デマ報道に振り回された側の感想

2017年11月30日 06:00

昨日は朝から大学内は大騒ぎだった。『鳳凰科技』というネットメディアが、「李嘉誠が汕頭大学から撤退 基金会事務所が看板を下ろした」と題する記事を流したからだ。地元・潮汕出身の李嘉誠は基金会を通じ、同大に80億香港ドル近くを投じ、複数の付属病院を含めれば、故郷への支援は200億香港ドルにのぼる。もし、「撤退」が本当であれば、地元にとっては大変なニュースだ。

『鳳凰科技』は香港の大陸系メディア『鳳凰ニューメディア』が運営している。


記事の概要は、

李嘉誠は一貫して直接、大学の学部に資金援助をし、「資金は大学を通じて、各学部に配分する」という大学側の要求を拒んできた。大学は「学部が教授や教師を招き、また、学部の活動はまず大学の許可を得なければならない」との方針で学部の首根っこをつかみ、双方がこの問題で意見が一致しなかったため、李嘉誠は撤退することになった。

という簡単な記述だ。あとは6月末の汕頭大学卒業式で李嘉誠が行った記念スピーチの内容を、取ってつけたように付け足しただけである。全体で400字あまり。当事者である大学や李嘉誠基金会、李嘉誠本人からのコメントが一切なく、記事内容の重要性と著しくバランスを欠いている。だが、李嘉誠のネームバリューからたちまちネットで拡散し、大学関係者は各所からの問い合わせに忙殺された。私も知人たちからの質問攻めに遭った一人である。

私を含め新聞学部の教師たちは微信(ウィー・チャット)のグループチャットでこの報道について議論し、大学側が速やかに説得力のあるコメントを発表し、デマの拡散を防ぐべきだと提案した。すでに香港で転載されているとの情報提供もあった。学生の心理に与える動揺も大きい。後手に回ると打ち消しの効果が薄れ、予期せぬ結果を招くこともあり得る。これは現代メディアに対応する際の常道だ。

第一報から約3時間後、大学が声明を発表し、すぐに上海の有力ネットメディア『澎湃新聞』が伝えた。夕方には新華社も同内容の記事を配信し、事実上、政府までが事後処理に乗り出した。

大学声明の概要は以下の通りだ。

「『鳳凰科技』の報道は事実に反する。李嘉誠はこれまでたびたび、汕頭大学に対する支持は彼の生命の限界を超越したものであると表明し、李嘉誠基金会は引き続き汕頭大学の改革発展を支持している。ネットにおける虚偽の言論に対し、汕頭大学は法的手段に訴える権利を保持する」

基金会も続けてメディアの取材に応じ、「このニュースを見て不思議に思っている。基金会は2017年の海外慈善機構登録及び事務所に関する新規定に応じ、中国国内に複数ある事務所を深センに一本化した。李嘉誠は多くの人が知っているように、汕頭大学に対し生命を超える誓いを打ち立てており、基金会では汕頭大学に対し特別に、独立したプロジェクトを行っている」と明言した。

同大では確かに以前、李嘉誠が率いる企業グループから取った「長江」の名を冠する新聞学部と芸術学部については、基金会から直接、資金提供が行われていたが、2012年に規範化され、大学が統一運営することになった。たとえば、私の教授としての採用も、学生たちを率いた日本取材ツアーも、すべて学部が申請し、大学の審査を経る手続きに従っている。最初の記事にあるような対立は、1年前に来たばかりの私でさえデマだとわかる。よほど稚拙なミスか、でなければ悪質な故意である。

火のない所に煙は立たぬ、という。記者ばかりでなく、多くの人が「ではなぜこんなわかりやすいデマが流れたのか」と勘繰る気持ちはよくわかる。私はそれを判断する十分な材料を持ち合わせていないが、所詮大したことでないことはわかる。偽ニュースが指摘した事実の核心部分が全くの見当外れだからだ。

李嘉誠の家族は1930年代末、日本軍による戦火を避け、潮州から香港に移り住んだ。海外で裸一貫から財を成し、故郷に錦を飾るのが華僑にとって最も尊ばれる徳である。特に教育や医療への支援は高い評価を受ける。

香港市民からは決して慕われているとは言えないが、潮汕地区には、祭壇に毛沢東ではなく、李嘉誠を飾ってある家もあるほどだ。李嘉誠が「生命の県外を超越した」支援をしているのは、決して大げさではない。彼の人生そのものが大学や病院に凝縮されていると言ってもよい。そこからの「撤退」は自己否定に等しい。だから、事情を知る人たちはすぐにあり得ないことだとわかる。

色眼鏡をかけた野次馬は、李嘉誠が大陸への投資を欧州に移した件を想起し、いよいよ全面撤退かと勘繰る。習近平政権による過剰なイデオロギー統制によって、とうとう李嘉誠の大学まで自由を奪われたのかと想像を膨らませる。だが実情を知れば、そんなことはあり得ないと容易に理解できる。この中に身を置いていても、会議はほとんど開かれないし、授業への干渉も全くない。来学期は人工知能に特化した授業を増設すべく申請したが、難なく認められた。基金会は今後8年間、さらに20億香港ドルを大学に投じると言っているのだ。

確かに、大都市の主要大学では、教師たちが習近平思想を学ぶ学習会に辟易としているとの話を聞く。教材もますます「左」に傾いているという。だが、ここでは、少なくとも私は全く感じない。中国は広く、雑多なので、一つの価値基準でみようとすると間違う。銀座で爆買いをする都市の中産階級もいれば、地下のタコ部屋でその日暮らしに追われる出稼ぎ農民もいる。

色眼鏡を取り外すには、常識に基づく想像力、実態を知ろうとする努力、人間社会に対する深い洞察が求められる。人工知能では代替のできない作業だ。頭の中での妄想からはろくなものが生まれない。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2017年11月29日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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