​渡辺直美は世界的な先生だった

2018年07月05日 06:00

渡辺直美プロデュースファッションブランド公式サイトより:編集部

大統領に比肩するソーシャルメディア・スター

トランプ大統領と肩を並べた日本人がいる。無論、政治家ではない。お笑いタレント・渡辺直美(よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属)である。彼女は米誌『TIME』が6月28日に選出した「ネット上で最も影響力のある25人」のうちの1人に輝いた。

インスタグラム(交流サイト)で800万人以上のフォロワーを持つインスタ女王(国内2位の水原希子のフォロワー数は約500万人)は、同誌をもって、「日本で最も人気のソーシャルメディア・スター」と言わしめた。米歌手ビヨンセ(フォロワー数は1億人以上)らの物まねで人気を博し、今ではメディアに引っ張りだこなだけでなく、ファッションブランド「PUNYUS」をプロデュースするなど、芸人の枠を超え早くから個人的に働き方を改革してきたパラレルキャリアの実践者という側面が窺える。

字面通り受け取ってはいけないフレーズ

注目すべきは、選出に至った評価ポイントであろう。それは、単純な物まねの精密さでもなく、単純なフォロワー数でもない。同誌によれば、「お笑い芸人やデザイナーとしての立場をうまく使い日本人女性に対するステレオタイプ(固定観念)に勇敢に挑んでいる」ことだった。それは同時に、彼女が「WOMEN OF THE YEAR 2016」を受賞した2年前と比べて、3次元的成長を遂げたことを示している。

同賞は「決して努力を惜しまない」女性に贈られたが、今回は「固定観念に挑む」ことが評価された。物まねの精度を高める努力やフォロワー数を増やす努力といった量的努力はもちろん大切だが、「固定観念に挑む」というのは全く別次元の方向を目指す質的努力である。だからこそ、渡辺直美というプラットフォームに発着するありとあらゆるものがキャッチーでポップに踊りだす。

渡辺直美は今回の選出を受け、「ありのままの自分を愛するようにみんなに伝えたい。自分が持っているものを大事にして欲しい。」と語っている。これは、紛れもない事実なのだろう。しかし、彼女が歩んできた決して平坦ではないキャリアに思いを馳せると、この言葉を字面通りに受け取るわけにはいかない。

紆余曲折のキャリア・ヒストリー

日本人と台湾人のハーフとして生まれ、体重は同世代平均のダブルスコアに育った渡辺直美。母親の反対を押し切って芸人という職業を目指し、2008年に芸人発掘番組で今田耕司に見出されてからというもの、「デブキャラ」や「デブタレ」として親しまれ、今では芸人、俳優、声優、ダンサー、パフォーマー、そしてデザイナーなど数多くの顔を持つ。

このように書けば、一直線のサクセス・ストーリーのように思えるが、その過程には、芸人を目指すと打ち明けた際に「お前には無理だ」と母親から言われた経験や、その後のコンビを組んでは解散した経験、そして最近でも「面白い写真をあげなきゃ」と追い込まれた経験など、紆余曲折があった。

Buzz Feed Newsのインタビューでは、これまで渡辺直美が浴びせられてきた手厳しい言葉の数々が紹介されている。幾つか抜粋すると、

・君のコント誰も求めてないから
・君はもうビヨンセだけ踊ってればいいんだよ
・いやいや、何ヒール履いちゃってんの
・なに女意識してんの?

などである。

世間のノイズにイヤホンを

そこで彼女は「何でこんなこと言われなきゃいけないんだろうと思って、そっから自分の好きな服を着るようになった」のであり、それからは、「お、またお前派手な格好してるなあ」「それが直美だよね!」とブランディングが定着し、結果、「誰にも何も言われなくなった」のである。そういえば、W杯直前にスーパーサイヤ人と化したサッカー日本代表・長友佑都選手の頭髪も、斬新から定着の道を辿り、もはや「そういうもの」と認知されている。本田圭祐選手の金髪もメッシ選手の髭も同様に、人々が騒ぐのは変化が新鮮な時期のみであろう。

渡辺直美は続けて言う。「だから、自分のやりたいことをやり続けるって、すごく大事なこと」と。「私も本当に諦めたりとか、どうしたらいいか分かんないっていうことがすごいあったけど(中略)やっぱり自分に熱があるものって、周りになに言われようが1回でもいいから試してみてほしい。」と。そう、「自分が持っているもの」で勝負するには、「自分が持っているものを大事に」するという保守的態度では不十分なのである。批判されても打たれても、内に篭ることなく「それ」を片手に外へ出掛け続けなければ、日の目を見ることはない。

もちろん、彼女自身、誰の力も借りず独力でここまで来たわけではない。芸人になることを反対した母親はいまだにダメ出しをしてくるそうだが、「まあ、そうやってダメ出ししつつも、好きなことをやってることを許してくれてるのは、すごい母親の愛情を感じますね。」とも語っている。「好きなことをやりなさい。でもそんな簡単な世界じゃないよ」と、苦言と助言の両方を提示してくれるインストラクター兼ファシリテータ―としての母親の存在は決して小さくなかっただろう。世間のノイズに対するイヤホンの役割を果たしたと言える。

もはや先生

渡辺直美が世界で称賛されたのは今年が初ではない。実は昨年、米紙『ワシントン・ポスト(2017年2月9日付)』が、同日の日米首脳会談よりも大々的に渡辺直美のインタビュー記事を掲載している。痩せた体形の女性が持て囃される日本において、ぽっちゃり体形で成功を収めた彼女の生き方を紹介するために、1ページの紙幅を丸々割いたのだった。同紙のインタビューで彼女は、「他人のマインドを変えようとするよりも、太っている女性のマインドを変え、前向きに生きるための手助けをしたい」と語った。同紙は「渡辺直美は、痩せた女性が称賛される日本であっても、太った女性がファッションを楽しみ、自分の体を前向きに捉えることの『お手本』になるという使命を果たした」と評した。

世間に受け入れられない「陰」側に立脚すると、つい世間の認識を変えようと躍起になりがちだが、彼女は「光」に説得を試みることはせず、「陰」に「光」を当てる道を選んだ。それも、自らをコミカル且つユニークに料理するというユーモア溢れるやり方で。職業のイメージや仕事内容と見事にマッチしたそのやり方は、流石、芸人である。

そして、今回は「固定観念に挑む」人物として選ばれた。後ろ指を差された過去と訣別し、今では称賛の拍手をもらう渡辺直美。デブキャラのお手本というよりは、固定観念とともに生きる全ての人にとっての「お手本」だろう。渡辺直美ほどの形態模写は不可能だが、彼女の生き方は模範になる。彼女は、もはや先生である。

先生とは、教師や医師といった特定の職業を指すこともあるが、ひろく師に対する敬称と捉えたい。師とは学ぶべきお手本となる対象。渡辺直美は様々な固定観念とともに生きる私達にとって学ぶべきお手本であり、仰ぐ価値のある師と言っても過言ではない。刺激的な彼女に刺激を受けずにはいられない。今回の選出は、彼女の生き方が示唆に満ちており、世間を飛び越え世界のお手本としてひとつの道を切り拓いたことを示している。

渡辺直美が成し遂げた仕事とは

『ワシントン・ポスト』は渡辺直美を「あなたが痩せていなくても、自信を持って幸せになれることを証明するものだ」と評したが、それは何も身体的特徴に限らないと思う。世間では成功者の条件として様々な特徴が重要だと叫ばれる。学歴、IQ、主体性、コミュニケーション能力、最近ではコンピテンシー、GRIT、レジリエンスなど、皆世紀の大発見を発表したがっている。まるで、アカデミー賞の受賞作品を発表するマイクを奪い合うように。

だが、人間は複数の特徴(環境要因含む)が相互に影響し合う複雑系である。ある特定の特徴が備われば万人が幸せかと言えば、そう単純なものではない。瓜二つのドッペルゲンガーに出会ったとしても、歩んできた道が違う以上、それは似て非なる別人である。渡辺直美は光も陰も背負ってこそ渡辺直美なのだ。誰にでも効く万能薬は存在しない。彼女が成し遂げた仕事の意義は、先の『ワシントン・ポスト』の言葉を借りれば、「あなたがある特定の特徴を持っていなくても、自信をもって幸せになれることを証明」してくれたことにある。

固定観念に挑む彼女の活躍は、引き続き私達のお手本となることだろう。

高部 大問(たかべ だいもん) 多摩大学 事務職員
大学職員として、学生との共同企画を通じたキャリア支援を展開。本業の傍ら、学校講演、患者の会、新聞寄稿、起業家支援などの活動を行う。

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