【映画評】赤毛のアン

2017年05月11日 06:00

カナダ、プリンス・エドワード島。春のある日、農場を営む年配の兄マシュウと妹マリラの家に、孤児院から、赤毛でそばかずだらけ、やせっぽっちの少女アン・シャーリーがやってくる。本来は、農場の働き手となる11歳の男の子を引き取るつもりだったのだが、手違いでアンがやってきたのだ。兄妹はとまどうが、むげに追い返すわけにもいかず、別の引き取り手が見つかるまで、アンを家に置くことにする。豊かな想像力のせいでしばしば騒動を起こすアンだったが、兄妹は、夢見がちでおしゃべり好きなアンに次第に魅了されていくのだった…。

世界中の人々に愛され続けるルーシー・モード・モンゴメリの名作児童文学を実写映画化した「赤毛のアン」。アンの物語は、アンの青春、アンの愛情…と次々に続いていくが、本作は、アンがマシュウとマリラと出会い、グリーン・ゲイブルス(緑の切妻)で暮らし始める、いわば“はじまり”の物語。元々はTV用作品というだけあって、分りやすくコンパクトにまとまっている。80年代に「赤毛のアン」で主役を演じたミーガン・フォローズのイメージが強いアンだが、今回のエラ・バレンタイン版のアンは、知的でどこか現代的な魅力があり、とてもいい。寡黙だが心優しいマシュウに、シリアスな役が多い名優マーティン・シーンとはちょっと意外なキャスティングだが、これまた実にぴったりくる。アンは、いつも元気で明るいが、つらい環境で育ったことと、自分の容姿にコンプレックスを持っているため、どこか悲観的なところがあって、それがアンの性格に豊かな陰影を形作っているのだ。悪口への反撃、飲酒や盗み疑惑…。過剰な想像力と自意識から、さまざまな騒動を引き起こすが、それらはいつも微笑ましく、既存の価値観や古い因習を打ち破るアンの行動力に、感心させられる。花が咲き乱れる春から始まり、白銀の冬と、季節がめぐった頃、思いがけない知らせが届く。その時、兄妹、そしてアンを愛するすべての人々は、自分の心に正直に、最善の答えを導き出すことになるのだ。アンはただの夢見がちな女の子ではなく、どんなつらい環境でも決して夢をあきらめない強い意志の持ち主なのである。知り尽くした物語だが、その温かさやユーモアは、いつの時代にも心に響いてくる。
【65点】
(原題「L.M. MONTGOMERY’S ANNE OF GREEN GABLES」)
(カナダ/ジョン・ケント・ハリソン監督/エラ・バレンタイン、サラ・ボッツフォード、マーティン・シーン、他)
(普遍性度:★★★★☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年5月10日の記事を転載させていただきました(アイキャッチ画像は公式Facebookページから)。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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