オランダ極右政治家のイスラム改宗

ユダヤ教の敬虔な信者であり、異教徒のキリスト教への敵愾心が旺盛だったサウロはダマスコ(ダマスカス)への途上、復活したイエスに出会い、「サウロ、サウロ、なぜ私を迫害するのか」と問われた瞬間、目が見えなくなった。その後、サウロはキリスト教に改宗し、パウロと改名してイエスの教えを宣布していった話は「サウロの回心」としてよく知られている新約聖書「使徒行伝」の話だ。

イスラム教に改宗したオランダのヨラム・ファン・クラヴェレン前PVV議員(Wikipediaから)

チェコスロバキア共産政権下の最後の大統領、グスタフ・フサークの名前を憶えている人は少ないだろう。フサークは1968年8月にソ連軍を中心とした旧ワルシャワ条約軍がプラハに侵攻した「プラハの春」後の“正常化”のために、ソ連のブレジネフ書記長の支援を受けて共産党指導者として辣腕を振るった人物であり、チェコ国民ならばフサークの名前は苦い思いなくしては想起できない。

そのフサークが死の直前、1991年11月、ブラチスラバ病院の集中治療室のベットに横たわっていた時、同国カトリック教会の司教によって懺悔と終油の秘跡を受け、キリスト者として回心したという話は、国民に大きな衝撃を与えた(「グスタフ・フサークの回心」2006年10月26日参考)。

また、 キューバの独裁者、フィデル・カストロ(1926~2016年)は2016年11月25日、死の直前にローマ・カトリック教会の聖職者から病者の塗油(終油の秘蹟)を受けていたという。カストロの愛人と言われる女性、アンナ・マリア・トラリア(Anna Maria Traglia)さんがイタリアの教会放送「TV2000」とのインタビューの中で明らかにした(「フィデル・カストロの回心」2017年4月2日参考)。

上記の2人の政治家は無神論者からキリスト教への回心の話だが、オランダの反移民、反イスラム教の極右政党「自由党」(PVV)出身の前議員、ヨラム・ファン・クラヴェレン(Joram van Klaveren)氏がこのほどキリスト教からイスラム教に改宗したというのだ。

同氏(40)はPVV議員としてイスラム教を罵倒し、「イスラム教は反ユダヤ主義であり、ホモ・フォビアだ」と批判してきた政治家としてオランダでは有名だ。その前議員がテレビ番組で「本当にイスラム教徒になったのか」と司会者に質問された時、「唯一の神を信じ、マホメットを予言者として信じているという意味で自分はイスラム教徒だ」と答えたうえで、「これまでイスラム教を酷評してきたことを謝罪したい」と述べている。

オランダからのニュースでは、前議員の突然のイスラム教改宗に多くの国民は頭を振る一方、「イスラム教に関する本を書いたので、そのPRが狙いではないか」といった穿った見方も聞かれるという。同氏はPVVのヘルト・ウィルダース党首と対立し、2014年に脱党し、17年に新しい極右政党「オランダのため」を創設したが、暗礁に乗り上げている。

欧州では2015年、100万人を超える中東・北アフリカのイスラム教徒の難民・移民が殺到したが、彼らの中には欧州社会に定着してく中でイスラム教からキリスト教へ改宗するケースが報告されている。キリスト教徒がイスラム教に改宗するケースは一部、欧州出身のイスラム過激派テロリストの中に見られるが、極右政党出身の政治家がイスラム教に改宗するケースは非常にまれだ。「犬が人間を噛んだのではなく、人間が犬を噛んだ」といったほどのニュースヴァリューがあるわけだ。

イスラム教からキリスト教に改宗した場合、死刑に処される恐れがあるが、キリスト教からイスラム教への改宗はそのような刑罰を恐れることはない。アブラハムを「信仰の祖」とするユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の3唯一神教はその教えに共通点が少なくない。キリスト教の低落ぶりに失望した欧州の若い世代からイスラム教に関心を持つ者が出て来ても不思議ではない。ただし、信仰はその人に帰依を求めるものであり、衣服をチェンジするようなモードではない。「オランダのサウロ」となったファン・クラヴェーレン氏のイスラム教徒としての言動に注目していきたい。

いずれにしても、無神論者がキリスト教に回心し、キリスト教徒がイスラム教徒に改宗するという話は、宗教が日常生活から追放されている日本社会では見られない人間ドラマだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2019年2月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。