宇宙から見る視点と胃袋から考える姿勢:習体制下の中国の実情

2018年03月06日 06:00

ユユヴァル・ノア・ハラリ著の『サピエンス全史(Sapiens)』(柴田裕之訳)は、人類史を宇宙から俯瞰するユニークで、平易な記述が好評で、世界的なベストセラーになった。進化論と文化主義が捻じ曲げられ、西洋優位の世界観をもたらしていることへの批判を下敷きに、人類全体に歴史の担い手としての自覚と、将来への参画を促したことは大いに評価されてよい。

だが名著は、多くではなく、長く読まれ続けることによってその名に値する。私は、賛辞の尽くされた世間の書評とは裏腹に、少なくない内容に既視感があった。むしろ、過剰な反響に、世界の人々に共通する閉塞感、焦燥感、無力感があるのではないかとの思いを強くした。

情報があふれるが、何が本当なのかはわからない。個人が発言する手段と機会は増えたが、言葉がつかみどころのない大海に飲み込まれ、自分の存在はかつてないほど卑小に見える。宗教は堕落し、何を頼ってよいのかわからない。だから、我々は仮想社会の中で右往左往しているだけで、長い人類史の中では取るに足らない存在なのだ。現状は宿命でも、必然でもなく、すべては白紙だ。そう達観してしまえば、一気に憂いは一掃される。

ベストセラーの背景に、こんな厭世的な気分があるような気がしてならない。

周囲の中国人学生たちが、国家も貨幣もしょせんは想像物に過ぎない、アルゴリズムが我々の将来を決めるんだ、と他人ごとのように話しているのを聞いていると、戸惑いを覚える。目の前にある難題から目をそらせ、解決の責任から逃避しているだけではないのか。「では、君の現実はどこにあるのか?」と問いを発せずにはいられない。思考も感情も記憶も、自分の身体を切り離しては成り立たない。その身体から答えを見つけ出すような、地に足の着いた思索の営みこそ、若者には重要なのではないか。

身体性の視点についていえば、『サピエンス全史』は、中国を代表とするアジアについては十分な理解があると思えない。特に、「歴史上の戦争や革命の大半を引き起こしたのは食糧不足ではない」と断言し、フランス革命を率いた「豊かな法律家」や、古代ローマ共和国の崩壊、1991年からのユーゴスラビア紛争を挙げている点だ。中国の王朝興亡史にこの定理は当てはまらない。

中国大陸では、土地を失い、食糧を奪われ、何一つ失うもののない「無一物」の農民たちが決起し、王朝を転覆させてきた歴史がある。毛沢東は、工業先進国で生まれた社会主義思想を農村に適用した。そして、腹を空かした農民を組織し、都市部のブルジョア資本を代弁する蒋介石政権を打破できたのは、独自の歴史に学んだ結果である。

過酷な自然環境の中、食について飽くなき追求をしてきた民族は、あくまで胃袋で感じ、行動する。思考を支える言語には、食に関する表現があふれ、古代からの詩は常に「飢え」と背中合わせだった。最低限の衣食が足りたとしても、人として並みの待遇を受けられない社会的貧困の飢餓感は、腹の中に抱え込まれる。抽象的な観念に振り回されるのではなく、身体を使って、人生にとって何が大切で、どんな楽しみがあるのかを考える。中国ではこうやって人々が暮らしてきた。

そして現在、習近平総書記が最も恐れているのは、人間の尊厳を踏みにじられ、幸福な生活が脅かされている農民たちの不満である。毛沢東が、みなを国の主人公にすると約束したのはうそだったのか。「最初の話と違うじゃないか!」。農村からの悲痛な叫びに耳を澄まし、納得のいく答えを出さなければ、中国共産党は歴史的正統性を失って崩壊する。

まともな生活の保証がないまま都市で暮らす出稼ぎ農民、そして農村に取り残され、孤立した老人や婦女、子どもたちは、貧しさと不正義への不満をつのらせ、党幹部の腐敗に腹を据えかねている。持たざるものたちの怒りはもはや爆発寸前で、すでに小さな火種はあちこちに表出している。習近平自身が「このままでは党も国も滅ぶ」と危機感を公言せざるを得ない状況だ。

『サピエンス全史』は、仮想の国家を維持するため、神話やイデオロギー、宗教など「想像上の秩序」が必要であると指摘する。それは確かに一面の真理であろうが、中国の農民たちを結び付けているものは、もっと差し迫った、体臭が伝わるように泥臭い、村の掟のようなもの、身体で感じ取るものだ。決して社会主義理論や憲法といった「想像上の秩序」ではない。イデオロギー論争をしたところで、特定の政治的立場、価値観の表明でしかない。地球の外からのぞくように見ていては、土地が生む歴史の現実をつかむことはできない。

山西省で現地視察する習近平氏(人民日報より引用:編集部)

習近平が僻地の農村を訪れ、農民と談笑する姿には、これまでの指導者が持っていた官僚臭さがまったく感じられない。背景に溶け込み、ごく自然に接していることが伝わってくる。土地の臭いを身体に帯び、彼らの胃袋を体感しているからだ。身体性のコミュニケーションは、地に足のついた、確かなつながりを生む。人民日報の社説では役に立たないのだ。

農民たちは、腐敗高官を容赦なく摘発し、強い指導者を演じる習近平を強く支持している。習近平が強力に進めた綱紀粛正策によって、今では地方の末端に至るまで、厳格な公費管理が浸透してきている。これまでにはなかった大きな変化だ。この力は過小評価できない。だれも真似のできない荒療治であることは、みなが認めている。農民たちは部屋に習近平夫妻のカレンダーを飾って春節を迎えた。少なくとも今のところ、農具を手に蜂起することは考えていない。


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2018年3月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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