総裁選の謎 〜 岸田氏に“施した”のは誰か?

2020年09月15日 11:31

自民党総裁選は大方の予想通り、菅義偉氏の圧勝に終わったが 、番狂わせがあったのは2位争いだった。一時は石破茂氏の後塵を拝すると目された岸田文雄氏が89票と石破氏を21票も上回る健闘をみせた。今後の政権運営や党内情勢を占う上でこの票の読み解きが残された焦点となっている。

2位を確保した岸田氏(提供写真)

「施し」で石破陣営に逆転勝ち

岸田氏が持つ国会議員の基礎票は、宏池会(岸田派)47人のうち、菅氏支持を早々と表明した“ハンコ大臣”竹本直一IT担当相以外の46人プラス、選対本部長をつとめた遠藤利明元五輪相ら有隣会(谷垣グループ)の4人を加えた50人程度だった。

地方票が10というのも想定通り。3票全てを入れた岸田氏の地元・広島、県選出の国会議員4人のうち2人が宏池会の山梨など数えるほど。これを足しても60票程度で、20票あまりは国会議員票で「浮動票」を獲得したことになる。

新たに獲得した票について、TBSの情報番組では、ここ数日、ヒット中のドラマ「半沢直樹」で香川照之氏演じる大和田常務の決めセリフ「施されたら施し返す」を引き合いに「施し票」と揶揄する悪ノリぶりだ。

安倍首相が「施し」たのか?

そして誰が「施し」たのか、「菅陣営が岸田氏に票を回した」(日本テレビ)、「細田派が議員票を回した」(毎日新聞の二階派幹部談話)といった説が昨晩から流布されている。安倍首相を輩出した細田派こと清和会は最大派閥の98人。票割りをするならもっともありうる話だ。

NNNニュースより

実際、筆者も先週後半、清和会の関係者から、安倍首相が岸田氏が惨敗しないかをかなり気にしていたという話を聞いており、菅氏から一部岸田氏に流れた票の何割かは清和会だったことは間違いないと思う。私も開票直後は「安倍首相が清和会の一部を動かした」と思った。

ただ、この見立てにはいくつか弱点もある。そのとき関係者が指摘していたのは「仮に安倍総理が票割りをしたくてもどうやってやるのか」という問題だ。

また八幡和郎さんがけさの論考で指摘するように、首相自ら票割りを働きかけたらすぐにマスコミに漏れる。安倍首相に忖度して自発的に動いたということも理論的には考えられるが、選挙も近く、菅氏有利の情勢になってから水面下で猟官運動が実質始まっていたことと合わせてみれば、退任する安倍首相の意向一つでおいそれと動く議員がいるほど、簡単な話ではない。

安倍前総裁の退任挨拶(自民党Youtube)

ここで総裁選で岸田氏が劣勢に立たされた転機を振り返ってみよう。菅氏が二階派に流れを作られたと同時に、岸田氏が麻生副総理の支持を得られなかったことが大きかった。

麻生氏が岸田氏を支持しなかった理由として、麻生氏の地元・福岡の地元紙、西日本新聞が9月4日の時点で、政界引退後のいまも宏池会に絶大な影響力を有し、そして福岡政界で麻生氏と覇権を競ってきた古賀誠氏の存在を指摘する。麻生氏は、岸田氏に対して古賀氏との絶縁を迫ったが、岸田氏が承服せず、見放したというのだ。

目線は次期?窮地の岸田氏 麻生氏が突き付けた条件に「できません」(西日本新聞)

さすがは地元紙。生々しいドキュメントだ。しかし、西日本新聞は記事の最後、こうも見立てていた。

菅氏支持を決めたとはいえ、後見役だった首相と麻生氏がひそかに、岸田氏に温情票を回す可能性もある。

麻生氏にとっては煙たい古賀氏の存在よりも石破氏が総理総裁になる方が脅威だろう。そして、西日本新聞はけさになって

石破茂元幹事長を最下位に落とし、再起不能にさせることをもくろみ、安倍晋三首相と麻生太郎副総理兼財務相がそれぞれ所属する派閥から、2位の岸田文雄政調会長に議員票を融通する工作も行われたとみられる。

と書いているが、私もこの見立てに概ね同意する。

ただし、実際に現政権のツートップが水面下でも工作するとなると、先述したようにもっと早い段階で話が漏れるはずだ。けさまでの時点で深奥の事実に迫ったメディアは見かけていない。このオペレーションを本当に仕切ったのは、誰かほかにいなかったのだろうか。

派閥のラスボスの「施し」説

謎解きに思案していると、参議院議員が動いたという情報が入ってきた。これが事実なら、選挙を直近で控えておらず、衆議院議員ほどにはポスト争いで切迫していないので先述の疑問が一つ消える。

さらに宏池会の事情に詳しい政界関係者(国会議員ではない)から興味深い見立てを聞かされた。各派閥の「ラスボス」ともいえる重鎮の存在だ。前回の総裁選で竹下派の参院がOBの青木幹雄氏の意向を受けて石破氏支援に回ったよように、票を動かす力を持ったラスボスがいる。

青木氏、森氏(官邸HP)

ラスボスには青木氏のほか、岸田氏の宏池会には前述の古賀氏、そして清和会には森喜朗氏がいる。普段永田町にいないOBの水面下の動きを掴むには政治部記者たちも多少のタイムラグがあろう。

前回、石破氏に入れた参院竹下派の票が今回、本当に菅氏に入りきったのか疑問の余地はある。青木氏の出番があってもおかしくない。また、岸田陣営の事務局長の遠藤氏は「スポーツ族」でありそのボスでもある森氏と近しい。森氏なら清和会の一部票を動かす力など容易だ。

そして古賀氏はラスボス同士で気脈を通じ合え、菅氏とも関係は悪くない。そしてそこで何かあったとしても、派閥単位で投票行動の指令が出ていたわけではないから、実態は掴みづらい。

古賀誠氏(公式サイトより)

以上は、あくまで仮説に過ぎず、近日にもどこかの政治報道で「正解」が浮き彫りになるのかもしれない。なにより数合わせの話が先行して政策論議がぼやけるのも困ったことだ。

しかし派閥間のパワーゲームは今後の政権展望の精度を高める上で把握しておくことに越したことはない。総裁選の投票会場で候補者を取材したことをもって「現場取材が全て」と仰る女流ジャーナリストがいるが、昨日、新高輪プリンスホテルにいたことが総裁選のリアルを探るための必要条件ではあるまい。

ちなみに「半沢直樹」で大和田常務が言う「施されたら施し返す」のセリフは「恩返し」で締めくくる。岸田氏が「御恩」を抱えた状態でどのように政局に臨んでいくのか、これも一つのリアルな視点だろう。

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新田 哲史
アゴラ編集長、報道アナリスト

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