靖国神社のこと

2015年11月28日 01:12

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首相や大臣の靖国神社参拝を憲法20条第3項「国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教活動もしてはならない」との関連で憲法違反と主張する人もいるが、単なる参拝を宗教活動と見るのは無理があろう。この問題はせいぜい政治的適不適の問題にとどまる。

靖国神社がつくられた最初の意味は、尊皇倒幕のために非命に斃れた人々及び官軍として戊辰戦争に殉じた人々を護国の神として祀ることにあった。明治以降は対外戦争を前提として徴兵制度を心理面で支える施設として機能したのであるから、敗戦と国軍及び徴兵制度の廃止に伴い靖国神社はその使命を終えたのである。

したがって小泉首相が嘗て言ったように「不戦の誓い」をするのにふさわしいところとは思えない。小泉首相は、その上「心ならずも戦死した人たち」という言い方をしたが、それでは英霊も浮かばれまい。彼らはすすんで国難に殉じたからこそ英霊として祀られているのであって、いやいや戦地におもむいたのでは神となる資格はないのである。

「A級戦犯」合祀問題について。
東京裁判は裁判に名を借りた勝者の復讐の儀式であるので、合祀されている人が戦犯かどうかは日本人としては問題とするに足りない。(戦勝国である中国が問題視するのはまだしも、戦勝国ですらない韓国が騒ぎ立てるのは笑止である)。
ただ死刑判決を受けた7名の中広田弘毅を除き東条英幾以下6名及び獄死した梅津美治郎、小磯国昭、永野修身らはいずれも陸海軍の高位にあって靖国に祀られている兵士を戦地に駆り立てた当事者であって、決して徴用された兵士ではない。ここに合祀された陸海軍の将帥の霊にとって靖国神社が安息の地であるとは思えない。まして刑死した広田、獄死した東郷茂徳、松岡洋右、白鳥敏夫ら文官を合祀するのは筋違いと言わざるをえない。

2006年7月に公表された富田メモのこと。
私は或る時に、A級が合祀され、その上、松岡、白取(白鳥の誤字)までもが、筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と松平は平和に強い考えがあったと思うのに、親の心子知らずと思っている 。だから 私あれ以来参拝していない。それが私の心だ。 
            以上「富田メモ」で昭和天皇の言葉なるものの引用

これだけでは、よくわからない。論点は二つある。
一つ、これは本当に天皇の発言であるかどうか
二つ、天皇の発言であるとして、A級戦犯一般が合祀されていることを問題としているのか、特に松岡(洋右)、白鳥(敏夫)の二人の合祀を問題としているのか。

第一の論点については天皇の発言であることは疑いない。
その根拠。天皇は、三国同盟を推進し日米開戦へのレールを敷いた平沼騏一郎、松岡、白鳥らを憎悪していた。天皇は、昭和16年独ソ開戦を見て、外相松岡自らが締結したばかりの日ソ中立条約を破棄し、ソ連攻撃を進言したことでいよいよ不信感を募らせ、首相近衛に松岡解任を求めたほどだ。

従って特に松岡、白鳥の二人を取上げて問題視するのは天皇以外に考えらない。
もう一つ、ここに出てくる人名がすべて呼び捨てであること。天皇は戦前も戦後も一貫して自分よりはるか年長の「臣下」をすべて呼び捨てにしている。

二つめの論点。これだけで、断定するのは困難だが天皇の心情に即して考えれば、さっき書いた理由で特に松岡、白鳥の二人の合祀を問題にしたのだと思われる。昭和天皇とすれば、この二人の霊に祈る気にはなれなかったに違いない。平沼がもし獄中死し、合祀されていれば彼の名前もあがっていたことだろう(実際には釈放後死亡)。

従ってあまり整理されていない口頭によるもので判りにくいが「A級戦犯が合祀されているので私は参拝しない」と天皇の発言を要約するのは正確ではないと思う。
外交評論家の岡崎久彦氏は嘗て産経新聞の正論欄で「天皇が人を特定してこんなあからさまな発言をするだろうか」とその信憑性に疑義を呈したが、彼は昭和天皇のことをよく知らないようだ。昭和天皇のあからさまな人物評は「昭和天皇独白録」等にも残されている。

青木亮

英語中国語翻訳者

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