日中のはざまで感じた新型ウィルス問題③独裁=悪だけでは理解できぬ中国

2020年03月08日 06:01

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これまで中国で行われてきた日々の体温に至るまでの徹底した健康状態の把握、管理についてはすでに触れた。もちろん末端にいたるまですべて効率よく行われているわけではない。空気や忖度でがんじがらめになっている日本社会の尺度をもってしては、多様で複雑な中国社会を理解できない。

新華社サイトより:編集部

56の民族からなる14憶人が、それぞれ激しく自己主張をしている社会である。秦の始皇帝以来、厳格な法治にはアレルギーがあり、「合情合理」という言葉に表れているように、法家の説く理よりも儒家の説く情を重んじる。ルールは与えられるものでなく、自分たちで作っていくものだという発想で成り立っている。

それにしても、ここまで徹底した管理には圧倒させられる。10数年の間、中国に住みながらつぶさに観察してきたが、中央の指示による統制はかなり徹底されている。それを隅々にまで拡大できたのは2012年末に発足した習近平政権7年間の実績にほかならない。徹底した反腐敗キャンペーン、不正幹部の摘発、イデオロギー統制によって、緩んだ官僚機構の綱紀が粛正され、末端にまで習近平の指示、意向が浸透する体制ができあがった。

権力集中に功罪があることは言うまでもない。日本メディアの報道は、その表面的な批判に安住してしまうので、いつまでも真相に届かない。独裁の強化を批判する人たちはまず、胡錦涛時代、権力の分散によって腐敗が深刻化し、党指導部内のクーデターさえ計画されていたことに思いを致す必要がある。当時、領土問題で日中関係が極度に悪化した背景にも、こうした熾烈な政治闘争があったことは衆目が一致している。

前政権に対する反省から習近平による権力の掌握、集中がスタートしている。胡錦涛政権時代、権力の分散による「不作為の10年」を嘆いていた知識人たちが、今度は手のひらを返したように権力の集中を批判している。私はこういうご都合主義には付き合わない。

これもまた、多くの人たちがすでに忘れてしまっているが、習近平のバックには、共産党政権の正統を担う革命二世代、いわゆる「紅二代」の支持があることは忘れてならない。両親たちの世代が築いた共産党政権が、内部の腐敗によって分裂、崩壊の窮地に追い込まれた、との危機感が共有されている。個々の政策について立場の違いはあるが、党の支配を堅持するという原則論では一致している。内部分裂は党の崩壊につながるとの認識が、歴史的教訓として残されている。中国社会においては最も発言力のあるグループだ。

2018年の中国憲法改正によって、国家主席について任期2期10年の上限が取り払われたことは記憶に新しい。西側メディアには悪評高いが、権威の強化にとっては極めて大きな意味を持つ。「あと数年で引退」が自明となった途端、権力が空洞化し、綱紀が緩み始めることは、過去の反腐敗キャンペーンが示している。独裁=悪という単純な図式だけでは、中国政治、中国社会の真相を正しく理解することはできない。

もし習近平政権が脆弱だったら、と想像してみるのも頭の体操にはよいだろう。あらゆる問題が政権内の政治闘争とリンクし、例えば、米中貿易摩擦は取り返しのつかない泥沼に入り込んでいたかも知れない。新型コロナウィルス感染の対策でもより大きな混乱が起きていた可能性がある。今回、日本からの支援が美談としてもてはやされたが、それもかき消され、公式訪日の相談をするどころではなかったに違いない。巨大な隣国の政情が不安定であれば、日本が大きな影響を受けるのは必至である。

コロナウイルスの研究施設を視察する習近平首席(新華社サイトより:編集部)

今回、習近平政権による一連の新型コロナウィルス対策・対応の中で、注目すべき点は2月13日、湖北省と武漢市のトップが同時に更迭された人事である。同日の党中央発表によれば、蔣超良・湖北省党委員会書記に代えて応勇・上海市長を、馬国強・武漢市党委書記の後任に王忠林・山東省済南市党委書記が就くことになった。応勇氏、王忠林氏ともに公安部門の経験が長い。

危機管理に際し、公安部門出身の指導者を投入するのは時宜にかなった人事である。とはいえ、世界が注視する騒動のただなかで省市トップ二人の責任を明確にし、更迭するのはかなりの荒療治だ。だが習近平は適材適所の人事を断行し、公安人脈を完全にコントロールしていることを示した。軍と並んで権力基盤の源泉である公安部門の掌握は、政権の安定に大きな意味を持っている。

この人事は前指導者に対する懲罰であり、民意の圧倒的な支持を得ている点も見逃すことができない。つまり世論を読み込んでの臨機応変な宣伝工作である側面だ。この人事には前段がある。

6日前の2月7日、いち早く新型ウイルス拡散の危険を警告していた武漢の医師、李文亮氏が感染で死亡した。自分の命を犠牲にしてまで治療に力を注いだが、武漢市公安当局はそれまで李氏ら8人を「デマを流した」と犯罪者扱いし、反省文への署名まで求めていた。

亡くなった李医師(新華社サイトより:編集部)

訃報はネットでのトップニュースとなり、「英雄」に対する哀悼、さらにそれを上回る市当局への「罵倒」であふれた。私の教え子たちもそれぞれのSNSを通じ、一斉に哀悼と抗議を表明した。情報を操作し、初期対応で失態を演じた政府の対応に、庶民の怒りが爆発したのだ。

だが、中央の反応は早かった。『人民日報』が哀悼の記事を発表し、国家監察委員会も同日、武漢市の対応を調査するチームを派遣した。一週間を待たずに発表された両トップの更迭は、その調査を受けた最高レベルの処分である。庶民の怒りに応える、一応の決着にはなった。

きちんと民意を汲んで責任者を処分したのだから、さらに事態を拡大させ、社会不安をあおるような言論は許さない。これが党による情報統制である。自由な言論そのものに価値を置く一部知識人は反発するが、抵抗することの損得を秤にかける多くの庶民は受け入れている。

ただし、今回の感染についていえば、独立性の高いメディアの的確な調査報道に加え、おびただしい数のSNSによる情報発信があり、デマや誹謗中傷を含め、日々あふれるほどの情報が流れたという印象だ。画一的な宣伝だけでみなが納得しているわけではない。個人情報の壁が大きく立ちはだかっている日本とは大きく異なる。

さまざまな事象の中で、一党独裁や情報統制のみを誇張し、政権の動揺や崩壊をあおる報道はそろそろやめたほうがいい。目線を生活者のレベルに落とし、この国を底から動かしている力にもっと目を向けたほうがよい。過去に、日本はこの国に対する認識を誤り、間違った道に進んだ。その原因については様々な分析や論考がされてきたが、そこに住む人々の素顔を知らなかったという点の反省は、なお生かされていないように思える。

(続)


編集部より:この記事は、汕頭大学新聞学院教授・加藤隆則氏(元読売新聞中国総局長)のブログ「独立記者の挑戦 中国でメディアを語る」2020年3月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、加藤氏のブログをご覧ください。

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加藤 隆則
汕頭大学新聞学院教授、元読売新聞中国総局長

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