メキシコの元大統領2名と麻薬カルテルの癒着を証言できる元公安大臣、米国で逮捕

2020年01月08日 06:00

メキシコのヘナロ・ガルシア・ルナが先月9日、米国ダラス市で逮捕された、と言っても日本では全く馴染みのない人物であろう。ところが、彼の逮捕はメキシコの二人の元大統領がカルテルと関わっていたということを実証する重要なカギを握っている人物なのである。

先月9日にアメリカで逮捕されたヘナロ・ガルシア・ルナ氏(Wikipediaより)

この二人の元大統領というのはビセンテ・フォックス(2000-2006)とフェリペ・カルデロン(2006-2012)だ。メキシコの大統領は常に制度的革命党(PRI)から選出されていたが、この二人の大統領は国民行動党(PAN)出身の大統領であった。

ガルシア・ルナはフォックス大統領の政権時は連邦調査局(AFI)の局長を務め、カルデロン大統領の時は公共治安省(SSP)の長官に就任。この二つの職務の最大任務はカルテルの取り締まりである。ところが、問題は彼がカルテルを取り締まる一方でカルテルと癒着して保護し高額の見返り金を受け取っていたのである。その恩恵を最大限に受けていたのが麻薬王エル・チャポがリーダーを務めていたカルテル・シナロアであった。

カルテルから受け取った高額資金がこの二人の元大統領にも渡されていたのか、あるいは選挙資金にそれを充てていたのか今のところ定かではない。これからの公判でそれも徐々に明らかにされるはずである。また、この二人の大統領に加え、ガルシア・ルナはペーニャ・ニエト前大統領の政権初期にも絡んでおり、彼の選挙資金もカルテルから受け取っていたはずだと憶測されている。(参照:laopinion.com

そもそも米国の犯罪関係当局がガルシア・ルナに不審の念を抱くようになった発端は2015年11月15日、フロリダで彼が車で走行中に信号無視で警察に捕まったことであった。そこで彼の存在が米国の関係当局に登録された。

米国のスペイン語圏最大のテレビ局ウニビシオンの調査によると、その2年前にメキシコでの務めを終えたばかりだというのにフロリダのゴールデン・ビーチにプライベート桟橋のある330万ドル(3億6000万円)の邸宅に住み、その前は同じくフロリダで230万ドル(2億5000万円)のペントハウスに住んでいた。彼のメキシコでの役職の割に豪華すぎる住まいだと不審を戴くようになっていたのである。(参照:elpais.com

そして昨年ニューヨークでエル・チャポの公判が始まって、シナロアのメンバーのひとりヘスス・サンバダ(エル・レイ)がメキシコ政府から優遇をシナロアにはかるように資金を提供したという相手の中にガルシア・ルナの名前が出たのである。エル・レイの公判での証言が遂にガルシア・ルナを逮捕に踏み切る動機となったのであった。

ガルシア・ルナを逮捕した容疑は高額の賄賂と引き換えにシナロアに対してメキシコで処罰することなくあらゆる違法行為を許したというものであった。違法行為にはコカインの密輸、連邦関係当局への虚言、健康を損なう犯罪の共謀、横領、組織犯罪といった罪状が挙げられた。(参照:eleconomista.com.mx

彼を逮捕した容疑の中で高額の賄賂と引き換えにシナロアの犯罪を許したということを裏付けるのがエル・レイの前述の公判での証言であった。エル・レイは兄のイスマエル・サンバダ(エル・マーヨ)が逮捕されることがないように2005年に300万ドル(3億2000万円)そして2007年には300万(3億2000万円)から500万ドル(5億4000万円)をガルシア・ルナに渡したことを証言したのである。

エル・マーヨはエル・チャポがこれまで2度刑務所に収監されている時などにリーダーの代役を務めている人物で、現在エル・チャポは終身刑で米国の刑務所で服役中であるが、エル・マーヨがエル・チャポの息子たちもうまく指導しながらリーダーとしての役目を果たしている。

ガルシア・ルナに資金を渡したという件について公判でエル・チャポの弁護団のひとりがエル・レイに「レストランでガルシア・ルナと会ったのですか?」と尋ねると、エル・レイは「そうだ」と答え、「現金は手持ちバッグの中に入れていた」「目的は(シナロア州の州都)クリアカンの警察署長に我々が信頼できるある人物を任命してもらう為だった」「そうなれば(警察は)わが手中に収まった同然だ」と証言したのである。警察の捜査でも、この賄賂の支払いはシナロアに協力しているグループの証人によっても確認されたそうだ。
(参照:elpais.com

米国の司法省も「彼がメキシコで役職に就いていた時にシナロアから彼らの麻薬密売活動を保護する代わりに数百万ドルの賄賂金を受けとっていた」と述べ、「そのお陰で、組織(シナロア)は当局からの目立った介入もなく犯罪活動を継続することができた。そして、大量のコカインを米国に持ち込むことを容易にしたのであった」と確言したのである。

メキシコの検察庁によると、エル・チャポがプエンテ・グランデ刑務所から脱走したのはフォックスが大統領に就任してひと月が経過した時であったが、刑務所の刑務官を始め公共治安省の高官にも資金がばらまかれたという。

この時、エル・チャポは刑務所の洗濯物を運ぶカートの中にうずくまって脱走している。脱走の仕方として映画のシーンにもなりそうな幼稚な脱走の仕方であった。それが出来たというのも賄賂金をもらった刑務官がそれを背後から容易にしたからであった。しかし、その後エル・チャポの行方を捜査するということについては僅かな進展しかなかった。
(参照:eleconomista.com.mx

ガルシア・ルナはメキシコと米国更に中米が協力して麻薬組織の犯罪の撲滅を目指すプラン「メリダ・イニシアティブ」にもメキシコ政府の代表になって取り組んでいた。このプラン遂行のために米国から協力資金も提供されていた。例えば、2008年から2010年まで15億ドル(1620億円)が提供された、とされているがもっと高額の資金が提供されていたはずだと言われている。ということはその一部資金がかすめられていたということなのである。

また、この時に米国の権威ある麻薬取締局(DEA)とも仕事をしていた。特に、カルデロン大統領の政権時のガルシア・ルナは犯罪を取り締まる全ての権力を掌握していたほどであった。カルテル専門ジャーナリストのホセ・レベレスによると、ガルシア・ルナはカルデロン政権下ではアコスタ・チャパッロ将軍の協力を得てメキシコのあらゆる犯罪組織と接触をもっていたそうだ。尚、チャパッロ将軍は2012年に暗殺された。

だからカルテルが警察を味方につけようとするにはガルシア・ルナの協力が必要だったのである。そこで彼に犯罪組織から賄賂金が渡されるのである。

強力なカルテルのひとつベルトゥラン・レイバのエドガー・バルデス(ラ・バルビー)が2010年3月に逮捕された時にお金を渡したのに「私はファン・カミロ・モウリーニョに裏切られた、ガルシア・ルナに裏切られた、大統領にも裏切られた…」と言って不平を表明したのであった。大統領と指摘したので、彼に「カルデロン(大統領)にもか」と尋問すると、資金を渡したのは「彼の長官らだ」と答えたのであった。
(参照:eleconomista.com.mx

カルデロンが大統領に就任してから警察や軍隊を総動員してカルテルの撲滅に取り組んだが、逆に犯罪は極度に増加し一日に100人が殺害されるようになっていた。そして2万人が行方不明となっていた。その一方で、シナロアだけはガルシア・ルナの庇護もあり成長を続けるのであった。

一部にはシナロアからライバルの動きについての情報がガルシア・ルナの方に伝えられていたとも言われている。カルデロン政権が望んでいたのはカルテルのリーダーら幹部を逮捕して消滅させる。その一方でシナロアなど僅かのカルテルだけを残して犯罪を減らすという方向に向かったのであった。

結局、カルデロンのカルテル撲滅の方針は達成されなかった。逆にカルテルの犯罪は今も増加の一途をたどっているのである。

白石 和幸
貿易コンサルタント、国際政治外交研究家

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