「やれば出来る!」は本当か?

2017年06月06日 06:00

物事は「やればできる」のか⁈(写真AC:一部編集部で加工)

「俺だってやればできるんだ!」という言葉を私は何度か耳にしたことがあります。自分の置かれた不幸な境遇を嘆きつつ、アルコールの飲みながら口にする人が多かったと記憶しています。
中根千枝氏は「タテ社会の人間関係」で次のように書いています。

能力主義をとる場合には、個々人の能力を克明に判定する必要が生じ、それに対応するメカニズムが当然要求されるのであるが、日本社会においては、そうした判定法が雇用制度として存在しなかったばかりでなく、一般の人々の生活においても能力主義という習慣は、ほかの諸社会に比べて非常に低調である。
伝統的に日本人は「働き者」とか「なまけ者」というように、個人の努力差には注目するが、「誰でもやればできるんだ」という能力平等観が非常に根強く存在している。

以上の仲根氏の論によると、人間には能力差があるにもかかわらず、日本社会はそれを明確にしない(したがらない)傾向が強いということでしょう。運動会の徒競走で「みんなで一緒にゴールイン」というのはその典型なのかもしれません。

確かに、スポーツの世界では「持って生まれた能力」が大きくモノを言います。いかにイチロー選手が努力の人だからと言って、おなじ努力をすれば誰もがイチロー選手になれる訳ではありません。生まれたときから毎日走る練習をしても、オリンピックで金メダルはとれません。

しかし、通常の人間社会では、世界のトップレベルになる必要はないのです。東大なんて毎年3000人以上の受験生が合格します。

日本最難関と言われた時代の司法試験でも毎年約500人も合格していました。私は司法試験受験予備校で少しだけ教えた経験がありますが、その時「毎年500人も合格する試験なんです。オリンピックの金メダリストになれと言っているわけじゃない。やるべきことをきちんとマスターすればいいだけです」と話していました。

中根氏は、能力平等観は組織の従業員にも植え付けられて、誰もが「やればできる」と思っている(思わされている)点を(能力主義とは相容れない)と問題視しているようです。

しかし、同じ会社に入社した新入社員の間にそれほどの能力差があるとは私には思えません。100メートル走で9秒台ではしれなくとも、10秒台なら全員が走ることができます。

人間社会の多くのシーンでは、「誰だってやればできる」と私は考えています。最大の問題は「やればできる」のに「やらない」ことにあるのです。まさに「言うは易く行うは難し」なのです。

とりわけ、大学受験や資格試験などは「合格点」という目標が決まっているので、「正しいやり方」で「やりつづければ」ほとんどの人が目標に到達することができます。

先に「伝統的に日本人は「働き者」とか「なまけ者」というように、個人の努力差には注目するが」という仲根氏の論を引用しましたが、真面目に努力する「働き者」であれば(オリンピックの金メダリストにはなれなくても)そこそこの社会的評価を得ることはできます。

最大の問題は、「働き者」のフリをしている「なまけ者」がいることと、間違った方向で「働き者」になってしまっている人がいることでしょう。日本社会では、前者の「働き者のフリをするなまけ者」が意外に出世してしまうのです。「誰よりも早く出社して誰よりも遅くに帰る。そのくせ生産的な仕事はなにもしない」という輩です(笑)。

また、間違った方向で「働き者」になっているケースが顕著なのが、受験勉強です。昔の司法試験受験雑誌の合格者対談に、「一ヶ月間布団で寝ずにコタツに入って目を覚ましている時はひたすら法律書を読んでいた」という発言があり、主催者の先生が「そうそう、その根性が大切なんだ」と発言しているものがありました。

これは自分の体を痛めつけるという間違った「努力」をしている最たる例です。学習効率という点では百害あって一利なしです。もっとも、そういう人でもイジイジ長年「やりつづければ」合格できたことにも留意すべきでしょう。

組織で出世するかどうかや新規事業が成功するかどうかは、「運不運」に左右されることの方が大きいでしょう。だから、成功者の体験談を忠実に再現しても決して同じような成功を得ることはできません。

しかし、一定の客観的ハードルを越えることができるか否かを試されるのであれば、「正しい努力」は必ず成果をもたらします。

「TOEICで一定の点数を取ることが管理職の条件になっているのはひどい」と怒る人がいますが、ある意味これほど公平な出世基準はありません。「働き者のフリをするなまけ者」が外されますし、外国語の成果は努力量との比例関係が強いからです。「真面目に努力する社員」かどうかを公平にスクリーニングできます。「やればできるんだ」じゃなくて「やることができるか」が試されているのです。

何もやらずに「俺だってやればできるんだ」と愚痴る人には…お近づきにならない方がいいでしょう。悪風は感染しますから。

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荘司雅彦
講談社
2014-02-14

編集部より:このブログは弁護士、荘司雅彦氏のブログ「荘司雅彦の最終弁論」2017年6月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は荘司氏のブログをご覧ください。

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