宅配危機の裏側 ? ヤマト運輸の見事な“小池流”情報戦

2017年03月07日 17:30

ヤマト運輸の全面値上げを特報した日本経済新聞(3月7日付朝刊より)

世論分析を生業の一つ(個人会社の方)にしている身としては、ここのところの「宅配クライシス」問題について、あまりにもスムーズかつ急速に世の中に認知されており、ヤマト運輸の手際の良さが見事だと薄々感じ始めていたが、本日の日経朝刊で同社の長尾裕社長が単独インタビューに応じて27年ぶりに送料を全面的に値上げの意向を表明した。

さらに一連の危機の最大の要因であるアマゾン側に対する値上げ交渉に入ることも明らかになったことで、ダイヤモンドオンラインの窪田順生氏の連載「情報戦の裏側」の次回記事を待たずしても、勘のいいネット民が裏事情の思惑を鋭く指摘・推測する声が出てきた。

ここまでの流れは私も同感だ。日経は件の記事を含め、ここのところ「宅配クライシス」というワッペン(※新聞業界用語で言う連載などキャンペーン記事のタイトルロゴ)を銘打っているが、そもそも「宅配クライシス」というアジェンダが設定される契機となったのが、さかのぼること12日前(2月23日)の同紙朝刊一面トップのこの記事だった。

ヤマト、宅配総量抑制へ 人手不足で労使が交渉  (日経朝刊2017/2/23付)

ヤマト運輸の労働組合が2017年の春季労使交渉で初めて宅配便の荷受量の抑制を求めたことが22日、わかった。人手不足とインターネット通販の市場拡大による物流危機で長時間労働が常態化。「現在の人員体制では限界」として、要求に盛り込み、会社側も応じる方向だ。深刻なドライバー不足を背景に、広がるネット通販を支えてきた「即日配送」などの物流サービスにきしみが生じている。(有料会員のリンク先

ネット通販の市場拡大による宅配危機は近年、しばしば指摘されてきた。アゴラでも2月初め、出版道場一期生の宮寺達也氏が危機の要因である再配達対策を主張。NHKも1月30日に「ヤマト 人手不足と宅配増で人件費想定超え 業績見通し10%以上下方修正」という題の業績ストレートニュースを流しているが、これは散発的で、「火付け役」にはならなかった。大手メディアでも何度か問題提起されてはいきたが、「世の中ごと」にまでは昇華しなかった。

しかし、その2月23日の記事が出てから、事態は一変した。NHKと時事通信、共同通信が即日で追いかけ報道。この3社はいわば日本の記者クラブメディアの「スタンダード」なので、翌24日には朝日、産経なども後追いした。選挙と同じで一度アジェンダ設定に成功すると、事態はどんどん進んで行くものだ(昨年の都知事選で言えば小池陣営による「都議会冒頭解散」「都民ファースト」のアジェンダ設定に当たる)。

日経が勝負所で載せ始めた「宅配クライシス」

日本経済新聞(3月7日朝刊)より

ここから日経の独走が始まる。いわゆる日経記者に特ダネを提供する「日経リーク」だ。NHK と同じく業績記事は出していたが、1月31日から「瀬戸際の物流」と題した連載記事を展開し、日経記者とヤマトの関係が緊密になっていたとみえる。そして連載終了後に当該記事が出て、3月1日には社説「物流の革新で宅配の人手不足に対応を」を掲載。ただ、インパクトがあるのはストレートニュースの記事だ。翌2日の朝刊で、この記事が出る。

ヤマト、残業1割削減 総量抑制へ値上げも(2017/3/2付)

宅配便の便利さの追求に限界が迫っている。ヤマト運輸は1日、従業員の労働環境の改善を目指し、2017年度の残業時間を16年度比1割減らす方針を固めた。日本流のきめ細かなサービスが労働負荷を高めているため、事業のあり方を抜本的に見直す。荷受けの総量を抑制する値上げや配達の時間帯指定の廃止を検討する。一方、宅配ロッカーの整備などを推進し、消費者への影響を抑える手法も探る。

荷受の総量規制に加え、時間帯指定の見直しという記事は、消費者に与えた影響は大きい。もはや日経主要読者のビジネスパーソンの枠を超えて宅配便を使う老若男女すべてにインパクトを与える内容だ(むろん、これも日経リークの特ダネ)。前述の日経のキャンペーン記事のワッペン「宅配クライシス」もこの頃から紙面に載っており、社を揚げて「勝負所」に位置付けた記事だったとわかる。

奇しくもこの日夜のNHK「クローズアップ現代+」でも宅配クライシスを取り上げ、日経読者以外の層にも問題認識が一定度、広まってきたと考えられる。

“はやくて安い” ネット通販に危機が!? ~宅配サービス・過酷な実態~

その後もヤマト運輸の繰り出す「ネタ」は尽きない。豪速球の後は変化球だ。朝日と毎日が3月4日付で、未払い残業代の話を報じる。読売は夕刊で追いかけ、これも一気に広がった(日経テレコン等で調べましたが、もし間違っていたらご指摘ください)。

ヤマト 未払い残業代支給 7万人調査へ(毎日新聞)

ここで注目したいのは、この変化球ネタを先に掲載したのが日経でなく、朝日、毎日という点だ。朝日、毎日の物流担当記者のリベンジと見えなくもないが、未払い残業代という社会部テイストのニュースであり、もしかしたら、ヤマト側は日経に本筋は花を持たせ、この話のリーク先に関しては、一般紙を選択したようにも見える。

これが本当に戦略的だったら完璧すぎるヤマト運輸

個別の記事ごとに漠然と紙面を読んでしまうと、ヤマトに対して「物流は逼迫した上に残業代は未払いで、泣きっ面に蜂」的な印象を持ってしまうかもしれない。しかし、情報は俯瞰して連続性を持って眺めてみることが大切だ。このニュースが出て3日後のきょう、まさに全面値上げの記事が出てきたわけだ。このネット民の方は、一連の流れをしっかり掴んでいる。分析の結論は彼に譲ろう。

そうなのだ。一連の情報を小出しに積み上げていくことで、世論の反発が出かねない「全面値上げ」を、少しずつ受け入れさせるという消費者のパーセプション形成に成功しつつある。実に戦略的な情報発信という構図が浮かんで見えてくる。

ただ、消費者の世論対策だけではない。もう一つ、私が日経のけさの記事で注目したのは、このくだりだ。

アマゾンジャパンのジャスパー・チャン社長は2月に「送料無料は大事なサービスで値上げする予定はない」と語っており、ヤマトとの交渉は難航も予想される。仮にアマゾンが値上げに応じた場合は、ネット通販の配送料の値上げなど顧客向けサービスの見直しにつながる可能性もある。

巨人アマゾンに対抗するには、消費者の同情をとにかく煽ってでも広げていくしかない。あくまで推測だが、ここまでの日経との「連携プレー」とまで言える見事なキャンペーンを見ていると、ヤマト側と記者の取材のやりとりでは、アマゾンにも応分のコストを払わせる必要性で問題意識は一致しているようだ。仮にそうだとすると、よく言えば「同志」、うがってみれば「共犯」関係になる。

「恩恵」を受けるのはヤマトだけではないという驚愕シナリオ⁈

ところが、まだすごいオチがこの先、用意される可能性もある。

経営者の友人が指摘していて、さすがと思ったのだが、こんなシナリオだ。

今後、ヤマト側が値上げする。アマゾンも折れて、その結果、アマゾンも価格転嫁する形で、アマゾンプライムに値上げに踏み切る。しかし、すでにアマゾンプライムの即日配達・日時指定配達に慣れきったユーザーのブランドスイッチが起きづらい状況になっており、結局、アマゾンのユーザーも飲まざるを得ないという展開になる。そうした「両者win-winのような裏シナリオ」(友人)は、事前にさすがに描かれているとまでは考えづらいが、しかし、来年の今頃、「結果として」そういうようになっている可能性は捨てきれないのではないか。

拙著「蓮舫VS小池百合子、どうしてこんなに差がついた?」(ワニブックス)では、政界の情報戦について分析したが、今回の「宅配クライシス」を巡るヤマト運輸のメディア戦略・世論対策は、ヤマトの広報がスゴ腕なのか、軍師たるスーパーPR代理店がいるのか分からないが、都知事選の時の小池陣営(最近炎上気味ですが)のような鮮やかさを感じさせる。

世論形成の「お手本」

もちろん、そのことの是非はみなさんそれぞれで論じていただければと思うが、企業・経営者・政治家側は「世論はこうやって作る」消費者・生活者・有権者側は「世論はこうやって作られていく」というお手本であることを頭の片隅に置いて日々のニュースをご覧になっていただければと思う。

なお、誤解ないように付言すると、宅配クライシスの世論の盛り上がり自体は戦略的に構築されたものであっても、危機そのものはリアルだ。私のマンションは宅配ボックスを備えていないために、ヤマトのドライバーさんたちに再配達の手間をかけさせているのが常々申し訳ないと思っている(管理組合いい加減にしろ)。私が港区の区長なら宅配ボックス設置の助成金制度を作るように命じると思う。国民的に本腰をあげて物流をどう維持するのか次なるステップに来ているのは言うまでもない。

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新田 哲史
アゴラ編集長/株式会社ソーシャルラボ代表取締役社長/NPO法人ICPF 情報通信政策フォーラム理事

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