経験値と深掘り:現代のマニュアル社会に必要なもの

2020年03月12日 14:00

50歳代ぐらいから上の人は社会人時代に大いなる失敗を積み上げた方もいらっしゃるのではないでしょうか?そしてその当時は失敗が究極的なものでなければやり直しがきいた時代でもあったと思います。多くの企業経営の賢人たちは失敗の積み重ねがあってこその今がある、と言います。

FineGraphics/写真AC

ところが現代社会において失敗を容認する会社はどれぐらいあるのでしょうか?もちろん、成績優秀で将来の幹部候補と目されるようなシード権を持っている社員さんならば「あいつが間違うようならほかの誰がやってもダメだよな」的なお許しもあるのかもしれません。しかし、一般的には失敗は許されない社会を作り出してきたと思います。

それがマニュアル社会であり、コンプライアンスであり、上意下達というがんじがらめの組織であります。言い換えると多くの若き社会人達は言われたことをきちんと守り、忠実にトレースすることのみを求められる実にかわいそうな存在なのであります。

一方、管理職側に言わせるとなるほど、できる若者もいるが、いちいちそれを聞いていたら会社にルールが存在しなくなるということなのかもしれません。

最近の若い方の仕事ぶりというのはAという作業を指示するとAを正面から処理し、あるところで壁にぶつかると「問題です!」と訴えてくる場合が多いのです。これを「よく報告、相談してくれるな」と評価するのか、「いちいちそんなことで聞いてくるな、自分でもっと考えろ」とみるのかによって180度評価は変わります。自分でとことんかみ砕くことができる若手は少ないな、というのが正直な印象です。

大学生は勉強しないというのが日本の定番であり、私の時代も含め、図書館にこもるなんて言えば「お前、何、勉強なんてしてんだよ」と言われるのがオチでしょう。では、皆さん、大学の1単位の基本は何時間の勉強を要するかご存知ですか?

45時間なのです。この時間には予習復習が含まれています。もともとは15時間の授業に対して15時間の予習と15時間の復習という組み合わせだったのですが、近年は90分授業x15コマ=22.5時間で2単位としているかと思います。つまり、文科省が本来設定していた1単位45時間に対してわずか11.25時間、つまり4分の1のお勉強で1単位がとれちゃうという大盤振る舞いをしているのが大学経営であります。

これだけしか勉強しなくて大学卒業の学位が取れるのですから社会人になっても表面的な事実だけをかじるどころか、舐めただけで何の深掘りもないまま社会人としてマニュアル社会に入るのですから「自分で考えてみよ」などというのがそもそも無理な話なのであります。

かつての大学生は「地球の歩き方」を持って必ずしもあてにならない情報でも貴重なものとありがたみをもって世界中を旅行したかと思います。今は情報化が進むと同時にお気軽パッケージがゴマンとあり、海外旅行に苦労しながら行ってきたなどという話はまず聞くことがなくなってしまいました。

つまり、経験値の価値も下がっているのであります。レジメを見てもそんな海外旅行に何回行った、何カ国行ったというのもほとんど評価対象になりません。それこそ海外青年協力隊にでも参加していた方がまだ価値があるというものです。

時々出世する方に「変わった人」というレッテルが貼られていた方という話を聞きます。何をもって「変わっているのか」ここは十分検証しなくてはいけないのですが、日本の歴史にも変わり者はずいぶんいらっしゃったと思います。豊臣秀吉や坂本龍馬は変わり者の典型でしょう。その意味とは世の中の主流に対してそこに解があるわけではないと考える力なのだろうと思います。それは常日頃から世の中の日々の出来事に気を留め、疑問を呈する癖から始まると考えています。

経験値も深掘りもそう簡単に身につくものではありません。しかし、それを意識して日々を過ごすようになると案外目の前に見える世界の色は全然違ったものに映るかもしれません。私は1億2000万人の目がもっとバラエティに富んだものでもよいと思っています。そして疑問として残さない癖を作ることも大事ではないかと考えています。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年3月12日の記事より転載させていただきました。

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