北野幸伯『プーチンはすでに、戦略的には負けている』を読む

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著作のパラダイム

発行部数5万6千 部を誇るメールマガジン「ロシア政治経済ジャーナル」(RPE)を定期配信する国際関係アナリストの北野幸伯氏が、先月新著『プーチンはすでに、戦略的には負けている – 戦術的勝利が戦略的敗北に変わるとき – (ワニ・プラス) 』を発刊した。

概要を紹介すると下記のようである。(Amazonページより)

三年目を迎えたウクライナ戦争。現下、ウクライナ軍は要衝からの撤退を余儀なくされ、ロシア軍優位な戦況にある。さらに、さらに、プーチンは2023年3月17日、大統領選挙で圧勝し、5選目に突入した。それでもプーチンのロシアは「戦略的な敗北」に陥ると著者は言う。ウクライナ戦争後のロシアは、「国際的に孤立した」「『旧ソ連の盟主』の地位を失った」「中国の属国になった」うえに、最も恐れていた「NATOの拡大」も招いてしまったからだ。

本書はロシアがなぜそういう窮地に立つことになったのかを、「戦術的思考」の勝利が結果的(戦略的)には大失敗に終わった歴史上の例を挙げると同時に、プーチンの履歴と思考経路を基に考察していく。さらに、我が国と我々にとって、将来に向けてどのような思考が必要になるのかを、明確に提示する。歴史に学んで未来を拓くための重要な指南書である。

北野氏の考えの特徴について気が付くのは、東西冷戦の延長パラダイムに則しているという事だ。冷戦そのものではないが、米バイデン政権を中心とする西側の考えの主流は簡単に述べれば、「先ず、『なんちゃって民主主義』のロシアを倒して改革する、次に盟友ロシアを失って弱体化した中国を倒して改革する」というものだ(なお、この「倒す」というのは「包囲して牙を抜く」を含む)。北野氏もこの西側主流のパラダイムの中で論考を重ねている。

評者の立場

これに対し評者の考えを述べれば、先ず中露を組ませてはならないという事だ。「先ず中露疑似同盟に楔を打ち込む。そして、ロシアを西側に取り込み、インドを筆頭としたグローバルサウスとも連携(少なくとも敵にはしない)をして、拡大中国包囲網で中国の牙を抜き、改革に向かわせるべき」と考える。

歴史に擬して述べれば、徳川の世が良かったかどうかの議論はあるが、例えば武田と上杉を組ませたままでは徳川の治世は訪れなかったであろう。何事もNo.2とNo.3を組ませたままでは、NO.1に登り詰めたり、それを維持したりする事はほぼ不可能であり戦略的には下策である。評者には、西側はこの下策を続けているように見える。

現在ウクライナ戦争を戦うロシアは、ジュニアパートナーに甘んじながら中国と疑似同盟関係を強化している。現下低迷しているとは言え、中国の巨大マーケット・基礎的工業力に、ロシアの食料・エネルギー・核弾頭数等が加わり、グローバルサウスがこれに近付いているが、このスキームが完成すれば、西側はやがて詰む可能性が高い。現に中露グローバルサウス間では、共通通貨はまだないものの、二国間通貨での取引が拡大している。

北野氏は、「ロシアは西側の制裁を受け、中国やインドに原油・天然ガスを安く買い叩かれている」と述べるが、落ち着いてきたとは言えウクライナ戦争でエネルギー相場が高騰したため、安く買い叩かれていても、これらの輸出は絶対値で見れば十分にロシア経済に資している。軍需も加わっているものの、ロシア経済は現下好調である。

北野氏は、また「ロシアがウクライナ戦争に勝利すると、その成功例を見て習近平は台湾に攻め込む可能性が高まる」旨も述べているが、ロシアが敗北して頼る先を求めて実質的に中国に呑み込まれた場合、前述の中露+グローバルサウスが強化され、習近平の台湾奪取を後押しするという逆の要素も念頭に置く必要もあるだろう。

北野氏は、プーチンが戦略的に負けている最たる事例として、「ウクライナ戦争勃発によって、却って北欧諸国をNATO加盟に追いやった」件を挙げている。これは確かにそうであるが、その前提としてNATOが今後も存在するという仮定がある。

纏めよう。ロシアがウクライナ戦争に敗北した場合も、勝利した場合も中露同盟は強化される可能性がある。敗北した場合は、ロシアは中国の完全属国化するだろう。勝利した場合は、前述の疑似同盟+グローバルサウスの中で中国と並ぶ発言力を維持する。長期的に見て西側を追い込み詰ませる可能性が高いのはどちらであるかは一概には言えず、西側の出方にも左右されるだろう。

米大統領選

全ては米大統領選に掛かっている。バイデンが勝つか、トランプが勝つか。何れの場合も大統領選後は、大なり小なり米国は内戦的様相を呈するだろう。そしてバイデンが勝った場合、ボロボロになった米国は、例え一旦休戦になった後もロシアを追い込み、次に中国を追い込むと言う基本戦略を捨てない。そして、それは恐らく失敗する。バイデン自身がスキャンダルで中国に弱みを握られているので、後段の中国を追い込むという事自体も軍部は別としても単なるお題目だろう。

なお、台湾を巡って日本に中国との代理戦争を戦わせ、軍産複合体を肥えさせる一方、八百長で最終的に台湾を中国にプレゼントする等のトンデモシナリオを描いている勢力も在るかも知れず、万一の可能性に対し日本は警戒を要する。

トランプが勝った場合、仮に内戦状態を短期間で収められれば、予てから公言しているプーチン愛の通り、ウクライナ戦争を強制着陸させ、また中国が最大の脅威とも公言しているので、中露間に楔を打ち込み、実質的な米露同盟、若しくは米露協商関係を結び、拡大中国包囲網構築に進むだろう。また国内では、不法移民を帰国させ、バイデンが進めた諸々の左翼的政策を覆して行くだろう(ただ、親イスラエルの立場からのアプローチで中東平定が可能かは、最大の未知数であるが)。

こうした流れになれば、ロシアにより中国を背後から牽制出来、習近平による台湾侵攻はほぼ不可能となる。このため、日本はトランプ・プーチンの結束式の場を用意し、願わくば「日米露三国同盟(若しくは協商)」として強固なトライアングルを構築するのが我が国の国益に資するが、安倍氏亡き後今の所、政界にその発想と胆力のある者は見当たらない。なお、この枠組みが出来れば北朝鮮もオマケで付いて来る可能性が高い。

だいぶ離れたので、北野氏の著作に戻ると、かつていち早く中露同盟の危険性について警鐘を鳴らした鋭い論理性と戦略性を備えた氏も、本著ではパラダイムの限界を迎えていると評者は感じる。歴史も交えた豊富な分析は奇貨とするも、大変失礼ながら、その結論部分に関して言えば、バイデンの演説とCNNのYahoo転載記事とパックンのトークで足りてしまうというのが素直な感想となってしまった。