【映画評】我は神なり

2017年10月26日 06:00

ダム建設のためにもうすぐ水没する田舎の小さな村に、粗暴なトラブルメーカーの中年男ミンチョルが久しぶりに戻ってくる。だがミンチョルの妻子を含む村人たちは皆、彼の不在中に建てられた教会に通い、若い牧師のソンを崇めていた。背後には、インチキ教団を率いる詐欺師ギョンソクがいて、これが、神の救いという甘言で、村人たちのなけなしの財産を狙う陰謀であることを見抜いたミンチョルは、ギョンソクの正体を村人に必死で教える。だが札付きのワルのミンチョルの言うことなど、村人も警察も耳を傾けず、ミンチョルは“悪魔に憑かれた男”の烙印を押されてしまう…。

信仰をテーマに、人間の善悪を追求する韓国発の社会派アニメーション「我は神なり」。ゾンビ映画「新感染」で日本でも知名度を上げたヨン・サンホ監督は、実はもともとアニメーション作家だ。アニメといってもファンタジックな設定など皆無で、本作は実写映画を想定してシナリオを書いたというだけあって、強烈にシビアな内容である。偽りの信仰、偽善と詐欺、暴力と性、格差など、あまりにも生々しい内容と、救いのない展開に言葉を失った。日頃の悪行ゆえに誰からも信じてもらえない主人公という設定はどこか寓話のようだが、人には言えない過去を持つ牧師の背景も複雑なもので、彼の迷いや苦悩が善悪の境をより曖昧にしている。生真面目な性格で大学進学を望んでいたミンチョルの娘の、壮絶な転落が物語るのは、真実から目を背けた者が払う代償だ。

ミンチョルの声を担当しているのは、日本映画への出演も相次ぎ、今最も注目されているヤン・イクチュン。韓国映画のアニメーションを見る機会は少ないが、少なくとも本作を見る限りは、情け容赦ないほど冷徹に現実を投影する作風のようだ。原題のサイビとは、THE FAKE(嘘、偽り)の意味。真実を語る悪人と、偽りを言う善人という構図は、人間は信じたいものしか信じない愚かな生き物だと言わんばかり。強烈なパンチ力を持った社会派アニメの怪作である。
【85点】
(原題「THE FAKE」)
(韓国/ヨン・サンホ監督/(声)ヤン・イクチュン、クォン・ヘヒョ、オ・ジョンセ、他)
(救い度:★☆☆☆☆)


この記事は、映画ライター渡まち子氏のブログ「映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評」2017年10月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。

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