台湾と千島、その法的地位

2019年02月18日 06:00

複雑な経緯をたどった台湾の位置付け

中国の習近平国家主席は本年1月2日の台湾に触れた演説で、「制度の違いは統一の障害にも分裂の言い訳にもならない」と述べた。香港に対して適用している「一国二制度」を台湾にも、という趣旨だ。「武器の使用は放棄せず、あらゆる必要な措置をとる選択肢を残す」とも付け加えた。

蔡英文総統(Wikipediaより:編集部)

台湾の蔡英文総統は5日、「台湾は断固として一国二制度を受け入れません」との、習発言に対するメッセージをツイッターに書き込んで、台湾国内のみならず海外向けにも英語や日本語で発信した。昨年の地方選に大敗し低迷していた蔡氏の支持率はこれによって上昇が伝えられた。

中国の従来の台湾政策「一つの中国」は中台間の「92年コンセンサス」とも呼ばれる。中国はそこで「中国は一つで、台湾は中国の一部」といい、台湾国民党は「中国は一つで、大陸は中華民国の一部」と主張する。そして台湾の与党民進党は「92年コンセンサス」の存在自体を認めない。

79年の中国承認以来の米国の立場はどうかといえば、「中国を唯一の政府と認め、台湾独立は支持しない」だ。が、「支持しないは反対することではない」と甚だ曖昧なので、歴代大統領はクリントンもブッシュJr.も、何度か「台湾独立に反対する」と言い違え、都度スタッフが訂正に追われた。

米国議会がこの断交直後に台湾関係法を決議したので、実質的な米台軍事同盟は今日も維持されている。とりわけソ連を崩壊させた共和党レーガン政権は、「台湾関係法に基づく台湾への武器売却の質と量は、中国の台湾に対する脅威の度合い次第」という趣旨の書簡を発して中国を牽制した。

習近平のこの年頭演説は、レーガンを信奉するといわれるトランプ大統領が台湾旅行法制定や武器売却強化などで台湾への寄り添い姿勢を強めていることへの、これまた牽制とされる。が、米中新冷戦ともいわれる難題を抱えた習が、国内向けに強硬姿勢を見せているだけとの見方が専らだ。

北方領土:「日本固有の領土」と「千島列島」の違い

首相官邸サイトより:編集部

一方、北方領土はどうか。プーチン大統領は昨年11月唐突に、1956年の日ソ共同宣言を基礎に交渉を加速させたいと述べた。これに応じた安倍首相が2月12日にモスクワを訪れてプーチン大統領と会った。が、その内容は公表されず、さらなる進展は6月の交渉に持ち越された格好だ。その共同宣言には平和条約締結後の歯舞・色丹の引き渡しが謳われている。

我が国の外務省が北方領土に関して検討した文書は非公開だ。が、1994年にそのうちの一通がオーストラリアの公文書館で見つかった。当時の外務省はその中で、歯舞と色丹を北海道の一部であって千島列島の一部でないとする一方、国後と択捉を千島列島の一部とし、それらを「南千島」としていた。

近年の我が国外務省の見解は、歯舞・色丹・国後・択捉の四島を「千島列島に含まれない日本固有の領土」としている。が、サンフランシスコ平和条約(以下、サ条約という)に備える1946年頃の一時期には、日本固有の領土を歯舞と色丹に限っていたことが明らかになった訳だ。

米露の航行要覧などの様々な史料や各国の百科事典などを参照したこの検討で、外務省は少なくとも歯舞・色丹が千島列島とは異なる北海道の一部としての歴史を有していたことを確認した。 だが、国後・択捉にはそういった史料を見出せずこの結論になったようだ。

外務省が当該文書を非公開にする理由はここにあるのだろうし、筆者も理解できるところだ。これと同様に、野党やマスコミがこの辺りをいくら追求しようとも、首相や外務大臣がそれに答えてはならないと考える。手の内を明かしてしまっては外交交渉に勝てない。

では「日本固有の領土」と「千島列島」の区別がなぜそれほど重要なのだろうか。日露間の条約で我が北方領土を最初に定めたのは1855年の日露和親条約だ。この条約では国後・択捉・歯舞・色丹の四島が日本領、得撫島以北がソ連領と決められ、樺太は両国民が出入りできる地とされた。

だが樺太でロシアによる開発が進んで紛争が頻発したために、1875年に樺太千島交換条約が結ばれ、全樺太をロシア領とする代わりに、四島に得撫以北を含めた全千島列島が日本領と定められた。そして南樺太も日露戦争後のポーツマス条約で日本領となり、その後、第二次大戦を迎えたのである。

1945年2月のヤルタ会談の前に米国務省がローズベルトに示したブレイクスリー報告にはこうある。

「Japan has been in possession of the southern Kuriles since about 1800.(日本は1800年頃から南千島諸島は保持している)」

その「南千島諸島」とは国後・択捉・歯舞・色丹の四島を指す。

現在のロシアも、本年1月14日のモスクワでの会見でラブロフ外相が、「南クリル諸島でのロシアの主権を含む第2次世界大戦の結果を日本が認めなければ、どんな問題も進展は極めて難しい」と発言しているように、「南クリル諸島」すなわち「南千島」の概念を有している。

ところで、スターリンが樺太・千島の領有とドイツ降伏2~3か月後の対日参戦を密約したヤルタ会談には、ヴェノナ文書がソ連スパイと暴いたアルジャー・ヒスがローズベルトの補佐官として随行し会議を切り回した。悪化していた大統領の健康と共に密約に影響を及ぼしたと推量される。

さて、終戦の契機となった1945年7月のポツダム宣言は日本の領土は次のように規定した。

「八 カイロ宣言ノ條項ハ履行セラルベク又日本國ノ主權ハ本州、北海道、九州及四國竝ニ吾等ノ決定スル諸小島ニ局限セラルベシ」

本州・北海道・九州・四国と「連合国が決める諸小島(such minor islands as we determine)」が日本の領土という訳だ。既述の通りこの時点では「諸小島」に全千島列島が含まれていた。そこでいよいよ1951年のサ条約「第二章 領域」を見る。

北方領土のみならず朝鮮や台湾に今日も未解決の課題を残すその記述は次のようだ。

第二章 領域 第二条
(a) 日本国は、朝鮮の独立を承認して、済州島、巨文島及び欝陵島を含む朝鮮に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(b) 日本国は、台湾及び澎湖諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。
(c) 日本国は、千島列島並びに日本国が千九百五年九月五日のポーツマス条約の結果として主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。 (以下(d)~(f)を省略)

(c)には確かに日本が放棄する地域に「千島列島」と書かれている。従い、千島列島に含まれる島を日本は放棄せねばならない。が、千島列島に含まれない島、すなわち「日本固有の領土」である島は放棄対象でない。それだから「日本固有の領土」と「千島列島」の区別が重要なのだ。

国交省サイトより:編集部

この区別がサ条約でつけられていたなら今日の北方領土問題は起きていない。が、不幸なことにサ条約の文言を詰めている最中に、中華人民共和国の成立(49年10月)や朝鮮戦争勃発(50年6月)といった東西冷戦構造の対立激化が出来し、結局こういう表現での纏めしかできなかった事情がある。

米国は1943年頃から戦後日本の領土処理検討の一環で、日本が放棄する千島列島の範囲を、先述の我が国外務省と同様、詳細に検討している。放棄対象は、北端の占守島から南端の色丹島までとする案から放棄ゼロ案まで様々変遷する。が、歯舞・色丹が千島列島でないことはほぼ一貫していた。

サ条約の文言が曖昧であるがために後に課題を残している事柄は他にもある。いったい台湾や千島列島を「誰に対して放棄するのか」、について書かれていないことだ。その理由も先述の東西冷戦の激化だ。他方、朝鮮については幸か不幸か、「独立を承認して…放棄する」と書かれている。

法的地位が「未確定」の台湾、千島列島

それなのになぜ現在、千島列島のすべてはロシアが占有し、台湾はあたかも中国の一部であるかのように扱われているのだろうか。それは日本が1945年9月2日に降伏文書と共に署名した、連合国による「一般命令第一号」と呼ばれる文書に起因する。そこには次のように書かれている。

(イ)支那(満洲ヲ除ク)、台湾及北緯十六度以北ノ仏領印度支那ニ在ル日本国ノ先任指揮官並ニ一切ノ陸上、海上、航空及補助部隊ハ蔣介石総帥ニ降伏スベシ

(ロ)満洲、北緯三十八度以北ノ朝鮮、樺太及千島諸島ニ在ル日本国ノ先任指揮官並ニ一切ノ陸上、海上、航空及補助部隊ハ「ソヴィエト」極東軍最高司令官ニ降伏スベシ (以下略)

確かに台湾は(中華民国の)蒋介石に、千島諸島はソヴィエトの司令官に降伏せよとある。が、「降伏せよ」と「領土とする」とは同義でない。よって台湾と千島列島は法に基づかず中華民国とソ連に占拠されていることを意味する。つまり台湾も千島列島もその法的地位は今も未確定なのだ。

それゆえ台湾独立派のいう独立とは、中国からの独立であると同時に中華民国すなわち中国国民党からの独立でもある。民主化が進んだ李登輝後の台湾では、本省人・外省人とも世代交代が進みそれはそう鮮明ではなくなった。が、かつてはそうだった。台湾についてはここが甚だ判りにくい。

以上、台湾と南千島の法的地位に就いて愚見を述べた。ここでは北方領土返還交渉については触れない。が、そのキーワードは連合国(United Nations)の核たる米英ソ中がポツダム宣言に謳った「吾等ノ決定スル諸小島」に相違いない。そして「その決定」は未だなされていない。

高橋 克己 
年金生活の男性。東アジア近現代史や横須賀生まれゆえ沖縄問題にも関心あり。台湾や南千島の帰属と朝鮮半島問題の淵源である幕末からサンフランシスコまでの条約を勉強中。

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