の脂肪含有量にまで及び、それまでのチェコ標準が次々に否定されるなかで、チェコ国民の不満も高まり、ブリュッセルに物申せる政治家が人気を得る構造になっています。これは、ゼマン大統領の前任であるクラウス前大統領が、欧州懐疑派として、欧州統合拡大にかたくなに反発し、国内の人気を博したという歴史が物語っています。

中国の急速な軍拡や、南シナ海で人工島建設、尖閣諸島を巡る日中対立等は、チェコ国内でも報じられています。しかしチェコ社会の認識として、当然と言えば当然ですが、中国の脅威は、「遠い国の話」で直接的な脅威としては認識されていません。また、「ロシアも悪だが米国も悪で、好戦的で世界秩序を乱してきた米国やEU主要国の方が帝国主義的な分、ロシアの方がまだましだ」という意識が広く存在することにも注意が必要です。これは、2008年に米ブッシュ政権が欧州ミサイル防衛体制の一環として、チェコ国内にXバンドレーダー施設を建設する計画を発表した際に、国を二分する議論に発展し、世論調査でも、反対派が8割近くになったことに象徴されます。

現在、欧州諸国は、ロシアの軍事的脅威に怯える北欧や東欧諸国、イスラムテロや反イスラム運動に神経を尖らせる西欧諸国、北アフリカや中東から殺到する難民に危機感を抱く南欧や中欧諸国等、加盟国間の脅威認識のギャップが拡大しています。その変動期において、米国との関係強化を糸口に地域大国の道を進むポーランドやルーマニアとは対照的に、チェコのゼマン大統領を筆頭に、ハンガリーのオルバン首相、スロバキアのフィツォ首相という癖のある指導者が控えている中欧諸国は、比較的安定した安全保障環境も相まって、今後、自国の国益追求の為には、EU内の調和をも犠牲にする可能性が益々高まるでしょう。

そして、その隙を突いて、中国が、欧州でも、金と物量にものをいわせて、その影響力を拡大しているのです。そんな中国に取り入るために、本心とは裏腹に、式典参加を手土産に、皮算用している国は、チェコ以外にも、世界には、幾つか存在するように見受けられます。しかし、その程度の関係は、「金の切れ目が縁の切れ目」です。

中国は、なぜ世界各国を、自国のソフトパワーや普遍的価値で惹き付けることが出来ないのか、なぜ信頼し得る同盟国が獲得できないのかを、真剣に考えてみる必要があるのではないでしょうか。

細田 尚志
チェコ・カレル大学社会学部講師、1972年生まれ、カレル大学社会学部講師(安全保障論)、チェコ外務省研修所客員講師(アジア・太平洋地域の安全保障情勢)。(財)日本国際問題研究所研究助手、在チェコ日本国大使館専門調査員を経て、2007年より現職。2009年よりチェコ日本商工会事務局次長も兼任。

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