正義の「抜け殻」と化した検察官:国循事件控訴審、検察「弁論放棄」

郷原 信郎

4月16日、大阪地検特捜部が、国立循環器病研究センター(以下、「国循」)の元医療情報部長の桑田成規氏を逮捕・起訴した「国循事件」の控訴審第2回公判期日が開かれ、最終弁論が行われて結審した。判決は、7月30日午前10時半に言い渡される。

私は、大阪地裁での一審で、桑田氏に対して、懲役2年、執行猶予4年の有罪判決が言い渡された後に、控訴審での主任弁護人を受任した。控訴趣意書を提出した時には【“国循事件の不正義”が社会に及ぼす重大な悪影響 ~不祥事の反省・教訓を捨て去ろうとしている検察】、第1回公判期日では【情報システムの世界に甚大な悪影響を与えかねない“国循事件”の展開】と題する記事で、この事件の内容や捜査、公判の経過を伝えてきた。

厚労省現職局長の村木厚子氏を逮捕・起訴した事件で無罪判決が出た直後に、主任検察官による「証拠改ざん」が発覚し、厳しい非難にさらされ信頼を失墜した大阪地検特捜部が、その不祥事以降、初めて着手した本格的な「検察独自捜査」が、この国循事件だった。組織の信頼回復をめざし、取り組んだ事件だったはずだ。

しかし、この事件の捜査、公判において明らかになったのは、まさに、誇りも矜持も失った「抜け殻」のような検察官の姿だった。

事件の舞台となった国立循環器病センター(Wikipedia:編集部)

事件の発端

国循の情報システムの受託は、従来からN社が独占しており、運用・保守体制は極めて杜撰な状態で、無駄に高額の委託費が費やされ、国循は、当時、必須であった電子カルテのシステム導入も実現できていなかった。そのような国循の医療情報部長に就任した桑田氏は、電子カルテシステムを短期間で導入するなど、大きな功績を挙げたが、それは、多くの業務の委託先がN社から新規参入のD社に変わり、同社が従前のN社より優れた技術で対応したことによるところも大きかった。

しかし、国循からの受託業務の多くを失ったN社、そして同社との緊密な結びつきの下で国循の情報ネットワーク管理を担当してきた前任者等からは、快く思われていなかった。

2014年2月4日、大阪地検特捜部は、公契約関係競売等妨害罪等の容疑で、国循及びD社の事務所等に対して捜索差押を行い、強制捜査に着手した。同特捜部の意図は、両者間の贈収賄事件等の立件にあったものと思われるが、被告人両名には、業務外の個人的な関係があるわけではなく、問題にされるような金銭の授受も、接待供応の事実もなかったので、立件は不発に終わった。

しかし、同年11月18日、桑田氏は、官製談合防止法違反等の事実で逮捕された。国循に対する強制捜査で得られた証拠・資料の中から、形式上、同法8条の入札等の「公正を害すべき行為」に該当し得る行為を抽出して無理やり仕立て上げられたのが、本件各公訴事実であった。

桑田氏のいかなる行為が犯罪に問われたのか

桑田氏は、業者間の談合に関わったものではなく、D社から賄賂を受け取ったものでも、供応接待を受けたものでもない。使い込みをしたわけでもなかった。問われた罪は、官製談合防止法8条違反の「公の入札等の公正を害する行為」だった。医療情報部長として国循の情報システムの発注に関与する中で、「D社が初めてシステムの管理業務の入札に参加した際、業務の体制表をメールでD社に送付した行為」「D社受注の翌年の入札で仕様書に新たな条項を加えた行為」などの行為が、同法違反に当たるとされたものであった。

一審で最大の争点とされたのが、「桑田氏が、業務体制表のメール送付の際に、当該入札の年度の業務体制表と認識していたのか、前年度の体制表だと認識していたのか」という点であった。前年度の体制表を送付した認識しかなかった桑田氏は、当該年度の体制表とは認識せずメール送付したと訴え続けた。それを理由に、「全面無罪」を主張し、多くの支援者にも支えられて「冤罪」を訴えてきた。2年にわたる審理で、多数の証人の尋問、被告人質問が行われ膨大な時間が費やされたが、検察官は、国循の多数の職員の証言や物証等から、認識があったことを立証し、その検察官の主張が全面的に認められた。

その結果、桑田氏は、執行猶予付きとは言え、公務員にとって致命的ともいえる「懲役刑」の有罪判決を受けたのである。

桑田氏は、国循の医療情報部長就任以来、国循の情報システムの効率化、高度化のために寝食をも忘れ、誠心誠意、その職務に打ち込んできた。国循という大規模医療機関に、難航していた電子カルテシステムの導入も早期に成し遂げ、患者や、そこで働く職員に多大な貢献をしたことは、一審で証言台に立った国循幹部や多くの専門家が認めるところであり、検察官もこれを認めている。

その桑田氏が、医療情報部長としてシステム発注に関して行った行為が、果たして、官製談合防止法という法律に違反する違法行為なのか、「公正を害した」として処罰されるような犯罪行為なのか、まさに、それをどう「評価」するかが、この事件の最大の争点だった。

官製談合防止法とは

同法は、官製談合に対する社会的批判の高まりの中で、議員立法により、談合自体に関わる行為のみならず、発注者側公務員の一定の範囲の行為が「公正を害する行為」として処罰の対象とされたものだ。同法の禁止規定は、公共調達に関わる公務員全体に対して向けられる規範である。そのような特殊な背景の下で制定された特殊な法律なのであり、犯罪構成要件の「入札等の公正を害すべき行為」の文言も抽象的で解釈に幅があり得るが、その罰則適用は、発注に関わるすべての公務員に影響を及ぼす。法律の立法経緯、立法の趣旨、実務の運用状況を踏まえて判断する必要があり、それらに精通する専門家の意見を聞くことが重要だ。

当控訴審において、必要であれば、専門家証人として証言台に立つことも了承し、この分野の専門家として詳細な意見書を提出したのが上智大学の楠茂樹教授であった。同教授は、経済法学者で、公共調達法制の数少ない専門家であり、官製談合防止法の立法経緯にも精通し、数多くの官公庁・地方自治体の公共調達改革や、契約監視委員会の委員長、委員を務め、監視実務等についても豊富な経験を有する。官製談合防止法等の公共調達法制に関する多数の著書もある。

控訴審での最大の争点

一審で有罪判決を受けた後、桑田氏は、自らが行った行為が、官製談合防止法違反として処罰されるような行為なのかどうかについて、楠教授に意見を求めた。同教授の意見は、桑田氏にとって、ある意味では、大変厳しいものであった。

一審で最大の争点とされた「業務体制表の送付」に関して、「仮に前年度の業務体制表と認識していたとしても、正規の手続を経ず入札参加者に情報提供したことについて、形式上は犯罪が成立することは否定できない」というのが楠教授の意見であった。

しかし、起訴事実のうちの1つの事実について、「形式上犯罪が成立する」と言っても、それは、桑田氏の行為を、官製談合防止法違反として処罰することが正当だとするものでは決してなかった。楠教授から提出された意見書(以下、「楠意見書」)では、弁護人からの質問に答え、本件において法令解釈上のポイントとなる点について、判例・通説の見解及び官製談合防止法の合理的な解釈に基づく見解が示されており、原判決と検察官の主張には法令解釈の重大な誤りが多々あること、桑田氏の行為が、同法違反として処罰されるべき行為では全くないことが明快に論証されていた。

桑田氏は、この楠教授の意見を受け入れ、控訴審においては、全面無罪の主張を行わず、一つの事実についてのみ有罪を認める苦渋の決断をした。それは、一審を通じて、多くの人の支援活動を受けて行ってきた「冤罪」の訴えを一部取り下げるものだったが、他の事実については無罪を主張し、全体として、凡そ刑事事件として取り上げるべきではない事案を無理矢理刑事事件として仕立て上げた検察を厳しく批判する控訴趣意書を提出した。

楠意見書への検察官の対応の迷走

こうして、当控訴審では、桑田氏が国循の医療情報部長として行った対応が、官製談合防止法違反として処罰されるべき行為なのかという違法性の評価が争点になった。

その点に関する控訴審の審理で最大の焦点になったのが、弁護側が証拠請求した上智大学法科大学院の楠茂樹教授の意見書の取扱いだった。

発注において設定される仕様書に「新たな条項」を追加する行為の違法性について、一審判決が、

特定の業者にとって当該入札を有利にし、又は、特定の業者にとって当該入札を不利にする目的をもって、現にそのような効果を生じさせ得る仕様書の条項が作成されたのであれば、当該条項が調達の目的達成に不可欠であるという事情のない限り、(官製談合防止法違反の「公の入札等の公正を害する行為」に該当する)

と判示していたのに対して、楠意見書は、

ある条件を設定すれば、特定の業者が競争上有利になると予想される場合、これは財務会計法令上問題か。確かに、「競争性の確保」という観点のみを切り取っていえば、問題であるように思える。しかし、おおよそあらゆる公共調達において何らかの調達対象について有利・不利があるのであって、これを問題視してしまえば、多くの公共調達が機能不全に陥ってしまう。重要なのは競争性の制約に見合った条件の設定なのか、という点であって、有利・不利の存在それ自体ではない。

等と述べている。

楠意見書の見解を前提にすれば、一審判決の法令解釈の誤りは明らかだった。

しかし、このような楠意見書への検察官の対応は、混乱・迷走を続け、最後は「反論」の放棄に終わった。

弁護人が、楠意見書の取調べ請求を行ったのに対して、検察官は、答弁書提出後に、口頭で、「不必要・不同意」との意見を伝えてきた。しかし、楠意見書は、入札談合等関与行為防止法の罰則を適用する前提として必要となる同法の解釈適用及び入札契約制度についての文献等に基づく客観的な記述が中心とされ、その中で同教授自身の経験に基づく見解も述べられているのである。弁護人は、少なくとも客観的な記述については、不同意にする理由はないはずだとして、楠教授の見解の部分を不同意とするのであれば、その部分に限定して、部分不同意にするよう求めた。

すると、検察官は、第1回公判期日で、一転して、楠意見書の取調べに「同意」した上、ほぼ全体について「信用性を争う」などとしてきた。「公共調達法制の第一人者である楠教授の意見が『信用できない』というのか」と釈明を求めたところ、「意見書とは意見・見解を異にするという趣旨だ」と釈明した。

そこで、弁護人は、第2回公判期日において、検察官が楠意見書と意見を異にする」というのであれば、同意見書のうち、どの部分について、どのように意見を異にするのかを明確にすべきだと重ねて釈明を求めた。しかし、検察官は、その「異なる見解」の内容は全く明らかにしなかった。

このような検察官の対応のため、一審判決や検察官の主張の法令解釈と楠意見書との見解の相違が曖昧で、法令解釈上の争点が明確にならなかった。そこで、弁護人は、急遽、楠教授に原判決や検察官の書面を提示し、法令解釈の相違点を明確にする補充意見書の作成を依頼し、取調べ請求した。

その補充意見書では、

検察官の答弁書等における主張は、入札談合等関与行為防止法第8条の立法趣旨、背任罪との関係、「保護法益」、危険犯としての性格においても、「入札等の公正を害すべき行為」の解釈についても、楠意見書とほとんど同じである一方で、個別論に関しては、全く異なった法令解釈が示されている。その理由・根拠は、検察官の書面に書かれていないため判然としないが、いずれにせよ、検察官答弁書等の法令解釈には明らかに不合理な点があり、大阪地裁判決にも同様の問題があると言わざるを得ない。

と結論づけている。

補充意見書への検察官の対応

楠意見書は、検察官の法令解釈を「不合理」で理由・根拠が判然としないと指摘している。その楠意見書を「同意」し、具体的な反論は全く行わず、その上で、検察官は、「原判決の認定判断に誤りはないと考えており、同補充意見書の内容は、独自の見解にすぎず、従前の判例実務ともかい離するものであって、検察官においてそのようには解釈していない」などと言ってきた。

しかし、官製談合防止法を含む公共調達法制の研究及び入札監視実務に関しては第一人者である楠教授の見解を「独自の見解」と言うのであれば、「独自ではない見解」は、一体どこにあるのだろうか。

しかも、検察官は、楠意見書が「判例実務ともかい離する」としているが、検察官が挙げる「判例」というのが本件とは全く異なる事案であることは、弁護人が既に詳細に指摘していた。刑事事件すべてを検索可能な検察官が、弁護人の意見書に反論すべく、判例集未搭載の下級審裁判例まで検索し、可能な限り同種事例を収集した結果、本件に相対的に近い事例として抽出された結果が、それらの裁判例だけだったのである。

そのことは、本件と同様の行為が刑事事件として摘発された例は皆無であることを裏付けるものだった。桑田氏の行為のうち、形式上犯罪の成立を否定できない点についても、せいぜい「注意」の対象となる程度で、凡そ刑事事件として取り上げるべき行為ではないというのが楠意見書の見解だったが、それが、検察官の判例検索によって裏付けられたのである。

最終弁論での検察官の「沈黙」

第2回公判期日での最終弁論で、弁護人は、このような検察官の対応について、「本件に関する検察官の主張は、完全に破綻・崩壊していると言わざるを得ず、それにより、検察官の法令解釈に全面的に依拠する原判決の法令解釈の誤りも明白になった」と指摘し、起訴された2つの事実については無罪、残り一つについても、「本来、刑事事件として立件されるような事件では全くなく、立件されたとしても、起訴猶予とされるのが当然であって、検察官が訴追裁量を誤り、起訴した本件に対する被告人桑田の量刑としては、少額の罰金刑が相当であることは明らかであり、罰金刑の執行猶予とすべき」と主張して、最終弁論を締めくくった。

それに対して、検察官は、弁論を全く行わず、「沈黙」した。

国循事件は、不祥事以来初の本格的検察独自捜査事件で、贈収賄事件の立件を目論んで強制捜査に着手し、その目論見が完全に外れた大阪地検特捜部が、健全な常識を備えていれば、凡そ刑事事件にすべきではないとわかるはずの桑田氏の行為を、無理矢理刑事事件に仕立て上げたものだ。不当な強制捜査着手や起訴に対して組織的なチェックが働かなかった。そればかりか、2年にもわたる審理に膨大なコストをかけて、桑田氏を有罪にすることにこだわり、一審裁判所は検察官の主張を丸呑みした。

そして、控訴審に至り、ようやく、公共調達法制の専門家の楠教授の意見書に基づき、官製談合防止法違反事件としての本質に関わる主張が行われるや、検察官は、その主張に目を背け、「見解を異にする」と譫言のように述べつつ、具体的な反論を回避し、最終弁論期日には、弁護人の主張に対する反論すら「放棄」し、控訴審が終結したのである。

本件が、官公庁・自治体の職員全体に与える「重大な影響」

この事件で、官製談合防止法違反で桑田氏を逮捕し、起訴したのは、大阪地検特捜部、つまり、検察であって、警察でも、他の捜査機関でもない。その法律の解釈や犯罪の該当性・違法性の評価が問題になっているのであるから、その議論を堂々と受けて立つのが当然ではないか。検察官は、なぜ、その議論から逃げるのか。このような無責任極まりない、まさに法廷で関西ならではの「ボケ」を演じているようにも思える検察官の対応は、官製談合防止法違反としての解釈・運用論に焦点が当たらないようにする「策略」である可能性もある。

万が一、裁判所が、その「策略」に乗り、同法の法令解釈の誤りに関する弁護人の主張や楠意見書に反応せず、一審判決の判断をそのまま確定させてしまうようなことが起きた場合には、世の中に、重大な悪影響が生じることになりかねない。

官製談合防止法は、公契約に関わる職員すべてに関わる規範だ。

桑田氏も、国循の医療情報部長として、医療情報システムの構築・運用を担当する立場で、国循と業者との契約に関わっただけであり、「契約担当者」ではなかった。官公庁・自治体の職員のほとんどが、何らかの形で公契約に関わっているのである。

もし、桑田氏のように、契約の目的実現のために、契約条件が適切に設定されるよう「当然の努力」を行うことが、「不可欠ではない条件を設定して公の入札等の公正を害した」として、官製談合防止法違反の犯罪に問われるとすると、それは、誠実に真剣に職務に取り組む官公庁・自治体の職員全体に、重大な影響を与えることになりかねないのである。

楠教授は、控訴審終結後に桑田氏と弁護人が記者会見を開くと聞いて、メッセージを送ってきた。その最後で、以下のように述べている。

本件は公共調達の世界においても官製談合防止法の世界においても、極めて注目される重大な先例となるだろう。学術界のみならず司法界でも多くの関係者が今後論じ続けることとなろう。大阪高裁にはどうか、以上の問題を意識した上で、法の番人として適切な判断を下してもらいたい。


編集部より:このブログは「郷原信郎が斬る」2019年4月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は、こちらをご覧ください。